第7話 世界外の来訪者
石の門を押し広げると、
中から冷たい風が吹き抜けた。
風というより――“圧力”だ。
空間そのものが、
俺を押し返そうとする。
(拒絶……か)
だが同時に、
逆方向の力も感じる。
(……引っ張られている……?)
拒絶と歓迎、二つの力が拮抗している。
まるで“入ってこい”と言いながら
“入るな”とも言っているような、矛盾した圧だ。
(ここの主は、俺をどう扱おうとしてるんだ)
最深層の空間へ踏み込むと、
まず目に飛び込んできたのは――
“空”だった。
天井はない。
闇が無限に広がり、
星のような光が無数の点となって散っている。
(……宇宙?)
床は黒い水面のように滑らかだが、
歩くと確かな感触がある。
広さは無限。
境界がない。
奥行きが掴めない。
(ここがダンジョンの最深層……?
普通の“洞窟”じゃないな)
遠くで光が瞬いた。
小さく、だが確実に存在感を放つ光。
次の瞬間――
その光が“歩いて”きた。
足音はしない。
ただ揺れる光がゆっくりと近づき、
人の形を取っていく。
(……こいつが――)
距離が縮まるにつれ、
身体が重くなる。
(……やばい、これ……)
圧が違う。
隣に存在するだけで、
魂の奥が“押し潰されている”。
先ほどの影位とは桁違い。
番人や魔物とは比較にすらならない。
ようやくその姿が見えた。
銀髪。
赤い瞳。
だが、俺とも影位とも違う。
髪は銀ではなく、
“星の光を模した白銀” で輝いている。
瞳は赤だが、
その奥に“星雲”のような揺らめきが見えた。
そして――
肌は人間のものではない。
どこか“表層の膜が薄い”ような、
異界的な透明感がある。
(……この存在……人間じゃない)
その者は立ち止まり、
静かに口を開いた。
「ようこそ、墜落者よ」
声は優しい。
だが響きは“宇宙の底から”届くようだった。
「……お前が、ダンジョンマスターか?」
問い返すと、
その存在は一拍置いて頷いた。
「そう呼ばれたこともある。
この世界では便宜上、そう名乗っているが――」
ゆっくりと胸に手を置く。
「本来の名は“ない”。
私はただ、世界の外から降りてきたものだ」
(世界の……外……)
影位が言っていた。
――根源界の残響。
――魂の外層。
その単語が脳裏で繋がる。
「つまり、お前は……異世界の存在ってことか?」
「正確には“世界の外”。
世界群が形成される以前の――
もっと広い“層”から来た存在だ」
(やっぱり……人じゃない)
マスターは歩み寄り、
俺の目の前に立った。
(やべぇ……近い……)
距離が縮まるだけで、膝が震える。
圧倒的な威圧感。
しかしそれは“敵意”ではない。
ただ“質量”だ。
存在自体の重さに当てられて、
人間である俺の魂が悲鳴を上げている。
マスターは俺の胸に手をかざした。
「異界値保持者――
よくここまで来たな」
その声音には、
どこか安堵すら含まれていた。
「お前は……俺のことを知っているのか?」
「知っている。
召喚された瞬間からずっと見ていた」
(……見ていた?
なんで、そんなことを――)
「それは――
お前が“この世界に来るべき魂だったからだ”」
予想もしない言葉に、
思考が止まる。
「来るべき……魂?」
「そうだ。
この世界の中ではなく、
世界群の“外側”が、お前を呼んだのだ」
(外側が……俺を?)
「理解できないだろう。
だが、簡単に言えば――」
マスターは指先で空を示した。
宇宙のような虚空に、
星々のきらめきが広がっている。
「“世界群はお前を必要としている”。
それだけだ」
(世界群が……俺を必要……?)
「だが、召喚制度はお前を“余剰魂”と誤認した。
そのせいで最深層へ落とされた。
本来ならこうやって、直接呼び寄せるつもりだったのだがな」
マスターの手がわずかに震えた。
「……間に合わなかった。
済まない」
(……おい、謝罪……?
この化け物みたいな存在が、俺に……?)
戸惑っていると、
マスターはゆっくりと俺に手を伸ばした。
「来い。
お前に“真実”を見せよう」
「真実……?」
「お前の魂が“どこから来たか”。
そして――
なぜ二度目の人生を与えられたか」
(……ついに、そこまで見せるつもりかよ)
最深層の空間が、
まるで心臓のように脈動する。
マスターの瞳が、星雲のように揺れた。
「墜ちた魂よ。
“お前は誰なのか”……思い出す準備はいいか?」
(俺は……誰なのか?)
胸の奥で、何かが痙攣した。
「行くぞ。
魂の根へ――」
マスターが手を振り下ろす。
無限の闇が、俺を包んだ。
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