第36話 嵐の前の
【縁理庁地方支局・現地調査記録】
案件名:灯らぬ社と潮目村の関係について
分類:A級神格封印構造型
記録区分:内部考察報告(未提出・草稿段階)
作成者:封祀班/現地縁者連絡員 小川
調査地:██県██市郊外・██山中腹
■ 1. 調査目的
山中に存在する無登録の社殿構造物(通称:灯らぬ社)について、過去の信仰的背景および異縁現象発生の社会的要因を整理するための暫定調査を実施。
本報告書は正式な庁提出用ではなく、現地班の観察・仮説段階の整理を目的とする。
■ 2. 現地伝承の整理
(1)伝承内容
「夜に灯をともすな。灯せば神が怒る」
「夜に明かりを掲げた家は、翌朝消える」
「社に灯を持って入った者は、光といっしょに呑まれる」
この伝承は少なくとも江戸後期の村誌に確認されており、以降も近代期に至るまで「夜間行動の禁止」として民俗的戒律として伝えられていた。
(2)異縁的解釈
従来は「光を拒絶する神域」として扱われていたが、地元聞き取りの結果、より現実的な社会的背景が浮上している。
■ 3. 現地縁者班による考察
「灯らぬ社は、もともと異縁ではなかった可能性が高い」
封祀班の聞き取りおよび地図照合によれば社の位置は旧街道沿いであり、かつて周辺集落が他村からの夜襲・略奪に頻繁に遭っていた地域である。
村人たちは「夜に明かりを灯す=居場所を知らせる行為」を恐れ、逆に「明かりを灯す者に天罰が下る」と流布することで、敵方の夜襲を心理的に抑制するための戦略的な嘘”を広めたと見られる。
この作為的な禁忌が代を重ねるうちに信仰化し、ついには「夜に灯をともしてはならぬ神域」として定着した可能性が高い。
■ 4. 信仰構造の変質過程
時期
江戸期 夜襲防止のための戒め(民間口伝) 「灯せば祟る」の初出
明治期 戦火避け・防火の民俗信仰に転用 社格記録なし
昭和期 「光を拒む社」として廃社化 異縁現象報告が出始める
現代 異縁存在『灯らぬ社』として定義化 異常光拒絶・心理汚染発生
■ 5. 仮説的結論(現地班見解)
本件はもともと「防衛のための言葉」が信仰に変質した事例であり、
言葉と信仰が長期にわたって「光=罪」「夜=聖域」という倒錯的連想を形成した結果、
その観念構造が異縁存在を呼び寄せた、または異縁の窓として定着した可能性がある。
つまり、「灯らぬ社」は存在そのものが嘘から生まれた信仰である。
嘘が伝承となり、伝承が儀式となり、人々が恐れ続けた結果、虚構が祀られる現実となった。
この過程において、「灯すこと=禁忌」「光を恐れること=祈り」となった構造が、現代に確認される光拒絶現象(異縁的活動)を生んだと推測される。
■ 6. 今後の方針(班内提言・未決)
旧記録の再調査(江戸〜昭和期村誌・寺社記録・地元神職の口伝)
廃社周辺の社会的痕跡(戦時避難民記録・集落合併資料)の再確認
現地住民への聴取継続。ただし夜間の直接調査は禁ず。
■ 備考
本報告はあくまで班内の思考整理資料であり、正式な縁理庁提出報告書(収容文書)ではない。
現段階では異縁存在としての確証は不十分であり、本件をもって確定的な封縁・祓除措置を要請するものではない。
班長注記:「嘘が神を生んだ」という仮説は興味深いが、それを証明すること自体が再祀(さいし)となる危険がある。
現地で不用意に『灯らぬ社』の名を口にしないこと。
記録区分:内部考察草案/提出前段階
管理番号:RPT-DRAFT-ENXXXXJP-LOCAL-β
■
村の外れにひっそりとたたずむ郷土資料館は、観光客向けというよりは誰かが「形だけ保存している」ような質素さだった。
玄関には鈍く曇ったガラス戸、軒先には風に鳴る魚の絵が描かれた古い風鈴。
そんな薄暗い施設内で、セナノはボロボロのパイプ椅子に腰を下ろし、調査記録を眺めていた。
エイはその隣に座り、ひょいと首を伸ばして覗き込もうとしている。
「充分にまとめられていますね、ありがとうございます」
「こういうのは俺の仕事なんすよ。一応、封祀班としてまとめた情報はそこに記していますが……まあ、後は実際にこの中を見てからっすねー」
調査記録を褒められて機嫌がいいのか、小川はやや饒舌にそう語った。
彼の指さす方向には、古い漁具や朽ちた祭具が静かに並べられていた。
「随分と古い物が保管されていますね」
「ここを作るにあたって、たくさんの家を回ったそうで。その時に、大掃除の感覚で色々と押し付けられたみたいですよ。ここが出来たのは40年ほど前ですが、その時に寄贈という名で押し付けられたものの殆どはまだ倉庫に眠っているようで」
小川はまるで内緒話でもするかのようにそう言った。
「それらの調査は?」
「しましたよ。でも、大体がガラクタ。数値にも異常はなし。漁で使った網や壊れた鍬なんかがほとんどで、全く役に立ちませんでした」
「そうですか……」
思考を続けるセナノの肩を、エイがちょいちょいと叩く。
「セナノさんセナノさん」
「どうしたのよエイ。お菓子ならあげないわよ」
「もう、私の事を食いしん坊だと思ってます?」
「……で、どうしたのよ」
セナノは決して答えることはなく続きを促した。
エイはその事に気が付いていないのか、壁の一角にある写真が貼られたコーナーを指さした。
「ここってお祭りはないんですかね。昔からあるお山の存在なら、そういうのがあると思うんです。私達も御空様の為にお祭りを開いていました」
「祭り……」
セナノは写真のある方へと視線を向ける。
壁の一角には、古写真がびっしりと貼られていた。
その多くは自然の中に生きる人々の姿を写したものであった。
青々とした峰や、輝く海に今まさに漕ぎ出そうとする漁師、当時は最先端であったであろう大型のテレビの前に集まる子供たちなど、妙な懐かしさと親近感を覚える。
しかし、そのどれにも祭りと思しきものはない。
これだけの写真があっても、一つも儀式を思わせる存在がないのだ。
「……あれは?」
唯一、最後の一枚だけが奇妙だった。
撮影されたはずの山の頂が、黒く塗りつぶされているのだ。
隅の展示棚には、焼け焦げた木札が置かれている。
札にはかすれた文字が彫られていた。
『我を灯すな』
その下に手書きの説明文が添えられていた。
『この札は旧・灯らぬ社跡地で発見されたもの。現在は危険のため立入禁止区域となっている』
「これは……旧・灯らぬ社跡地?」
「――ああ、それ?それ、よくわからないんだよねー」
セナノの疑問に答えたのは、山積の資料を持ったミナコであった。
大河と共に、保管されていた資料を運んできた彼女はテーブルの上へと資料をそっとおろす。
セナノの身長程の高さはあろうというそれを軽々と持っていたその姿に、セナノは無意識のうちに拍手をしていた。
「力持ちねー」
「これだけが取り柄だからね。って、そうじゃなくてその写真と札でしょ? それ、いつ作られたやつかもわからないし、旧・灯らぬ社ってのも場所がはっきりしないんだよね」
「同時に異縁存在が二つ存在した可能性も考えましたが、それにしては何も痕跡がない。我々はその旧・灯らぬ社については外敵から村を守るための嘘であると考えています」
大河がそう補足する。
その言葉に、セナノは特に異論を唱えるつもりはなかった。
と、その時である。
「大変だー! 大河さーん!」
怒鳴り声に近い形で名を呼ぶ声が館内に響いた。
何かが起きたことは明白であった。
場が緊迫感に包まれ、セナノ達は互いの顔を見合わせ頷くと声のした方へと走り出した。
「どうしたのですか!」
玄関には、息を切らして今にも座り込みそうな一人の壮年の男性がいた。
彼は、息を整える暇も見せないままに外を指さして告げる。
「隣の爺さんが、社に飲まれた!」
「……わかりました。すぐに向かいます」
大河はその言葉を聞いて至って冷静にそう頷いた。
そしてセナノへと視線を送ると、彼女も慌てた様子はなく頷き返す。
「エイ、仕事の時間よ」
「お仕事ですか。頑張ります!」
人の死に疎いのだろう。
エイはその場で唯一笑顔を浮かべて見せた。
『お、あっちから仕掛けてきましたね^^ 私と奴がいるのに調子に乗るとは良い度胸です』
『え、これ俺が今から戦う流れっすか』
『花嫁、準備しておきましょうねぇ』
『なにかよくわからないけど、こっちに有利になるならヨシ!』
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