過度なジャンプは骨が折れる 〜『僕らのイヴェンター見聞録』、『カクヨムコン11』出張版〜

隠井 迅

第一イヴェ シュージンの京都遠征

 佐藤冬人(さとう・ふゆひと)は、自他共に認めるヲタクである。

 彼が関心を抱いているジャンルはアニメ・ソング、いわゆる〈アニソン〉で、特にアニソンを中心に歌唱している〈アニソン・シンガー〉こそが彼の興味の対象なのだが、実はこれは、二つ年上の兄、秋人(あきひと)の影響大であった。

 

 秋人・冬人の二人兄弟は北海道出身なのだが、二〇二五年現在、都内で一緒に暮らしている。


 二人が住むマンションのリヴィング・ルームには一枚の大きなホワイトボードが置かれており、二人はそこに直近の予定を記入し、いつ・どこの現場に行くかといった情報を共有できるようにしていた。そう、していたのだが……。


「へぇ〜、シューニー、この十月末の金・土・日って京都遠征なんだね……。で、一体どこの〈現場〉に行くの?」

「あれっ!? ボードに書いてない?」

「ないよ」

「あっ! まじだ。スマソ、うっかり書き忘れてたわ」

「で、何案件なのさ? シューニー」

「金曜が〈お朱鷺(とき)〉さんのツーマンで、日曜が〈都アニメ〉のファンミ」

「ん? 土曜は?」

「今んとこフリー、特に関西でこれってイヴェントが見つかんないんで、ひっさびさに京都観光でもしようかって企んでる分け。舞台探訪も兼ねて〈嵐山〉にでも行ってみようかな」

「なんだかんだで、アニメを絡めるってとこが、いかにもシューニーらしいよ」

「で、京都までの移動は?」

「行きも帰りも、いつも通り〈ヤコバ〉、この前のセールでめっちゃ安いの取れたから、浮いたお金はグッツ代にでも当てようか、と」

「これまた、いかにも、シューニーらしいお金の使い方だね」

「だろ?」

「「ハハハ」」


 かくのごとく、東京の下宿で二人兄弟が笑い合った二日後の金曜日、佐藤秋人ことイヴェンター・ネーム「シュージン」は、未だ空が藍色に染まったままの早朝の「京都八条口」に降り立った。


 京都に到着するや、秋人は、夜行バスの降車用停留所真ん前の二十三時間営業の外食チェーンでさっと朝食を済ませ、それから、四条河原町まで徒歩で移動し、予約しておいたレンタル・スペースに入った。


(オンラインだから、ゼミのみんなもワイが京都から発表をしているなんて、まさか夢にも思っていないだろうな)


 そして昼過ぎに、早い時間帯から営業している五条の銭湯に赴き、バスでの夜間移動と午前中のゼミ発表の疲れを癒し、〈ととのった〉ところで、秋人は、京都駅のコイン・ロッカーに、配信用機材の入ったリュックをぶちこみ、ライヴ・スタイルに着替えるや、バック一つすら持たず、スマホと財布だけを携え、ライヴ会場に向けて右足を踏み出したのであった。

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