武士の約定 ~誓いと裏切りを選んだ武士道が導く追放と滅亡の絆

星うさぎ

前編 裏切りと追放

「たった今をもって、ここバルクは我ら葦原あしはら帝国とするっ!」



 国と呼ぶには人口七万人という小さな獣人族の国バルク。

 元々はもっと小さな集団生活が各地でされていたが、人間からの差別、迫害はくがいを受けてきた結果、各地の多様な獣人たちが集まったのが今のバルクである。

 隣国には軍事大国であるゾルディアがあり、いつ侵略しんりゃくを受けてもおかしくないという状況が続いていた。

 それが今まで起こらなかった要因の一つが、同盟を結んだ葦原あしはら帝国である。

 葦原あしはら帝国は他にもいくつかの国と同盟を結んでおり、各国に戦力を派遣はけんしてゾルディアの侵攻しんこう牽制けんせいしていた。

 そして同盟を結んでいた国のなかでもバルクは特に小さな国であり、そんなバルクを葦原あしはら帝国が裏切る。



「なにを言ってるんです? スザク殿、悪い冗談はやめていただきたい。

 私たちは今まで共に時間を過ごし、テーブルを囲んで食事も共にしてきた。

 それが突然こんなこと、信じるわけがないでしょう!?

 ゾルディアが侵攻しんこうしてきている今、こんな悪ふざけをしているときではない」



 広場に集められた獣人たちの周囲には刀のつかに手を添え、油断なく警戒けいかいしている武士と呼ばれる兵士。

 獣人たちを取り囲んでいるみながこん装束しょうぞく葦原あしはら帝国特有の羽織はおりを着ていて、すでに戦闘に備えていることが見て取れた。


 そして集められている獣人たちから、一歩前で言葉を投げかけているのは銀狼の獣人。

 まだ昼前というくらいの日差しは、長髪と言える銀色の髪を輝かせている。

 顔立ちは人族と変わらないが、頭にはピンと立っている耳。

 後ろには銀色でフサフサとした尻尾しっぽがあるが、それは警戒か興奮しているのか幾分いくぶん毛が逆立っている。


 そんな銀狼と話しているのは、朱雀すざくと呼ばれた葦原あしはらの人間。

 歳は四〇辺りで、他の者が着ている羽織はおりと違い、そでがついた羽織を着ている。

 朱雀すざくのまとう雰囲気と威圧感は他の者とは一線を画すものがあり、明らかに葦原あしはらの大将であることが見て取れた。



「ダッカ、この状況がわかっていて、ただの悪ふざけだとでも思っているのか?」


「悪ふざけではないと言うのなら、これはどういうことですか?」



 葦原あしはらの兵士たちからはすでに殺気にも似た雰囲気が感じられ、集められている獣人たちはその空気におびえている者たちもいる。

 自分たちの命運を左右するだろう今のやりとりを、銀狼以外の獣人は静かに見守っていた。



「ゾルディアが我が国葦原あしはら侵攻しんこうしようとしているのは、お前たちも知っているだろう。

 だが葦原あしはらはここバルクや他の国に戦力が分散されている。

 さすがの我が国でも、今の状態ではどうなるかわからん。

 よってここバルクを明け渡して時間を稼ぎつつ、我らは葦原あしはらせ参じる。

 そのためお前たちがいては邪魔なのだ。確かにこの土地から追い出されることになるが、お前たち獣はどこでも生きられるであろう?」


「我らを獣と口にするかっ!?」



 朱雀すざくから口にされた侮蔑ぶべつの言葉に、銀狼のダッカが即座に怒気どきを含んだ反応をする。

 だがその瞬間、周囲を取り囲んでいる者たちが刀の鯉口こいくちを切り、何重にもカチャっという音が周囲から鳴った。



「我らにもいくらかの損害そんがいは出るだろうが、お前たちはここで皆殺しになるぞ?

 それでもこの土地に留まるというのなら――――致し方あるまい」



 朱雀すざくが刀をゆっくりと抜き放つ。その視線はまっすぐに銀狼のダッカへと向けられ、今まで酒をみ交わしていた仲間のものではなかった。



「くっ――――。キサマらを信じ、同盟を結んだ我らがおろかだったのか。

 キサマら葦原あしはらは我ら獣人でも礼儀を持ってくれていると思っていたが、それは上辺だけのものだったか」


「――――」


「自分たちのために我らを裏切って利用したこと、たとえキサマらが死んでも忘れんぞ。

 キサマら同胞すべて、ゾルディアにほろぼされてしまえっ!」



 さっきまでの怒りなど生ぬるい。銀狼ダッカは憎しみと言えるほどの目を朱雀すざくに向けて言い放つ。

 そんな銀狼とは対照的に、朱雀すざくは静かに口にする。

 冷酷れいこくなことを――――。



「夜までは待ってやるゆえ、荷物をまとめて出ていくがいい。言っておくが、妙な動きをしたら赤子であろうと容赦ようしゃはせぬ。即首を落としてやる」





 そして日も暮れて夜のとばりが降りた頃、ゾルディアとは反対側にある木製の門から獣人たちは国を捨てて移動を始めていた。

 道は両側ががけに囲まれ、その上からは葦原あしはらの兵たちが獣人たちを見下ろしている。



「ねぇ、なんで僕たちが出ていかないといけないの? スザクたちは友だちだったんじゃないの?」



 まだ四歳くらいだろう羽の生えた男の子が、同じように背中に大きな羽を持った母親に訊ねた。



「……私たちはお友だちだと思っていたけれど、そうじゃなかったということよ。

 悲しいことだけれど、あーいう人間が世界には多いの」


「悪い人間だったっていうこと?」


「……そういうことかもしれないわね」


「じゃぁみんなでスザクたちを追い出しちゃえばいいじゃん!」



 子供ゆえに素直な考えなのだろう。だがこれは現実的ではない。

 獣人は一般的に身体能力が人間よりも高いが、魔力による身体強化はかなり大雑把な傾向にある。

 繊細な魔力コントロールを苦手としているため、魔法の発現も得意とは言えない。

 それでも元々の身体能力が高いため、獣人は決して弱いわけではない。

 むしろ人間からすれば、獣人との戦闘は脅威きょういである。



 だが葦原あしはらの民は違った。葦原あしはら帝国と争うのならば、損耗そんもうを考えれば五倍の戦力が必要だとうわさされているほど。

 世間ではそんな葦原あしはらの民を野蛮やばんな戦闘民族と呼ぶ者すらいる。それは戦闘において、葦原あしはらの武士は一切迷いなく戦うからだ。

 それがたとえ勝ち目のない戦いであったとしても。

 そんな者たちと子供たちがいる状態で戦えるわけもない。

 仮に勝利したとしてもゾルディアが侵攻してきている状況。

 獣人たちが戦いを選択するということは、状況的に自殺するようなものであった。




「村に残っている者は?」


「はっ。倉庫などもくまなく捜索そうさくしましたが、ただの一人も残っている者はおりません」


「そうか……門を締めよ」



 朱雀すざくの命令で丸太を使った大きな門が音を立てて締まり、その音で獣人たちが振り返った。

 そんな獣人たちの視線をはばむように魔法が発現する。



煉獄れんごく



 朱雀すざくの瞳が輝き、門と獣人たちの間に向けて刀を一閃。

 地面から吹き上がるように炎の壁が立ち上がり、周囲の空気が熱を帯びる。

 辺りには煉獄れんごくの炎である赤色が混じり、夜のとばり侵食しんしょくしていた。



「しばらく煉獄れんごくが消え去ることはない。戻るぞ」



 振り返って煉獄れんごくの炎を見つめる獣人たち。

 煉獄れんごくの炎に対してか、その炎の向こうに葦原あしはらを見ているのか。

 獣人たちの顔には悲しみや絶望、怒りという感情が現れている。

 そんな獣人たちに一度視線を向けた朱雀すざくは、表情一つ変えずに背を向けて戻っていった。

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