第17話 カクリヨの街並み

 ◆


「それじゃ、僕は本町のほうを探してみるよ」


 ハットを被った龍彦が、足早に出かけていく。

 帝都本町は、カクリヨの表通りと裏通りの交差するエリアだ。

 人通りも多く、当然、危険も多い。


「それじゃ、気をつけて」

「はい。龍彦さんも」

「僕は気をつけることはないよ。むさ苦しい男だ、襲われる心配もないさ」


 あはは、と軽やかに笑う龍彦。

 そういうものなのだろうか。カクリヨの住人は、鬼のヤマモトさんをはじめとして並外れた巨漢が多い。たぶん龍彦など、デコピン一発で吹っ飛んでしまうと思うのだけれど……。


(でも、龍彦さんも、こちらの人なんだもんね……?)


 龍彦の背中を見送って、手を振る。

 隣に立っている鉄夜が、小さく舌打ちをした。


「ったく、面倒押し付けやがって」

「はぁ。面倒でスミマセン」

「別にいい。……あいつが勝手にやったことだし」


 はー。と大きなため息をつく鉄夜。

 態度は最悪だけれど、どうやら鉄夜も彼なりに龍彦のことを心配しているようだ。


「私がカクリヨに不慣れなせいで、お手を煩わせてしまいました」

「何度も謝りゃいいってもんじゃない。ほら、行くぞ」


 さっさと歩き出す鉄夜。

 あやめは急いで、鉄夜の背中を追いかけた。


 これから向かうのは、帝都尋常学校──カクリヨで産まれた、妖の子たちのための学校だ。

 帝都のなかでも、特にのどかで治安のいい場所にある。


「迷子のガキも、尋常学校に通ったらしい。なかなかの金持ちだな」

「……あの、カクリヨ生まれの子って、どれくらいいるんですか?」

「ん?」

「もともと現世にいた妖や神様が、役目を終えられてカクリヨにたどり着く……んですよね」

「ああ、そうだな」


 ユキさんが、その手合いだ。

 もとは現世の屋敷神だったが、やがて忘れ去られ、現世に留まる力をなくしてカクリヨに流れ着いてきた。

 あのまま人の世を恨み続ければ、すべてに怨嗟を撒き散らして害をなす妖魔に──恨みを捨てて、平穏を手にすることで、カクリヨの住人としての新たな生活を手にすることができる。


「カクリヨで生まれ育つ子もいるんですね」

「そりゃあな。数は少ないが、いるにはいる」


 多くの妖が集まれば、同族が出会って子を成すこともあるらしい。

 人が集まり、子を作り、暮らしている。

 カクリヨだって、あやめが暮らす現世と変わらない。


 あやめは少し迷ってから、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。


「その、お二人はどちらなんですか?」

「あ?」

「龍彦さんと鉄夜さん、昔なじみなんですよね。カクリヨ生まれなのか、それとも元は現世にいらした神様や妖なのかなって……」


 言い切ってから、心臓がどきどきした。

 会社で受けた、外部講師によるコンプライアンス研修があやめの脳裏によぎる!

 出自について探るような質問なんて、かなりキワキワだ。あやめの務めていた地元密着の中小企業では、普通に飛び交っていた質問だけれど──その手の話題へのセンサーが研ぎ澄まされた職場で発したら、十中八九アウトな気がする。


 あやめ自身、自分の生まれ育った環境について突っ込んだ質問を受けると困る。

 山奥の村で祓魔の修行に明け暮れた少女時代だったなんて、東京の会社では口が裂けても打ち明けられない。

 

(……遠慮して引っ込み思案でいたから、職場でも深い付き合いができる人がいなかったんだよね)


 その結果が、自分だけが会社の倒産を知らなかったという悪夢のような状況だ。

 倒産の件がなくても、あやめはずっと孤独だった。

 だから。

 少し怖いけれど、鉄夜に尋ねてみたのだ。

 二人のことを、もっと知りたい。


「お前、なんか勘違いしてねーか?」


 鉄夜の返答に、心臓がビクンと跳ねる。

 やはり、こんなこと尋ねるべきじゃなかったのかも。

 あやめは慌てて謝ろうとする。


「す、すみませ──」

「怒ってるわけじゃねぇって」


 鉄夜がクセのある黒髪をかき混ぜて、ぼそりと呟く。


「……俺たちは、人間だ」


 人間。

 妖でも、元神様でもなく。


「エッ」


 あやめは声を上げる。

 じゃあ、龍彦も鉄夜も、あやめと同じ……ただの、人間?

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