死霊ダンジョンへようこそ。~罠ばかりですが楽しんでってください~

さえぐさ

第1話

 『パンパカパーン!』


 唐突なファンファーレに目が覚めた。

 あたりを見渡すと、薄暗い空間にいた。周囲は土壁に囲まれている。ちなみに、とても狭い。

 それよりも、青白く光るミラーボールのようなものが、この空間の中央に浮いていることの方が気になる。光源としては優秀だが、まさか照明というわけでもないだろう。

 そのミラーボールの光が強くなった。


「おめでとうと、言ってあげるわ!」


 その言葉の直後、ミラーボールの上にホログラムのように、女神のコスプレをしたような少女が現れた。何とも生意気な、分からされそうな雰囲気である。


「頭クソザコな貴方に教えてあげるわ。貴方はもう死んだの。諦めなさい」

「死んだ?」

「死因はテクノブレイクということにしておいたわ」

「ふざけるな」

「ええ冗談よ。貴方の存在はなかったことになったのだからね。もうあの世界で貴方について憶えている存在は一人もいないわ」


 明らかにめちゃくちゃなことを言われている。否定してやりたいが、何故か事実だと感じている自分がいる。


「光栄に思いなさい。貴方は今日からダンジョンマスターよ」

「ダンジョンマスター……?」

「まぁ、説明するの面倒だから適当に流すけど」


 流すな。絶対に必要な説明だろうに。


「要は侵入者が来るから撃退しろってこと。そのダンジョンコア破壊されたら貴方も消えるから気をつけてね」


 この照明は、ミラーボールではなくダンジョンコアなるものらしい。

 そんなことより今大事なことを言われた。


「待ってくれ、消えるってどういうことだよ」

「そのままよ。消えてなくなるの。何もかもね」

「なんで俺が――、いや、そもそもこれは本当に現実なのか……?」

「別に雑魚の悩みなんてどうでもいいわ。貴方は生存を賭けてダンジョン戦争に勝たなければいけない。負ければ消えるだけ」

「ダンジョン戦争?」

「ダンジョンマスター同士で競うのよ。勝敗は単純明快。一番魔力を溜め込めれたマスターの勝ち。ま、貴方みたいなザコなんて、10日も持たずに初級探索者に攻略されて終わりでしょうけど」


 状況はなんとなく分かった。分かったが、納得がいかない。どうしてこんな目に合わないといけない? 夢じゃないのか? そうであってくれ。


「……はぁ。まったくなんで貴方みたいなクソザコになったのかしら」

「俺は選ばれたのか?」

「違うに決まってるでしょ。誰がクソザコを好きで選ぶのよ。これは女神間の競争でもあるのよ。誰が最強のダンジョンマスターを擁立出来るかっていうね」


 女神もどきは、やらかしたとばかりにため息をついた。


「まさか日本の花粉があれほどだとは思わなかったわ。本当は隣の家に住むハイスペイケメンにするつもりだったのに」

「おい、まさかくしゃみで」

「あら、勘はいいのね。ってことでさっさとクソザコ冒険者にやられてクソザコの頂きにたどり着いてちょうだい。そうすればやり直しで、あのスパダリにするから」

「やり直しとか可能なのかよ」

「ええ。あまりにも早くダンジョンマスターが脱落した場合だけね。ってことで、――分かるわよね?」

「ああ、分かった。俺はそのダンジョン戦争とやらに参加なぞしてやらないが、そう簡単に脱落もしない。お前の嫌がらせのためだけに無駄に生き延びてやるよ」

「はぁ!? ふざけないでよ!? 私のスパダリ溺愛ものを邪魔するんじゃないわよ!!」

「嫌だね! 俺はこれからお前の嫌がらせのためだけにダンジョンマスターやってやるって決めたんだよ!」

「はぁぁぁぁぁ!??!?!??!」

「ざまぁぁぁぁぁ!!!!」


 もう俺の人生はこれでいい。人生賭けてこいつの嫌がらせに費やしてやる。


「ま、待って、待ってよ。そんな、謝るから、――早く死んでよっ」

「悪いが大往生してやるよ! 老後までよろしくな!」

「むきぃぃいぃぃ!」




 ◇◆◇




 ということがあって、俺のダンジョンマスター生活が始まった。

 ダンジョン内で、魔力を消費する行動や死亡したりするとダンジョンコアに魔力が溜まっていくらしい。その魔力の総量で勝敗が決まるが、ダンジョンを強くするには、コアに吸収された魔力を消費する必要があるそうだ。

 初期魔力としては1000ptある。ゴブリンを一体召喚するだけで50ptかかることを鑑みれば、かなり少ない特典に思える。

 それとは別で初回特典というのもある。これが肝心なようで、ダンジョンマスターに戦闘能力を与えるようなスキルとか、特殊な魔物を呼んだり出来るらしい。

 とにかく手探りもいいところだ。あのクソガキのせいで情報がまったくない。トライアンドエラーを繰り返そうにもポイントを使う以上は限界はすぐにくる。ダンジョン辞典とかあるなら、消費ポイント高くても購入してしまいたいくらいだ。

 そんなことを考えながら、コアから浮かび上がるホログラム上のメニュー内の初回特典を見ていくと、それらしいのがあった。

 『管理アシスタント』とだけ書いてある。説明を見ると、『マスター業務の補助と提案を行う』と書いている。AIみたいなものだろうか? だとしたら知識は補完出来そうだが。もし違ったら悲しい。


「どうする……?」


 初回特典次第で老後が決まる。だがここで失敗すれば挽回は出来ないだろう。とはいえ、迷ったままでいるの性に合わない。決めれないことを決めるときの方法は、――勢いだ。

 GO!!


「わっ」


 突如、コアが強く発光した。

 眩しさに目を閉じ、落ち着いた頃に開けると、


「私、――参上!!」


 赤いジャージを来た小柄な女の子がいた。


「よく呼んでくれたわ! 実は待ちに待ち望んでいたのよ!」

「あ、ああ。そうなのか?」


 圧が凄い。


「やる気はあっても選んでもらえなければ頑張りようがないもの! でもこれからはバリバリにやれるわ!」

「その、アシスタントの人ってことで?」

「ええ! 何でも任せて頂戴! ――やっぱり願いは叶うものなのよ。一番呼ばれたかったところに呼ばれるなんて幸せだわ!」

「呼ばれたかった? ……ここにか?」

「ええ、この世に逆境より素晴らしいものはないわ! ここは一番のクソザコダンジョンって聞いてたから、ここに呼ばれないかなって!」


 あのクソガキには、今度お茶の一つでも淹れさせてやろう。

 しかしこのアシスタントは当たりなんだろうか? 今のところは正直不安しかない。栗色の髪を左右に束ねていて、額には『根性』と書かれたハチマキをしている。パッと見、小柄でハムスターみたいなのに、超熱血タイプらしい。赤いジャージが妙に似合っている。


「ということで今日からよろしく! 私のことは長舟って呼んでね」


 名前がなんか渋い。昔の人みたいな感じだ。上下ジャージだけど。


「俺は麟太郎だ。好きに呼んでくれいい」

「渋い名前ね」

「なんだと」

「でもお似合いってことで良いわね! 最強タッグここに結成って感じで燃えるわ!!」


 燃える要素はどこなんだろうか。

 いや、とにかく直面した問題を解決しよう。


「実は俺には基礎知識がない。ダンジョンコアの操作の仕方もロクに分かってないんだ」

「う、嘘……」


 長船は絶句していた。さすがの熱血娘も引いたらしい。


「初見ハードコアタイプなのね……」

「強制だからな」


 危うく変態扱いされるところだった。


「ということだから、普通にコアの操作の仕方を教えてほしい」

「分かったわ。でも私に言ってくれたら全部やってあげれるけど」

「そうなのか? 大変だろ?」

「た、大変……? はっ、みなぎってきた!」

「えぇ……」


 ハズレではないらしいが、扱いは大変そうだ。とにかくダンジョンコアを……。


「あれ、――コアがない?」

「私と同化したのよ」

「そうなのか? それってつまり、……どういうことになるんだ?」

「麟太郎と私は一蓮托生ってことよ!」

「そうじゃなく、コア機能の話で」

「それなら簡単よ。私がそのままコアとして存在してて、機能そのまま持ってるのよ」

「待て、それってつまり」

「ええ、一蓮托生ってことなの!」

「そうじゃなく」


 一番大事なことがある。


「つまり、ダンジョンを攻略されてもお前が無事なら問題ないってことなのか?」

「そうなるわね」

「チートじゃん」

「でも私は隠れてこそこそするなんて性に合わないから、正々堂々と前に出るわ」

「何でだよ。使えよそのチート能力」

「嫌よ。ダンジョンコアって、通常は設置しか出来ないものなのに、自由に動かせてしまうなんてズルいじゃない。私はそんなの認めないわ」

「認めろよ。お願いだから、認めてくださいよ」

「――存在を賭けた勝負。私が求めるのはそれよ」


 ぐっと握りこぶしを作る長舟。


「ん? ってことは戦えるのか?」

「今はまだゴブリンと互角くらいかも」

「希望がなさすぎる」

「何を言ってるのよ。これから努力するのよ。努力は何者も裏切らないわ」

「やっぱりハズレだったかも」

「あら、ハズレスキルでも成り上がる系がお好みってこと? じゃあやっぱり努力しなきゃ」

「違う。あれはそもそも当たり……。――いや、やめよう」


 危ない。危ない何かを敵に回すところだった。危ない。


「ひとまず私の座右の銘を教えておくわ。まずは努力、次に根性、最後は努力よ」

「今努力2個あった」

「2個でとどめておいたわ」

「ええ……」


 じゃあゴブリンくらいには勝ってほしい。


「それより、まずはダンジョンのコンセプトを決めないとね」

「この狭い土壁の風景だと気が滅入るしな」

「魔物に合わせるか、コンセプトに合わせるか、どっちがいい?」

「違いがあるのか?」

「一般的には、ガチャで当たった強力な魔物に合わせて作るやり方が採用されるわ」

「ガチャは好きじゃない。俺は運ゲーが嫌いでね」

「――よく言ったわ! 気が合うわね! やっぱり勝負は実力でしてこそよね?」


 そうじゃないがそうかもしれない。


「あ、でも、とにかく急がないと。3日もすればコアが活性するから、このダンジョンの存在が人間にバレるわ」

「え? まずくね?」


 マジであのクソガキふざけるな。さすがにそのくらいは教えておけ。

 機能はどうであれ、長舟を呼んだのは大正解だったようだ。


「知らないことが多すぎる。まずは基礎知識から教えてほしい」




 ◇◆◇




 まずこの世界から違った。ここは異世界であって、ゲーム風の中世ファンタジーだった。人間にとってダンジョンは金の種らしい。ダンジョンコアともなれば大量の魔力を有している上、魔力ポッド的な役割としても使えるということでめちゃくちゃ価値が高いらしい。人間世界からすれば、急にぽっと現れるダンジョンは降って湧いた金鉱のようなもので、いつも探し回っているとか何とか。

 俺の現在地は山奥らしいが、コアの活性により、人間世界にはだいたいあの地方に新しく出来たっぽいくらいの精度で、存在がバレてしまうらしい。あとは人海戦術で探し続けるとかなんとか。

 ダンジョンを発見するだけで多額報奨金が貰えるということもあって、それ専門の職まであるらしい。恐ろしい。

 ここでふと考えたのが、初見殺しダンジョン作ってマッチポンプ式に俺がダンジョン発見したことにして報奨金貰おうということだが、長船に大反対されたことで流れた。

 ダンジョンに魔力を貯めるには、短期的にはダンジョン内で死者を出すのが一番効率が良いらしい。だが魔法を使うような行動をしたり、ダンジョン内に滞在するだけでも魔力が溜まるということなので、持久戦的な戦略もありらしい。迷路のように迷わせて、やたら硬いだけの魔物出して、気力を消耗させて帰ってもらうとかいい案だと思った。もちろん長船は渋顔だった。


「分かった分かった。とにかくコンセプトを決めるか」

「私のおすすめは闘技場ね。ひたすらタイマン勝負を続けて、互いの気力を削り合うのよ。言ってくれたら今すぐにでも作業を始めるわ」

「あーいや、それも悪くないが、――ちょっと待ってほしい。やりたいのが思い浮かんだ」

「どんなの?」

「武士的な、そういうやつだな――」


 さて、どうだまくらかして初見殺しダンジョンを作ろうか。

 ちなみに、騙すのは得意だ。

 少し説明してみると、すぐに同意を得れた。


「――いいじゃない」


 長船は便利だが、意思にそぐわないことをやらせるのは大変だ。ダンジョンマスターの思い通りにダンジョン造りが出来ないなんてとんでもない欠点だが、こうなった以上はやれることでやっていくしかない。

 要は創意工夫だ。


「過去の武士と勝負出来るとかいうダンジョンとかカッコいいと思わないか?」

「素敵ね! 私も鍛えて貰えるし!」

「だろ?」


 っぱ、死霊よ。

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