群青

三角

 いっち、にー、さん、しーと張り切って叫ぶ体育委員に、気怠げな声で返すごー、ろく、しち、はち。

 体育着の白に反射する光のあまりの眩しさに、目を細めながら膝を曲げていた。

 うんざりするほど天気はいいのに吹きつける風は冷たくて、体の動きはまだ鈍いままだ。

 皆この後の長距離走のことを考えているせいか、掛け声が心なしか遅くなっていく。

 青春とは程遠い、いつも通りの体育。

 その日常を乱すように突然強風が吹いた。

 目が開けられないほどの砂埃で、もはや体操どころではない。そのくせ先生はのんきに「春一番かもな」と呟いている。

 皆体操なんてやめて騒いで暴れているのが音だけでわかった。

 一体どれほどの風が吹いているのか気になって、手で目を守りながら瞼を開けてみる。

 高くそびえる二本の腕。

 そこには、カウントもないのに一人で体操を続けている彼がいた。体育祭も、合唱コンクールも驚くほど真剣に取り組んでいたけれど、まさかここまでとは。

 本当に、一生懸命という言葉がこの世で一番似合う人だと思った。

 そんな彼を見ていたら、やってやろうじゃないかと、何と勝負しているわけでもないのに負けん気が出てきて、彼のように勢いよく腕を振り上げた。

 それを見たのか、誰かが雷みたいな大声で体操やるぞと叫ぶ。靴底が砂の上を滑る音が一斉に響き始めた。

 いっち、にー、さん、しー。

 体操にカウントがなくてどうすると言うように、体育委員が声を張り上げる。

 ごー、ろく、しち、はち。

 それに応えるように、先ほどまでとは比にならない大きな声で返した。満足したように砂嵐が去っていく。

 胸を反らす運動。苦しそうな掛け声に混じって聞こえる風の音。

 砂だらけの顔で見上げた空は群青だった。

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群青 三角 @Khge-132

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