日替わりサステナ定食
やまもりやもり💕コミカライズ発売中!
日替わりサステナ定食(短編)
「先輩、もうお昼ですよ」
企画書の構成を考えているとそんな声が聞こえてきた。
よいしょっとVRゴーグルを外す。
白い世界に代わって視界には見慣れたオフィスが広がる。そして後輩社員の芹沢美恵が俺の前に立っていた。
「早く行かないと社食混んじゃいますよ、先輩」
「もうそんな時間か。飯行くか」
立ち上がった俺の前を後輩の子はルンルンと歩く。
混んだエレベーターに乗ったところで、ポニーテールを翻し彼女はクルっと振り返ってきた。
「で、先輩は今日は何食べるんですか?」
「日替わりサステナ定食でいいかな」
「毎日そればっかりですね」
何も考えなくてもいいのが社食の利点なのに、彼女はまだそれが判ってないようだ。
身体に軽い下降感を感じながら俺は小声で尋ねる。
「じゃあ芹沢は何にするんだ?」
「メニュー見てから考えます。軽いものにしようかな、麺類とか」
「お前いつも麺類だよな」
「えへっ。昨日はエコロジカル𰻞𰻞麺でした」
彼女がニッコリとした時、チーンと音が鳴って扉が開いた。
エレベーターを降りてすぐにある社食では、食品サンプルに人が群がっている。
「混んでるな。ちょっと遅かったか」
「どれにしましょう先輩。SDGs親子丼か、環境に配慮した鮪漬け丼か……」
「さっき麺類って言ってなかったか? オルタナティブ刀削麺があるけど」
「昨日は中華だったから、んーでもやっぱり麺にしようかな。中華以外で」
「まあいいけど……あっ!」
思わず声が出てしまった。
今日の日替わり定食のコーナーに俺の好きなメニューが置かれていたのだ。
「やった、今日はサステナブル麻婆豆腐だ!」
この社食の日替わり定食のメニューは一周で三か月かかる。
そろそろこれが来るんじゃないかと思ってたところだ。
「でも先輩、売り切れになってますよ」
「えっ? まじで?」
そう言われると確かに、料理名が書かれているネームプレートは前に倒れていた。
「大ショック。俺はどうしたらいいんだ……」
「先輩、別に日替わり以外にもいろいろありますよ。ビーガン排骨飯とか」
「いや、揚げ物の気分じゃないんだよな」
なんか急速に麻婆豆腐が食べたくてたまらなくなってきた。
というか俺は食事を決めるのが苦手なのだ。
食べられないと思うと逆に唐辛子の赤が目に浮かび山椒の香りが蘇ってくる。
「だったらほら先輩、概念的ミニマルカレーライスとかどうです?」
「お前はどうすんだよ。今日は循環エナジーラザニアがあるぞ」
「ラザニアって麺類じゃないですよね」
並んだ食品サンプルを見ながら彼女は首をかしげている。
この後輩、食い物に関してはわりと頑固だ。さっさと決めればいいのに。
「どうなんだろう……じゃあ、そこの再利用プロテイン湯麵とか」
「先輩こそ、フェアトレードぶっかけご飯で良くないですか?」
「うーん、なんかそういう気持ちになれないって言うか……」
こうなると悩んでしまう。
うちの社食、メニューが多すぎて決められないのだ、
「あ、ゼロエミ納豆うどんがありました。私あれにします」
「いいなー決められて。俺どうしよう……」
「だったら、社食の人にお薦め聞けばどうです?」
「まあ、そうするか」
考えてみれば、定食が何でもそれ頼むんだから一緒なんだよな。
配膳口の行列に並ぶことしばし、給仕場のおばちゃんに話しかける。
「日替わりサステナ定食が売り切れだったんで、なにかお薦めります?」
「え? いえ、ありますけど……売り切れとかないです」
「まじで? やった! それじゃサステナブル麻婆豆腐お願いします!」
どうやら単に名札が倒れていただけだったらしい。
悩んで損した。そりゃ売り切れるわけないよな。
「よかったですね先輩」
「まあな。あきらめないことも大事だな」
ようやくの昼食が始まる。
俺は芹沢と向かい合わせに席に着く。
二人の皿の上には灰色のプルンとした塊が震えている。
それはうっすらと青緑色の光沢を帯びていた。
「じゃあ」
「いただきます!」
そして俺たちは外したままだったVRゴーグルを被った。
END
―――
作者の新作長編「エルフの義妹が入学早々ファンタジー研に追われたので、僕の所属するSF研で匿うことになった⭐️えっと、おにいちゃん、SFってなーに?」もよろしくね!
日替わりサステナ定食 やまもりやもり💕コミカライズ発売中! @yamamoriyamori
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