命を運べ-2 ーミラクルフェイクカンパニーの夜ー

蘇々

"奇跡"の作り方、教えてあげる

「だからさ、桜々。私たちと一緒に、"命"運ばない?」


「……」


数秒間の沈黙が、迷いを伝えた。








ある会社の事務所ーー


「では、行って参ります!先輩!」

ハキハキとした声の主は、明々だった。


「別に敬語じゃなくていいから。頑張ってね」

明々の先輩であり、エース社員の唯々は、落ち着いたトーンで返した。


「先輩のようにはいきませんが、ご安心を」

明々の演技がかったセリフは、若干のふざけが感じられた。


「よろしく。できたらスカウトもね」

明々への信頼が伝わる言い方だ。


「はーい!じゃあ、出会いに行ってくるね!」

明々らしく、元気よく事務所から出て行った。








「……いや、心軽すぎ」


もう辛い時期は過ぎていた。


僕は自殺する。

それは一ヶ月後。最後に贅沢すると決めたから。


しかし、贅沢する度に死が脳裏に浮かぶ。

生きた心地はしていない。


最近の日課は、夜景に期待すること。


その日の仙台城跡からの夜景は、いつも通りきれいだった。いつも通り、何かが起こる気配はしない。


分かっている。"奇跡"なんて起こらないと。


丑三つ時に差し掛かった頃、一人の若い女性が訪れた。


歩き方、立ち姿だけで、少し先の彼女の行動がイメージできた。


おそらく自殺。

僕には、まだ覚悟ができていないように見えた。


何にせよ、僕には関係のない話だ。

一ヶ月後には僕も死ぬんだから。


でも、自殺を覚悟する辛さは知っていた。

今、彼女は覚悟を決めようとしている。


今が一番辛い。まだ引き返せる。

今の僕なら一番の理解者に……


そう思い、止めることを決意した。


動いた瞬間、振り向いた彼女と目が合ってしまった。


一瞬の沈黙の後、彼女は驚きつつ、今にも泣きそうな目をしながら絞り出すように言った。


「助けてください……」


その瞬間、僕が最後の希望になったと察した。


こんな時に期待しているのは優しい言葉ではない。

何らかの"奇跡"が起こることだ。


気持ちが痛いほど理解できる。ちょっとでも"奇跡"を期待させなければと思い、考えたが……


「頼ってくれてありがとう」


この言葉が正解だったのかはわからない。


傷つけることもなく励ますこともない、全く刺激のないとりあえずの一言だ。


彼女は一瞬驚いたような表情をしたが、なんとか自殺は踏み留めた。


しかし、まだ安心できない。

次にかける言葉は何だ?


今の僕は理解者であるべき。

なら、待っている言葉は……


「……否定なんてしないし、現実を突き付けたりもしない。だから、ゆっくりでいいから話してほしい。僕をヒーローにさせてくれないかな」


彼女は静かに頷き、僕の隣に座った。


これも正解だったかはわからない。

それでも、なんとか落ち着かせることができた。


震えていた彼女は、泣きながらゆっくり話してくれた。



とても時間をかけて聞いた。

おそらくこの話に嘘はない。

自分の非も認めていたから。


しかし、彼女の話はにわかに信じられない内容だった。


目が泳いでいる自分に気付いたのは、話し終わり、少し落ち着いた彼女に、「もうどうしようもないですよね」と少し笑いながら言われたときだった。


「そうだね……」


僕はあり得ない返答をした。

涙を堪えるだけで精一杯だった。


彼女は不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。僕の表情の中に驚きがあるのは、彼女も理解したようだった。


途中までは共感しながら聞いていた。

それが、共感では済まなくなった。


今の状況、過程、感情。そして、これからの行動。

全てが僕と同じだった。


いつの間にか、僕は泣いていた。それに気付いた彼女は、救われたような表情をした。


しかし、涙の言い訳すらできないほど、今の自分の感情がわからなかった。


……こんなことがあるんだろうか。

一人の人間が本気で自殺を覚悟したのに、世界は何も変わらなかった。いつも通りの景色を見せてくるような世界だ。


その残酷さに絶望して、より自殺に前向きになっていた。それなのに……


今になって、これは"奇跡"だ、僕は救われたんだ、と思ってしまった。勝手に思い描いた未来が、幸せだったから。


ようやく、涙の正体がわかった。


"奇跡"の可能性に期待したんだ。

……いや、することができたんだ。


それがたまらなく嬉しかった。そして、泣きじゃくる僕を心配そうに見ていた彼女が、たった一言で、僕が思い描いた不確定な未来をスタートさせた。


「私たち、二人で一緒に生きていこう」


なんとなく僕の状況を理解した彼女は、笑顔で言った。その笑顔は、僕の中の不信感を一瞬で消し去るほど温かかった。


僕は、自然と頷いていた。


そして、涙の理由を驚きつつも、明るさで笑い飛ばすように聞いてくれた。


気付いたらとても明るい女性になっていた。

これが本来の彼女なのだろう。


救うはずが、救われていた。


そう思ったら、声をかけようと動いたあの時の自分を思い出し、自分を讃えるかのように、胸に手を当てた。


そのまま朝になるまで話していた。二人には、無くなっていたはずの気力が満ちていた。どうしようもない状況は、気力さえ持つことができれば変えることができると分かっていた。


二人にはそれぞれ夢があった。

彼女は歌手。僕は小説家。


この立派な夢を叶えるために、これからを生きていこうと誓い合った。


その日、久しぶりに見た朝日は、僕たちの背中を精一杯の力で押してくれた。そんな朝日のような存在になりたいと思った。


奇跡によって生かされた意味を考えながら、残りの人生を生きていこう。そう言って二人は、もう一度この世界に挑戦していく。


もう挫けることはないだろう。

誰が見てもそう思えるような背中に変わっていた。








「ただいまー!みんなー、帰ったよー!」


明々の明るい声が、会社に響いた。


「明々!おかえりー!」

唯々は、三ヶ月ぶりの明々に抱きついた。


「……先輩!ご無沙汰してます。お元気で?」

明々は、前と同じようにふざけた。


「さすがだよ明々!今回、大手柄だね!スカウト成功したんでしょ?しかも、逸材!」

ノリを完全に無視した唯々は、珍しく感情的に喜んだ。


「そう。あんなに自殺心を理解してる人は見たことない。私はもう負けを認めたよ。唯々もエースの座、危ないかもよ?」

明々は少しにやけて答えた。


「……へ~、そんなにすごいんだ。早く話したいな」

わかりやすく驚いてから、唯々はトーンを落ち着かせて言った。


「でも、騙されたことは恥ずかしがってるから……」


「明々相手なら誰だって騙されるよ」


「ふふ。そのセリフ、言ってあげて」

エースのお褒めの言葉に、明々は満足げに答えた。






ーーコンコンコン。


「来たー!」 二人の声が、僕の心臓を締めつけた。


ーーガチャ。


「失礼します。本日からお世話になります。桜々と申します。よろしくお願いいたします」


「ようこそ桜々! "運命"を作り出す会社、『ミラクルフェイクカンパニー』へ!」


この時僕は、あの夜に見た明々の涙を、真実として飲み込んだ。それでもまだ、心が痛かった。





入社初日の帰り道ーー


「いい感じだったよ、挨拶。緊張してたね」

明々が笑顔で声をかけてきた。


「緊張したよ。みんなできるんでしょ?奇跡の演出」

僕は、若干の疲れを滲ませて答えた。


「そうだよ。これから桜々もやるんだよ。大丈夫。この仕事は桜々の天職だから」

明々の表情から、それが本心だとわかった。


「あんな演出、僕にできるか……」


「できる。君は私を惚れさせたんだから、自信もって!」

明々はそう言って、僕の背中を叩いた。


「なんだかプレッシャーのような……」

僕の中の不安は、まだまだ無くならなそうだ。


「それくらいがいいよ。 ……それより、みんなにばれてないね。このまま秘密だよ。恋愛って、その方が楽しいから!」


「うん、わかった。これも演出の練習だと思うよ」


「ふふ、わかってるじゃん!それと、一ヵ月間私と遊んでたのも内緒だから!」

明々が笑いながら言った。


「それはもちろん。これからお世話になるので」

僕は、やっと笑えた。




偽りの恋が、真実の愛に変わる。


その過程、僕たちはみんなに偽りを見せる。






入社二日目の研修ーー


「時間だ、準備できた?」

前に立ち、準備万端の唯々が言った。


「大丈夫です。よろしくお願いします」

ペンを構えながら、真剣な表情で僕は答えた。


「よろしく、まずは王道パターンね」


そう言って、唯々が話し出す。


「自殺を覚悟した人が、唯一望むことがある。

それは、状況が変わる何らかの奇跡だ。


彼らに奇跡を与える。それが私たちの仕事。


情報を集め、適役を抜擢し、偶然のような出会いを装う。そして、会話を試みる。そこで"運命"を感じさせ、希望を持たせる。最後に、明るい未来に送り出す。


知っての通り、奇跡とは"運命的な出会い"のこと。


私たちは、疑いようがなく、抗うことができない

ーーそんな奇跡を演出し、"運命"を作り出すプロ集団。


……どう? 実感湧いた?」


「……はい、とても」


改めて理解した仕事の重みに震えながら、不安に負けないように、僕は両手で頬を叩いた。


そして、入社を決めた瞬間を思い出した。


あれは、僕が告白した直後だった。








「だからさ、桜々。私たちと一緒に、"命"運ばない?」

いつも通り、明るく明々が言った。


「……」

困惑した僕は、無言から抜け出せなかった。


「……ちょっと急すぎたね。でも、私は桜々のことを本気で好きになったよ。だからこそ、今だった」


「どういうこと? さっきの僕の告白は……」

明々の予想外の告白で、僕はあの出会いが偽りだということを忘れかけた。絶対に消せないと思うほど、深く心に刺さったのに。


「本当に嬉しかった。でも、私たちの仕事は、次の道を作るまでだから。桜々はこの仕事が向いているから、スカウトしてあげたかったんだ。だけど、スカウトするってことは、偽りだったって打ち明けることになる。全てを知った上で、私からの告白を判断してほしかった。私が本気で好きになったことも、信じてほしかった。 ……自分勝手を、許してほしい」

明々は、珍しく神妙な面持ちで、本音を話した。


「えっと、明々は僕のことが好きで……

でも、あの出会いは偽りで……

今、僕はスカウトされてて……

そして、あとは……」


僕は時間をもらった。

好きな人、自分、そして、運命。

全てに真剣に向き合うための時間が必要だった。



それから数日間、明々と本音の話し合いを続けた。


あの夜の震え、涙、言葉。それは全て演出だった。

しかし、明々のあの告白は計画ではない。


時間をかけてでも、明々の所属する会社を理解する必要があった。"自殺願望のある人の命を運ぶために、偽りの奇跡を提供する"


信じられないが、実際に僕は救われている。

明々が嘘をつく理由も見当たらない。


疑いながらも、信じるしかなかった。


そうなったら、明々が言っていた全てを信じざるを得なかった。


……と言うことは、明々の告白は本音だったんだ。


そう思ったら、他のことはどうでもよくなっていた。


そして僕は、二度目の告白をしに行った。

もちろん、答えは知っている。






僕が勝手に思い描いた幸せな未来。


それは、たった今始まったばかり。




これは、恋と命を同時に運んだ明々の物語。






僕は、今の自分に期待することができていた。

明々が好きになってくれた自分だから。


「あの夜の奇跡は忘れられない。 明々、僕にも一緒に命を運ばせてほしい」


こうして、僕は入社を決めていた。


それを思い出し、やる気を漲らせた。

「あの選択は正しかった」と思うために。




あの偽りの夜を誰かに託す。


ーーだから、次は僕が"命を運ぶ"番だ。






次は、世界を"裏返し"、命を運ぶ桜々の物語。​​

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