第24話 母を訪ねて

 グラスに、とくとくと酒が注がれていく。

 アルコール度数の、見るからに強そうな酒だ。


「あの、私、あんまりたくさんは飲めません」

「たくさん飲ませるわけねーだろ、酒は好きな奴が好きに飲むのが一番だ」

「……それ、鉄夜くんがたくさん飲みたいだけじゃない?」

「うるせ、飲むぞ!」

「わっとと、僕も!?」


 グラスになみなみと注いだ琥珀色の酒に、恐る恐る鼻先を近づける。

 ツンと鼻の奥を刺激する臭いに、思わずのけぞった。


「ひんっ!?」


 ぼわわっと、あやめの尻尾が毛を逆立てる。

 もしかしたら、ユキさんと合体している影響で鼻が必要以上に利くようになっているのかも……?

 くんくんと、酒の匂いを嗅いでいると。


 事務所の店先に、誰かがガタガタと騒がしく駆け込んできた。

 龍彦が立ちあがり、玄関を開ける。


「どなたかな」

「楢崎さん……あ、あの、鉄夜のにいちゃんいますか」


 やってきたのは、子どもだった。

 シャクドウとミロク、そして、今日カクリヨに帰ってきたばかりのルシャだった。

 子鬼とヘビ女と、それから二足で歩く猫又。なかなかに、バラエティに富んでいる。

 

「あ? なんだ、お前ら。こんな時間に」

「カクリヨに、こんな時間も何もないでしょ!」


 面倒臭そうな鉄夜に、すかさずミロクが反論する。

 今にも言い争いが始まりそうな二人に割って入るように、後ろからぬるりと割り込んできた。ルシャだ。


「あのさ、えっと、助けてくれて……ありがとう」


 二つに分かれた尻尾を、ゆっくりと大きく振りながら、ルシャが鉄夜とあやめの足にグリグリと身体を擦り付ける。

 挙動がかなり猫っぽい。カクリヨ生まれのシャクドウやミロクと比べると、圧倒的に『猫』だ。

 これは、なんというか、とても可愛い。

 きゅうっと胸がときめくのを、あやめはなんとか抑える。


「……わざわざ、礼を言いにきたのか?」


 鉄夜が冷たく、つっけんどんに言い放つ。

 いや、違う。

 そろそろ、あやめにも分かってきた。鉄夜のこれは、照れ隠しだ。情に厚い自分を出すのが、恥ずかしいのだろう。子どもか。


「ちがう。でも、その。ルシャは……」

「大丈夫だって、ルシャ。おいらたちに話したみたいに、話せばいいんだって!」


 もごもごと口ごもっていたルシャが、シャクドウに励まされてピッと髭を伸ばす。

 

「ルシャだけ、助けないでほしかった」

「……どういうことだ?」

「っ」


 無精髭を擦りながら声を低くした鉄夜に、ルシャがびびびっと毛を逆立てて、ミロクの後ろに隠れてしまった。

 すかさず、龍彦がフォローを入れる。


「鉄夜くん。怖がらせないで」

「べ、別に怖がらせようとなんてしてねぇよ!」

「鉄夜のにいちゃん、自分が思ってるよりも顔怖いよ」


 シャクドウの追いうちに、鉄夜が「ぐぬっ」と唸った。


「……悪かった。話してみ、てくれないか」


 穏やかな呼びかけに、ルシャがミロクの影からそっと顔を覗かせる。なんだかんだで人懐こいシャクドウや、ちゃきちゃきした姉御肌のミロクと比べると、かなり臆病な性格らしい。

 

「ルシャの……ルシャの、母さんが、まだあそこにいる」

「おふくろ?」


 こくん、とルシャが頷く。


「母さんは、もうすごく、えっと……古く?なってて……」

「歳を取ってるってことかい」

「そ、そう! だから、もうすぐ、母さんもカクリヨに来れるかもしれないんだ」


 子猫の頃に、カクリヨに迷い込んで猫又となったルシャ。

 現世には当然、猫の母親がいる。


「……たしかに、歳を取った猫が妖になることはあるが……」


 龍彦が考え混む。

 あやめは、はっと息を呑んだ。


「もしかして、ルシャくんは、お母さんを助けるために現世に行っていたの?」

「う、うん。いや、えっと……最初は、ほんとの母さんに会いたくて、ちょくちょく、現世に行ってたんだ。祖父ちゃんが怒るから、気づかれないように」


 あやめの言葉に、ルシャがことの敬意を話し出す。

 青鳥居が出現するたびに、時折現世に行って母親探しをしていたらしい。やっと見つけた母親は半分猫又になりかけていて、むこうがためにカクリヨに来ることもあったらしい。

 ルシャと母親はたまの親子の逢瀬を続けていた。

 けれど、この梅雨になって、ついにルシャの母猫の足腰が効かなくなってきた。


「母さん、カクリヨに来たときに……様子がおかしかったんだ……あのままじゃ、車に轢かれたり、人にいたずらされたり、猫又になるまえに死んじゃうカモって……」


 それを助けるために、長い間、現世に行っていた結果……今回の家出騒動になってしまったようだ。

 そうか。ルシャが追いかけていたのは、母親猫だったのか。


「じゃあ、あの給食袋も……」

「かあちゃんに、カクリヨのもん喰わせたら、こっちにいてくれるかもって」


 結局、ルシャの試みは上手くいかなかったらしい。

 

「……だとすると、たしかに心配だね」


 龍彦が呟く。

 ルシャがいた場所の近くには、まだイズレがいるかもしれない。イズレではないにしても、東條家の人間はあの近辺を入念に調査するだろう。

 もしも、その間に、本当にルシャの母が猫又になってしまったら──。


「祓魔師に見つかる前に、助けないと」

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