アンチクエスト 〜ゲーム初心者が神ゲーを攻略するってマジですか?〜

抹茶菓子

第1話 現実に予定調和は起こらない


「おいかおる。お前本当に卓球やめるのか?」


 夕日が校舎に差し込む放課後。中学から高校に至るまで腐れ縁が続く丸山が、眉を歪めながら言ってきた。


「やめるよ。もう退部届も出したんだ。全国出場の夢は丸井に託すよ」

「ふざけんな! 中学から二人でやってきたのに……なんで……!」


 感情が抑えられないのか、歯を食いしばった音が聞こえる。

 丸井の怒りはもっともだった。


 中学の卓球部で初めて出会った俺たちは、そりの合わなさに喧嘩ばかりしていた。

 コイツにだけは負けたくない。多分、丸井もそう思っていたのだろう。

 お互いに競い合い、大会で負けた日は二人で泣き──いつしか俺たちは親友となっていた。


 それでも俺は、胸に残る炎を掻き消すように頭を下げる。


「ごめん。あんな事が起きて……俺は心が折れたんだ」

「それは……! くそっ!」


 丸井は机を叩くと、鞄を乱暴に手に取り教室の扉を開ける。

 そして振り返らずに。


「俺は先に進むからな。追いつかなくなっても知らねぇぞ」


 それだけ言い残し、教室を後にした。


「ありがとな丸井。本当に、楽しかったよ」


 誰もいない教室で、そう呟いたのだった。


***


「あれ。お兄ちゃんが休日に家にいるなんて珍しいじゃん。部活は?」


 リビングのソファでスマホを弄っていると、妹の華菜かなが話しかけてきた。

 疑問形で聞いてきてはいるが、別段興味は無いようで、コップに牛乳を注いでいる。


「部活はやめたよ」

「へーそうなんだ……ってえ!? やめたの!?」

「う、うん。てかおい、牛乳溢れてるぞ」

「そんなのどうでもいいよ!」


 よくはないだろ……。

 床に白い液体が広がっていき、小さな水溜まりのようになっている。

 うわぁ、あれ片付けるの大変なんだよな。多分俺がやる羽目になるんだろうけど。捨て雑巾とか余ってたっけな。


「県大会まで行ったのに。もしかして、あれのせい……?」


 華菜の言葉で体温が氷点下まで落ちる。

 そんな俺に感ずいたのか、妹は柄にもなく優しい笑顔を向けてきた。


「まぁ落ち込むのもわかるけどさ。あ! じゃあ、あれ貸してあげるよ!」

「あれって?」

「ちょっとまってて!」


 言うやいなや、華菜は二階の自室まで駆け上がり、手に何かの機械を持って帰ってきた。


「はいこれ。貸したげる」

「これって……ヘッドギア?」

「うん」


 渡されたのはフルダイブ型ゲームを遊ぶときに使うVRヘッドギアであった。


「息抜きにゲームでもやったらいいよ? 今は卓球のことを忘れてさ」

「ゲームって……。俺、全然やったことないぞ?」


 今まで卓球一筋で生きてきて、ゲームに触れる機会なんて全くなかったのだ。

 スマホゲームくらいはあるが、それも暇つぶし程度。はっきり言って、何が面白いのかあまり分からない。

 しかし妹は、俺の顔を指さしてドヤ顔を浮かべる。


「だからこそだよ! ピンポン馬鹿のお兄ちゃんが新しい趣味を増やすいい機会じゃん」


 何故かさらっと悪口を言われたが、まぁコイツなりに励まそうとしてくれているんだろう。

 俺は差し出されたヘッドギアを受け取ると。


「じゃあ借りることにするよ。それで、どんなソフトがあるんだ? 出来れば最初は簡単なやつがいいんだけど」

「ん? ソフトは貸さないよ?」

「え?」


 お互いに首を傾げ、見つめ合う。


「え、マジで? 貸してくれないの?」

「うん。だって私の持ってるゲームって乙女ゲーばっかだよ? お兄ちゃんが男子と恋愛したいなら別に貸してもいいんだけど」

「遠慮します」


 なんで新しい趣味見つけようとして男子と恋愛しなくちゃいけないんだよ。

 てかコイツ、そんなゲームばっかりやってたのか……。夜中に聞こえる変な笑い声の正体って……考えるのはやめとこう。


「それ以外はないんだよな?」

「ないね。だからお兄ちゃん、ソフトは自分で買ってね? できれば私も楽しめるやつがいいな!」

「ちゃっかりしてるな、まったく」


 妹の抜け目のなさに呆れながら、財布を片手に家を出るのだった。


***


 駅前にある中古ショップに入ると、変に耳に残る機会音が歓迎してくれた。

 古びた店内には様々な商品が乱雑に置かれており、汚いドンキホーテのようになっている。

 それらを横目に狭い通路を進むと、「ゲーム」という簡素なポップが飾ってあるエリアに辿り着いた。


「おー、結構種類あるな。ここら辺がフルダイブソフトか」


 今はフルダイブに対応しているソフトが主流らしく、壁一面にソフトが並んでいる。

 ゲームに疎い俺でも知っているような作品から、聞いたこともない作品まで選り取り見取りだ。


「魚になって海を泳ぐゲーム、カジノで遊ぶゲーム、ゴリラになって人を倒すゲーム……楽しいのかそれ?」


 いろいろ手に取ってみるがイマイチピンと来るものがない。

 三十分ほど悩み、俺は一度大きく伸びをする。


 うーん、なんか面倒くさくなってきたな。

 元々ゲームなんてやってこなかったのだ。ゲームで息抜きするために、ゲーム選びで気疲れしていたら本末転倒じゃないか。

 もっと気楽に考えよう。所詮遊び、どうせお試し。


「たかが、ゲーム」

「聞き捨てならないわね」


 突然の声に振り返ると、俺は息を呑む。

 柔らかそうな腰まで伸びた黒髪、長いまつ毛、吸い込まれそうになる瞳、服の上からでもわかるスタイルの良さ。

 そこにいたのは二十代と思わしき美しい女性であった。

 年上の美人と対面し緊張で動けなくなった俺だったが、そんなことお構いなしに近づいてくる女性。そして俺の目の前で止まると。


「貴方、たかがゲームと言ったわね?」

「あ、はい。すいません……」


 取り敢えず謝った。

 いやこちとら平凡な高校二年生ですよ? 美人に至近距離で見つめられたらこうなるって。

 そんな俺の言葉を聞くと、なぜか女性はふっと笑った。


「別に怒ってるんじゃないの。ただ、お小遣いでゲームを買おうとしてる子供が舐めた事言ってたからムカついただけよ」


 それ怒ってますよね……?

 なんかヤバそうだし一目散に逃げたいのだが、帰り道を彼女に塞がれてしまっているので身動きが取れない。


「貴方、ゲームの経験は?」


 逃亡経路を考えていると、急に顔を近づけられる。

 ち、近い! 良い匂い! 一瞬キスされるのかと思ったよ!

 俺は赤くなった顔を隠すように逸らしながら。


「な、ないです! 全くの未経験です!」

「だと思ったわ。いかにもゲーム童貞って顔してるもの」

「な!? 童貞関係ないでしょ!」

「私が言ったのはゲームの話よ。でもその反応的に本当のどうて」

「わぁぁああ! な、何なんですか本当に!」


 この人、見た目がいいだけのヤバい人だ!

 もう通路が狭いとか気にしていられない。女性を押し除けてでも店を出る!

 決意を固め前に進もうとすると──


「待ちなさい」

「ひゃ、ひゃい!」


 逆に押し除けられ、気づいたら壁ドンされていた。

 何!? 何なのこの人! 思わず変な声出ちゃったし!


「貴方、ゲームを買いに来たんでしょ?」


 女性は口元に指を当てながら、妙に艶めかしく話を続ける。


「もうすぐ夏休みだけど友達も彼女もいなくて、でもやる事も特にないからゲームでも始めてみようかなー、とか考えてここに来たんでしょ?」

「と、友達はいますよ!」

「ふふ。それ以外は当たりってことね」


 もうやだこの人!


「俺が言ったことは謝るのでもう帰らして下さい! 帰らせ……か、帰らせてって!」


 右へ進もうとすると右へ、左に進もうとすると左へ、俺の進行を邪魔するように通せんぼされる。


「私は別に謝罪が欲しいんじゃないの。さっきも言ったでしょ? 怒ってはいないんだから」

「じゃあどうしたら帰らせてくれるんですか!」


 すると女性はわざと小さく笑いながら。


「ゲームを買いなさい」

「へ?」

「元々そのつもりで来たんでしょ? だからゲームをここで買いなさい」


 それはもはや命令であった。

 しかし彼女の言う通り、元々はそのつもりでここまで足を運んだのだ。

 それで家に帰れるなら安いものだろう。てか早く帰りたい……。


「じゃあこのゴリラになって人を倒すゲームを買ってきま……痛い! 何でデコピンするんですか!?」

「そんなクソゲー買うなんて正気ではないからよ。どうせ安いからって理由で選んだんでしょうけど、そんなの神が許しても私が許さないわ」


 横暴すぎるだろ! 俺の金なのに!


「じゃあ一体どれなら許してくれるんですか!」


 もうこの際何でもいい。早くこの変人から逃げたかった。

 すると女性は「ふふ、そうね」と、待ってましたと言わんばかりに微笑む。

 この人絶対俺に選ばせるつもり無かっただろ……。


「貴方が買うべきゲームはこれよ!」

「……アンチクエスト? 」


 有名なシリーズ作品を買わされるのかと思っていた俺だが、差し出されたそのソフトは聞いたことのない代物であった。


「知らないゲームですけど……って高! なんで中古なのに一万八千円もするんですか!?」


 ゴリラのゲームなんて六百円だぞ! 天と地の差があるじゃないか!


「神ゲーだからね。ほら早くレジに行くわよ!」

「いや待って下さいよ! 無理です買えません! 俺、財布に一万円と二百円しか入ってないですし」


 ソフトを元あった場所に戻そうとすると、横から腕をガッと掴まれた。

 くそっ、離せ離せ……いや力強い! 全然離れないし!

 握られた腕をブンブンしていると、更に強く握られ、顔の高さまで上げられる。


「これはね、伝説のゲームなの」

「で、伝説?」

「2070年に発売されたこのゲームは、当時もの凄く話題になったのよ」

「2070年って……十年前!? そんな古いゲームなんですかこれ!?」


 それなのに一万八千円とか頭おかしいんじゃないの?

 買いたい欲が更に減少したのだが、そんな事お構い無しに彼女は話を続ける。


「ジャンルは王道のオンラインRPGだったけれど、その圧倒的な自由度の高さはたちまちプレイヤーを沼に嵌めたわ」

「はぁそうなんですか。でもそんな凄いゲームなのに、俺は知らなかったんですけど」

「それはこのゲーム唯一の欠点のせいね」

「欠点?」


 女性は妖艶に小さく息を吐くと、悔しそうに口を開いた。


「この『アンチクエスト』は自由度が高すぎたのよ。広大なマップ、無限に近い隠し要素……つまり出来ることが多すぎて何をやったら良いの? 状態になったわけね」

「はぁなるほど」


 何でも出来るとなると、逆にそうなってしまうのか。


「そして何よりもヤバいのが、ワールドストーリーの進行度がいまだに0%ということね」

「え、ぜろ? 発売から十年も経ってるのに0%なんですか?」

「そうよ。そのせいでインするプレイヤーは過疎化していき、今このゲームをやってるのは『アンチクエスト』信者の異常者と、ストーリー攻略を諦めきれない馬鹿だけなの」

「言い方悪すぎるだろ」


 しかもそれ、貴方も異常者枠なんじゃ……。

 まぁなにはともあれ。


「…………君、力を緩めなさい?」

「…………その言葉、そのままお返ししますよ」


 ソフトを棚へ戻そうとする俺と、それを阻止する女性。

 そしてお互いに微笑み合うと。


「ごちゃごちゃ言ってないで、いいから買いなさい!」

「嫌ですよ! 十年も攻略されてないのに、ゲーム童貞の俺が出来るわけないじゃないですか! そもそもお金足りないし!」


 そう言い返すと、諦めてくれたのか腕を解放してくれた。腕赤くなってるんだけど、どんだけ強く握ってたんだよ……。


「じゃ、じゃあ俺はこれで……うぉ!?」


 これで帰れる。そう思ったのも束の間、今度は胸ぐらを掴まれ鼻と鼻が当たる距離まで引っ張られた。


「私は篠宮皐月しのみやさつき。サツキって呼んでくれていいわよ。貴方は?」

「あ、天野……薫です」

「カオル君。私がこのゲームを色々と教えてあげるわ。お金も足りないなら出してあげる」

「いや今日会っただけの人にお金なんて借りれませんよ! 本当に俺は──」


 その提案を断ろうとすると、彼女の人差し指で口元を抑えられる。

 そしてサツキさんは俺の耳元で。


「君の童貞、私に頂戴?」


 ──気づくと俺は、春終わりの夜風を受けながら、買い物袋を片手に帰路についていた。

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