第18話「パニック」

 ──ドクンッッ。

 と、ダンジョンが脈を打った直後。


 震度7にも匹敵するような、激しい揺れがボス部屋を襲った。

 ​予想外の事態の中、俺は万能カメラでその様子を撮影し続けている。



 ​フロアの一番奥。

 ミラージュ・リッチが浮かんでいる背後の空間に、巨大なが走った。

 パリンッ──とガラスが割れるような音と共に、何もないはずの空間が砕け散る。


 そしてその漆黒の裂け目からとてつもない威圧感を放つ巨大な影が、ヌラリと這い出してきた。

 ​身の丈3メートルはあろうかという巨体。全身が漆黒の筋肉に覆われ、頭部からは二本の太く長い角が伸びている。


 あの姿は、まさか……。


​「──ジャッジメントデーモンだっ!」

 ​トウマの叫びが、ダンジョンに響く。


 ​しかも空間の裂け目から現れたのは、一体だけではない。

 大剣、戦斧、魔法杖──異なる種類の武器を手にした悪魔たちが、次々とその巨体をねじ込んでくる。


 その数なんと、七体。


 ​絶望はそれだけじゃない。

 デーモンの出現と同時に、魔物たちの様子も変わった。


 ​ミラージュ・リッチ本体に、生き残っているトウマとエマのコピー。

 そして鏡から現れたばかりの【ウォリアーファイブ】のコピーたち。その全てが血のように赤いオーラに包まれ──彼らが纏う魔力量が、爆発的に跳ね上がったのだ。


​(ジャッジメントデーモンの召喚に、魔物の全体強化……これはダンジョンに11人以上が入ると起こるダンジョンのそのものだ。でも、なんでこんなことが……?)


 ​この場にいる人間はトウマたち四人。

 どう計算したって、免疫反応が起きるはずがない。そんな中で、魔法使いエマがポツリと呟いた。


​「私たちのコピーが人間としてカウントされているのかもしれませんね……」


 ​その仮説に盗賊ジョージが反応する。


「俺たちが4人。コピーはトウマとエマの2人に、Bランク戦士5人で……合計11人。確かにそれなら計算が合うけどよ……」


​ ジョージは、顔を歪めて叫んだ。


「それは反則だろうがッ!?」


(ジョージの言う通り、コピーが人間に数えられるなんて聞いたことないぞ……っ!)


 ──さらに追い打ちをかけるように、聖女ハルカが震える声で告げる。


「8階層の入り口が閉じてるわ。どうやら、逃がしてくれるつもりはないみたいね……」


 ​振り返った先にある唯一の扉は、いつの間にか黒い茨のような魔力に覆われ、完全に封鎖されていた。


 退路は無い。生き残るためにはボスであるミラージュ・リッチと七体のジャッジメントデーモン、そして強化されたコピー軍団を全て倒すしかない。


 ​……絶体絶命だ。


​(なんとか切り抜けられるか……? くそっ、こんな時ばっか増えやがって!)


 ​俺の焦りと裏腹に、配信の同時接続数は、異常を嗅ぎつけた野次馬によって跳ね上がっていく。

 興味本位に沸くコメントの嵐と、目の前に迫る死の軍勢。


 あまりにも極端なコントラストの中で──絶望的な戦いが幕を開けた。




 ──​戦闘開始の直後。


 赤いオーラを纏ったコピートウマが希望の灯リバティファイアの皆に向かって一直線に突っ込んでくる───さっきより、明らかに速い。

 その後方からはBランク戦士たちのコピー五体が、重戦車のような圧力で包囲網を縮めてくる。


​「くそっ、なんだこの圧力は……ッ!」


 本物のトウマがうめき声を上げながら、聖剣で必死に攻撃を防ぐ。

 ​コピーたちの膂力は大幅に強化されているようだ。一撃ごとにトウマの体勢が崩され、防ぎきれない刃が彼の体を切り裂いていく。


​「ぐぅッ……!」

 鮮血が舞う。


 そしてトウマだけじゃない。

 アイテムと短剣を駆使してサポートに回ろうとする盗賊ジョージにも、無数の剣撃が降り注ぎ、傷を増やしていく。


​「二人とも死なせない……ッ! ヒール!」

 ハルカが必死に回復魔法を唱えるが、傷が増える速度の方が圧倒的に早い。​

 このままでは全滅まで秒読みだ。


 猛攻に耐える彼らの後方で、エマが必死に魔力を練り上げていた。


​「これで止まってください……ッ! 

──地を埋めて 狂い咲きたる 銀の花 悪しきを縛る 冷獄れいごくの棘

   ──【芸術魔導マジックアーツ・氷結の薔薇ばら】!」


 ​エマの杖から極寒の波動が放たれ、床一面に巨大な氷のバラが咲き誇る。

 コピーたちの足元を一瞬にして凍結させ、その動きを封じようとした──その瞬間。


 ​無感情な声と共に、エマのコピーが杖を掲げた。


「──宙を舞い 世界を焦がす 金の羽

万象ばんしょう喰らう 劫火ごうかの宴

   ──【芸術魔導マジックアーツ・獄炎の胡蝶こちょう】」


 ​オリジナルの魔法を嘲笑うかのように、天から炎を纏った無数の蝶が舞い降りる。

 氷の薔薇は燃え盛る蝶に触れた瞬間に蒸発し──ただの白煙となって消え失せた。


​「私の魔法が……相殺された……ッ!?」

 エマが驚愕に目を見開く。


 ​それでも、絶望は終わらない。

 フロアの奥。三体のジャッジメントデーモンがその魔法杖を同時に天へと掲げ、共鳴するように呪文を唱え始めたのだ。


 ​空間が歪み、光すら飲み込むような「巨大な黒い球体」が生み出された。

 それはゆっくりと──しかし、回避不能な大きさで射出された。


​「皆、私の後ろに!──【聖なる障壁ホーリー・バリア】」

 ​ハルカが咄嗟に光の壁を展開。

 黒い球体と光の結界が触れ──バリンッ。

 ​その圧倒的な威力に耐えきれず、聖なる結界はガラス細工のように無惨に砕け散った。


 防ぎきれなかった余波にハルカが木の葉のように吹き飛ばされ、硬い黒曜石の床に激しく叩きつけられる。


​「──ハルカッ! 無事かっ!?」

 トウマが声を掛けるも、ハルカはぐったりとしたままピクリとも動かない。


 ​パーティの命綱である、ヒーラーが落ちてしまった。


​「エマッ! ハルカにポーションをぶちまけろッ!」

「は、はいっ!」

 ​ジョージの怒号に弾かれるように、エマが駆け出す。


 だが敵は、その隙を見逃さない。


 コピーたちが一斉に剣を掲げ、無防備になったエマとハルカを狙って突撃してくる。


​「させるかよぉぉぉぉッ!」

「ここは通さない!」


 ​ジョージとトウマが身を挺してコピー軍団に立ち向かう──だが、手数が多すぎる。

 一瞬の隙をつき、戦士のコピーが振る大剣が音を立てる。




 ──ザンッ。




 ​鈍い音と共に、宙を舞うナニカ。




 ………それは短剣を握りしめた──ジョージの右腕だった。




​「が、あぁぁぁぁぁぁッ!!?」

​ ジョージの絶叫が響き渡る。


 その光景を目の当たりにしたトウマが限界を超えた声で叫ぶ。

​「うおおぉぉぉぉおおッ!!」


 トウマの激情に呼応し、聖剣がこれまでにない輝きを放った。

​「いい加減にしろッ! ──【聖剣解放エクスカリバー】ッ!!」


 ​トウマの、限界を超えた一撃。

 魔力の配分など一切考慮しない、捨て身の攻撃が、殺到するコピーたちを飲み込み──後方へと大きく吹き飛ばした。


 ​渾身の一撃を放ったトウマがバランスを崩し、ガクリと膝をつく。



​「はぁ、はぁ……。やった、か……?」

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