第3話 開発者、恋をデバッグする

白衣パーカーの青年は、大学のど真ん中にそぐわないほど軽やかに片手を上げた。


「やあ、美波ちゃん。バグの中心地はここだね」


「誰!? 本当に開発者なの!?」


「うん、開発リーダーの比良坂ひらさかゼン。君とは初対面だけどね」


 そう言いながら、ゼンは私のスマホを指差す。

 アプリの画面はさっき弾けた光の余韻を、かすかに揺らしていた。


【再起動準備中】

【恋愛分岐ツリー:破損】

【原因:あなたの“感情変数”が規格外です】


「……ちょっと待って? “規格外”? 私そんなにめんどくさい感情してないけど!」


「いや〜美波ちゃん、君の感情ログ、めっちゃ複雑だよ?」

とゼンは端末を見ながら肩をすくめた。

「好意、悩み、否認、信頼、不安、ツン、照れ……ぜんぶ数式で書くとスゴい密度なんだ」


 新とローレンスが同時にむっとする。


「あの、美波の気持ちを勝手に分析すんなよ」

と新。


「失礼じゃありませんか?」

とローレンス。


 ゼンは手をひらひらと振って無害アピール。


「ちょっとログ読んだだけだってば。僕はただ、暴走してる《恋愛アルゴリズム》を止めたいだけなんだよ」


「暴走って……?」

私は聞き返す。


「簡単に言えば——

 いま君の周囲、“恋関連の未来”だけメチャクチャになってる。」


「それは知ってる!」


「いや、予想の三倍メチャクチャなんだよ。

 ほら、新くん」


 ゼンは新の頭上を指差した。


 すると——私にしか見えない“未来予知”の残像がモワッと出現した。


【新:告白プランA】

【新:告白プランB(予定変更)】

【新:告白プランC(衝動)】


「……三つ? プラン多くない!?」


「そ、その……」

新が耳まで真っ赤になって俯く。

言い訳しようとして、やめて、また俯く。


 さらにゼンがローレンスのほうを向く。


「ローレンスくんも負けてないよ?」


 残像が揺らめく。


【ローレンス:告白プランF】

【ローレンス:直接アタック案】

【ローレンス:花束強化案】


「F!? 私そんなシリーズ化してほしくないんだけど!」


 ローレンスは口元を押さえて目を逸らす。


「対策は必要なので……」


 お、おまえら……裏でそんなに作戦会議してたのか。


 ゼンは満足げにうなずいた。


「つまりね、美波ちゃん。

 二人とも“想いが強すぎて”、未来予測が正しく収束しない。

 そこへ君自身の複雑な感情も混ざって、アルゴリズムがバグった」


「じゃあどうすればいいわけ?」


 ゼンは端末をタップして、にやりと笑う。


「解決方法はひとつ。

 本物の“選択”で未来を固定すること。

 アプリは補助だけど、最終決定権は君にある」


「選択……?」


「うん。誰を選ぶか、選ばないか。

 曖昧にしてると未来はどんどん増殖するよ」


 増殖。

 それってつまり、こういうことだ。


 ——私が“はっきりしない”ほど、

 新もローレンスも、未来予知も混線する。


「でも今すぐ決めろなんて言われても……!」


「そんな急かすつもりはないよ」

とゼンは両手を挙げる。

「ただ、このまま放置すると“イベント暴走”が起きる」


「暴走って?」


「……今日の夕方までに、“大規模な恋愛イベント”が起きる。

 大学巻き込むレベルで」


「いや怖すぎるんだけど!?」


「だから、僕がここに来た。

 君の恋をデバッグするために。」


 その言葉に、新とローレンスが同時にゼンをにらむ。


「美波のデバッグとか、勝手に触んじゃねえ」

と新。


「本人の同意もなく踏み込むのはどうかと」

とローレンス。


 ゼンはくすっと笑い、


「じゃあ聞こう。

 美波ちゃん、手伝ってもいい?」


 選択を私に渡す。


 スマホが震えた。


【選択肢:開発者を“協力者”にする?】

【Yes / No】


 え……ここでも選択?


 新が眉を寄せる。

 ローレンスが花束を握りしめる。

 二人とも、ゼンを信用してない。


 そして私は——

 このバグの渦中に、どんどん巻き込まれてる。


 どうすれば……?


「美波。オレは……お前を守りたい」

新の声が低く落ちる。


「美波さん。僕も、あなたを巻き込みたくない」

ローレンスも静かに続ける。


 そしてゼンが、どこか余裕のある目で私を見る。


「さて、君の選択を聞こうか」


 スマホの画面には、まだ震える選択肢。


【Yes / No】

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