『異世界転生したけど、魔法を撃つのに「役所の許可」が必要な世界だった。 ~勇者が「抜刀申請書」の記入に手間取っている間に、元公務員の俺だけがスキル【高速事務処理】で爆速許可を通して無双する~』

無音

『魔法=申請書』の世界で、元公務員が「高速事務処理」で無双する ~魔王城を違法建築として撤去しました~

【第一章:エラー:記入漏れがあります】

「くそっ! また『差し戻し』かよ!!」


 薄暗い洞窟の中、悲痛な叫び声が響き渡った。  ここは『はじまりのダンジョン』。  新人冒険者たちが最初に挑む場所だ。


 叫んだのは、金髪の騎士見習い・カイル。  彼の目の前には、凶暴なゴブリンが3匹、棍棒を振り上げて迫っている。  絶体絶命のピンチ。  だが、カイルは剣を抜くことができない。  彼の目の前の空間に、青白く光る半透明のウィンドウ――**『システム画面』**が表示されており、それが赤く点滅しているからだ。


 【警告:『緊急抜刀許可申請書(様式第1号)』に不備があります】  【理由:第3項「正当防衛の根拠」の記述が不足しています。具体的に記入してください】


「ふざけんな! 今まさに殴られそうなんだよ! これ以上どう具体的に書けってんだ!」


 カイルが空中のキーボード(魔力キー)を必死に叩くが、焦りでタイプミスを連発する。  この世界は、300年前に降臨した「法と秩序の神」によって管理されている。  全ての物理干渉、魔法行使、スキルの発動には、神(システム)への**『申請』と『承認』**が必要なのだ。  無許可で剣を抜けば「銃刀法違反」で雷に打たれ、許可なく魔法を撃てば「火気使用違反」でスキルを没収される。


 ここは、世知辛い**「超・管理社会ファンタジー」**の世界なのだ。


「グギャギャ!」


 ゴブリンがカイルに飛びかかる。  カイルはウィンドウに阻まれて回避行動すら取れない。


「終わりだ……!」


 カイルが目を閉じた、その時。


「……貸してごらんなさい」


 横からぬっと手が伸びてきた。  その手は、カイルの目の前のウィンドウを素早く操作した。  カチャカチャカチャッ!!  目にも止まらぬ高速タイピング。


「え?」


 カイルが目を開けると、そこには地味な男が立っていた。  グレーのスーツに、銀縁メガネ。手には革の鞄。  このパーティの荷物持ちとして雇った、**サイトウ(35歳)**だ。


「第3項の記述は、『ゴブリンによる急迫不正の侵害に対し、自己の生命防衛のため』……これ定型文ですよ。暗記しておいてください」


 サイトウは表情一つ変えず、事務的に告げた。  そして、エンターキーを叩く。


 【承認(Approved)】


 ポーン♪ という軽やかなチャイム音が鳴った。


「許可が降りました。抜いてください」 「あ、ああ!」


 カイルは慌てて剣を抜き、飛びかかってきたゴブリンを一刀両断した。  システムによるロックが解除された剣は、光を帯びて敵を切り裂く。


「た、助かった……。ありがとう、サイトウさん」 「いえ。仕事ですから」


 サイトウは眼鏡の位置を中指で直した。  彼は、元・日本の市役所職員。市民課の窓口係を10年勤め上げた、**「書類とクレーム処理のプロ」**である。


【第二章:魔法行使許可申請(様式第4号)】

「グオオオオッ!!」


 安心したのも束の間、通路の奥からさらに大きな影が現れた。  ホブゴブリンの群れだ。10体以上いる。  カイルたち前衛だけでは対処しきれない数だ。


「魔法使い! 範囲魔法だ! 『ファイアボール』の申請急げ!」 「やってるわよ! でも項目が多すぎるのよ!」


 後衛の魔法使いの少女が悲鳴を上げる。  攻撃魔法の申請は、物理攻撃よりも遥かにハードルが高い。  『使用目的』『予想被害範囲』『環境への影響評価』『消火設備の有無』……それら全てを入力し、承認されなければ、火種一つ出せないのだ。


「もう無理! 間に合わない!」 「あー、もう。……どいてください」


 サイトウが前に出た。  彼は懐から、自分の武器――愛用の万年筆を取り出した。


「サイトウさん!? 荷物持ちが前に出てどうするんだ!」 「私が処理します。……見ていてください」


 サイトウは虚空に指を走らせた。  彼だけのユニークスキル**【高速事務処理(ハイスピード・ワーク)】**が発動する。  彼の視界に、数十枚のウィンドウが同時に展開された。


「まず、このエリアはダンジョン内につき『消防法』の適用除外エリア指定を申請。……受理」 「次に、対象(ホブゴブリン)を『有害鳥獣』として認定申請。……受理」 「最後に、『害獣駆除業務』としての魔法行使許可願い。様式第4号。特例措置条項適用。添付書類は『緊急避難』につき省略」


 カチャカチャカチャカチャッ!!  指が残像に見える。  普通なら10分かかる申請手続きを、彼はわずか2秒で完了させた。  最後に、空中に浮かぶ「申請ボタン」に、魔力で構成された**「認印(サイトウ)」**を叩きつける。


 バンッ!!


 【承認】【承認】【承認】【承認】


 連続するチャイム音。  神(システム)が、サイトウの完璧な書類に「合格」を出したのだ。


「業務執行(魔法発動)」


 サイトウが万年筆を振るう。  その先端から、数え切れないほどの「魔法の矢(マジックミサイル)」が出現した。  正規の手続きを経て、合法的に放たれた矢は、システムによる補正を受けて必中・必殺の威力を持つ。


 ドシュシュシュシュシュッ!!!!


「グギャァァァァッ!?」


 ホブゴブリンの群れが、一瞬にして蜂の巣にされた。  断末魔も残さず、全員が光の粒子となって消滅する。


「……よし。報告書作成完了」


 サイトウは万年筆を胸ポケットに戻し、ふぅと息を吐いた。  静まり返るダンジョン。  カイルたちパーティメンバーは、口をあんぐりと開けてサイトウを見ていた。


「な、何をしたんだ今……?」 「魔法使いが5分かけて書く書類を、一瞬で……?」 「あの指の動き……王宮の書記官より速いぞ……」


 サイトウは彼らの視線に気づき、困ったように頭をかいた。


「ああ、驚かせてすみません。……前職で、年度末の確定申告の時期はこれくらいのスピードで処理しないと、定時で帰れなかったもので」


「どんだけ修羅場だったんだよ前職!」


【第三章:違法改造(クラック) vs 行政指導】

 ダンジョンの最深部。  宙に浮く魔女は、赤黒く明滅する魔法陣を展開し、冷ややかに見下ろした。


「ふふふ。お役所仕事の人間どもに、私の『違法改造(クラック)魔法』……処理(さば)ききれるかしら?」


 魔女が指を鳴らす。  瞬間、ダンジョンの石畳を突き破り、巨大なイバラの蔦(つた)が数本、蛇のように鎌首をもたげた。  本来なら「植物召喚申請」と「土木工事許可」が必要な大魔法だ。だが、彼女はシステムの手続きを無視(ハッキング)し、強制執行している。


「速いッ! 防御結界の申請が間に合わない!」


 カイルが悲鳴を上げる。  正規の手順では、申請書を書いて承認印をもらうまでに最低でも10秒はかかる。  だが、魔女の攻撃は0秒発動。勝負にならない。


 イバラがカイルたちを串刺しにしようと迫る。  ――その時。


「……一時停止」


 サイトウが、空中に浮かぶウィンドウに**『執行停止命令書』**を叩きつけた。


 キィィィン!!


 迫りくるイバラが、鼻先数センチでピタリと静止した。  空中に赤い文字で**【STOP(審議中)】**のアイコンが表示される。


「なっ!? 私の魔法が止まった!?」


 魔女が目を見開く。  サイトウは眼鏡の位置を直し、分厚い六法全書(魔導書)を開いた。


「当該魔法は、道路交通法およびダンジョン保全条例に違反する『不法占有物』の疑いがあります。よって、調査完了まで執行を停止します」


「はぁ!? 何よそれ! 戦闘中に法律なんて関係ないでしょ!」 「関係あります。ここは王国の管理区域内。全ての事象は法の下に平等です」


 サイトウは淡々と告げた。  彼のスキル【高速事務処理】は、書類を書くだけではない。  相手の不正(バグ)を見抜き、システムに「異議申し立て」を行うことで、強制的に処理を中断させることができるのだ。


「そもそも、なぜSランク指定の魔女が、こんな初心者ダンジョンにいるんです?」 「ふん! 管理の甘いここを拠点に、地下を掘り進めて『魔界への裏口』を作っていたのよ! もうすぐ開通するところだったのに!」


 魔女が悪びれもせず暴露する。  サイトウの目が光った。


「なるほど。……無許可の地下掘削に、ゲートの増設ですか。完全に『建築基準法違反』ですね」


「うるさい! 生意気な公務員が! 消えなさい!」


 魔女が両手を広げる。  空間が歪み、無数の火球が出現した。  『多重詠唱(マルチタスク)』による飽和攻撃だ。


「燃え尽きなさい! 『インフェルノ・バースト』!!」


 ゴオオオオッ!  地獄の業火がサイトウたちを包囲する。熱波だけで肌が焼けるようだ。


「サイトウさん! これは止められない! 逃げましょう!」 「いいえ。……明確な『条例違反』です」


 サイトウは懐から、一枚の青い紙を取り出した。  それは攻撃魔法でも防御魔法でもない。  **『是正勧告書(レッドカード)』**だ。


「ダンジョン内における過度な火気使用、および煤煙の発生は、『環境保全条例』により禁止されています。……罰則適用」


 サイトウが書類に認印を押し、空中に放り投げた。  紙が光となり、システムに吸い込まれる。


 【判定:違反(Violation)】  【罰則:スキル没収および魔力徴収】


 シュゥゥゥゥ……。  燃え盛っていた火球が、一瞬にして鎮火した。  それだけではない。魔女の体から魔力が強制的に吸い上げられ、霧散していく。


「いやぁぁっ!? 私の魔力が!?」 「罰金刑です。支払いは即時、魔力(マナ)で行われます」


 サイトウは冷徹に告げた。  魔女が膝をつく。  彼女の最大の武器である「ルール無視」を、サイトウは「ルールの番人」として真正面からねじ伏せたのだ。


【第四章:魔王の降臨】

「おのれ……人間風情が……!」


 魔女は歯ぎしりし、懐から黒い水晶を取り出した。  最後の手段だ。


「こうなったら、あの方を呼ぶしかないわ! 工事は中止よ! ここで暴れてください、魔王様!!」


 彼女が水晶を砕くと、空間が裂け、禍々しい瘴気が噴き出した。    ズズズズズ……!


 現れたのは、漆黒の鎧とマントを纏った巨漢――魔王だ。  その存在感だけで、ダンジョンの壁にヒビが入る。  システムが警告音(アラート)を鳴り響かせる。


『我を呼んだのは貴様か……?』


 魔王の声が響く。  カイルたちが恐怖で動けなくなる。  レベルが違いすぎる。ラスボスだ。  魔王はサイトウを一瞥し、鼻で笑った。


『ほう。薄汚い事務員か。……我の前にひれ伏せ。さもなくば、この空間ごと消し去ってくれる』


 魔王が手を掲げる。  掌に、世界を滅ぼせるほどの闇のエネルギーが収束していく。  『終焉の魔法(ワールド・エンド)』。  これの発動には、神の承認などいらない。神すら殺す力だ。


「終わりだ……。あんなの、書類審査してる間に撃たれる……!」


 カイルが絶望する。  だが、サイトウは鞄から新しい書類束を取り出し、パラパラと確認していた。


「魔王さん。……あなた、ここの『居住許可証』はお持ちですか?」


『……あ?』


 魔王の動きが止まる。


「魔女が勝手に作った違法ゲートからの入国ですね。……入国管理局への申請は? パスポートの提示を」 『何を言っている。我は魔王だぞ? ルールなど……』 「関係ありません」


 サイトウは万年筆のキャップを外した。  その目は、決算期に徹夜をしている時の、あの「無敵の目」をしていた。


「不法入国、不法占拠、および公務執行妨害。……まとめて『執行』させていただきます」


【第五章:行政代執行】

『小賢しいわッ!!』


 魔王が激昂し、闇のエネルギーを放った。  世界を終わらせる一撃。  物理的な防御も、魔法による結界も、すべてを貫通する破壊の光。


 だが、サイトウはその光を直視しながら、手元の書類に猛烈な勢いで書き込みを続けた。


「カイル君、認印!」 「は、はいっ!」


 サイトウに言われるがまま、カイルが魔力スタンプを押す。


「申請完了! ……**『緊急事態宣言』**発令!」


 ピロンッ!!


 魔王の攻撃がサイトウに直撃する直前、彼らの周囲に黄金の障壁が出現した。  それは魔法ではない。  システムが定義する**「無敵時間(メンテナンス・モード)」**だ。


『なっ、効かぬだと!?』


「緊急メンテナンス中は、あらゆる干渉が無効化されます」


 サイトウは涼しい顔で言った。  そして、次なる書類を掲げる。


「さて、魔王さん。あなたが今立っているその場所……および、あなたが魔界に建設した『魔王城』についてですが」


『城だと?』


「調査の結果、**『都市計画法』および『構造計算書偽造』**の疑いが発覚しました。耐震基準を満たしていませんね?」


『知ったことか! 我が城は魔法で浮いているのだ!』


「はい、アウトです。空中浮遊建築物は『航空法』の適用対象です。許可取ってませんよね?」


 サイトウが指を鳴らす。  空中に巨大な赤いハンコのような魔法陣が出現した。  そこに刻まれている文字は――【撤去】。


「よって、行政代執行法に基づき、当該違法建築物の強制撤去を行います」


『な、なにを――!?』


 魔王が叫ぶと同時に、世界が揺れた。  ここではない。次元の彼方にある「魔界」が揺れたのだ。  魔王の背後の空間に、ひび割れが生じ、魔界の映像が映し出される。  そこには、壮麗な魔王城が映っていたが――。


 ズガガガガガガガッ!!!!


 天から降り注ぐ「神のハンマー(解体ツール)」によって、魔王城が物理的に解体されていく。  柱が折れ、屋根が飛び、玉座が粉砕される。  バトルではない。一方的な「取り壊し工事」だ。


『や、やめろぉぉぉ! 我が城が! 我が財産がぁぁぁ!!』


「ちなみに、撤去費用は全額、魔王さんに請求します。……資産差し押さえ」


 チャリーン。  魔王が身につけていた豪華な鎧、マント、宝石が、次々と光となって消滅していく。  税金の徴収のように、容赦なく毟り取られていく。


 数秒後。  そこには、パンツ一丁になり、城(拠点)を失ってステータスが激減した、ただの貧弱なおっさん(元魔王)が残されていた。


『う、うそだ……。我は魔王……世界の支配者……』


「いいえ。あなたはただの『住所不定無職』です」


 サイトウは冷たく宣告し、最後に一枚の書類を突きつけた。


「ハイ、これ。『退去命令書』。サインして、国へ帰ってください」


 魔王は涙目で震える手でサインをし、すごすごと次元の裂け目の向こうへ帰っていった。  魔女も、すでに戦意を喪失して失神している。


 完全勝利。  剣も魔法も使わず、六法全書と万年筆だけで、世界を救ってしまった。


【エピローグ:新しい肩書き】

 ダンジョンの外に出ると、朝日が昇っていた。  カイルたちパーティメンバーは、サイトウを神を見るような目で見つめている。


「すげぇ……あんた、一体何者なんだ?」 「勇者……いや、賢者なのか?」


 称賛の声に、サイトウは首を横に振った。  彼は鞄から、一枚の名刺を取り出した。  そこには、新しい肩書きが記されている。


「ただの、しがない事務屋ですよ」


 【異世界行政書士事務所 所長:サイトウ】


「モンスターの駆除申請から、魔王城の撤去手続きまで。……お困りの際は、いつでもご相談ください」


 サイトウはニッコリと営業スマイルを浮かべた。  こうして、剣と魔法の世界に、最強の「行政書士」が誕生した。  彼の元には今日も、ドラゴン退治よりも厄介な「書類仕事」の依頼が殺到するのだが――それはまた、別のお話。


(完)

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『異世界転生したけど、魔法を撃つのに「役所の許可」が必要な世界だった。 ~勇者が「抜刀申請書」の記入に手間取っている間に、元公務員の俺だけがスキル【高速事務処理】で爆速許可を通して無双する~』 無音 @naomoon

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