第13話 わくわくスカイツアー
災主級を民間人が使う交通機関で移動させられるはずがない。
その事にセナノが気が付いたのは、自分達を迎えに来たヘリを見たからだった。
「わー、あれってもしかしてヘリコプターというものでしょうか? 一度だけ、話に聞いたことがありますよ」
風に髪が揺れるのも気にせず、隣でエイは目を輝かせヘリを見上げている。
その姿だけを見るとやはり普通の少女……いや、少年にしか見えない。
「これに私、乗って良いのですか?」
なんてことのない問いかけ。
しかし、セナノは戦闘時と同じくらいに思考を加速させていた。
(私が災主級に気に入られた理由はいくつか考察できる。取り敢えず、今まで通りの姿勢を崩さないように気を付けないと――)
相手はその気になれば日本を一瞬で壊滅できる異縁存在と繋がりがある。
故にセナノは行動一つ一つに神経をとがらせていた。
そのうえで敢えて、セナノはいつものように勝気に振る舞わなければいけないのである。
「ええ、そうよ。これで今から帰るの。足元、気を付けて」
「ありがとうございます」
エイはそう言って、ヘリの前にかがむ。
何をしようとしているのかと観察していると、どうやら靴を脱ごうとしているようだった。
「エイ、脱がなくていいわ。そのまま乗って」
「そうなのですね。……えへへ、少し緊張しちゃいます」
羞恥を誤魔化すように笑いながら、エイはセナノの手を取ってヘリに乗り込む。
座席についた後も、エイはキョロキョロとして落ち着きがなかった。
(こうして見てみると、ただの世間知らずの箱入り娘なんだけど……いや、男だったわ。え、私、男の人と一緒に住むの!? 頭おかしくなりそうなんだけどー!)
「セナノさん、これっていつ飛ぶのでしょうか?」
「まあ、落ち着きなさい。ほら、これでも食べて」
セナノは内心を悟られないように冷静を装って、キャラメルを取り出す。
仕事を終えた後、ご褒美として食べているそこそこの高級品だ。
「これは?」
「キャラメル。……嘘、食べた事ないの?」
「きゃらめる? 山菜を煮詰めた料理ですか?」
「違うわよ。山菜詳しくないけれど、絶対こうはならないって」
そう言いながら、セナノは手本を見せるように自身の口に一つ放り込む。
それを見ていたエイは真似をするようにキャラメルを口に入れた。
瞬間、目を輝かせたエイは頬を押さえながらセナノを見た。
「なっ、何ですかこの甘いお菓子! 美味しい……!」
「そう、なら良かったわ」
はしゃぐエイと、それを見てほほ笑むセナノを乗せてヘリはゆっくりと上昇を始める。
視界に、小さくなった廃村が映りこむ程、高度が上昇した頃、エイは不思議そうに辺りを見渡した。
「わぁ……、飛んでいます。まるで鳥みたい」
「この令和の時代にそんな反応する人がいるとは思わなかったわ」
「そうですか? でも、こんなに近いんですよ? 御空様に」
「御空様……?」
「はい」
エイはそう言って、当然のように窓の外を指さした。
「今も、私達を見て笑っています」
「っ!?」
セナノは慌てて計測器を確認する。
異常値は見当たらない。
それから恐る恐る窓の外を眺めるが、そこには青い空が広がっていただけだった。
「……驚かせないでよ」
「? 何か変な事を言いましたか?」
エイは首を傾げる。
「御空様、喜んでいます。キャラメルが気に入ったみたいです。セナノさん、ありがとうございます」
「……え」
自分の顔からさあっと血の気が引いていくのが分かった。
今、自分は何か恐ろしい事をしてしまったのではないだろうか。
(疑似媒介体と空澱大人の感覚は繋がっている……? こ、これって下手にエイが興味を持ったら、連動して空澱大人が動き出す可能性があるって事……!? 食べるものとか、事前に聞いておいた方が……いや、既にコンビニ飯とか食わせちゃったし、嗜好品も与えちゃった。なんてことの無い行動なのに、報告書提出する必要あるんじゃないのこれ……!?)
災主級が興味を持つ。
それ自体が災害となることは珍しくない。
セナノは自身の軽率さに思わず両手で顔を覆った。
「どうかしましたか……?」
「別に……。ただ、夕飯の事を考えていただけ……」
「お夕飯ですか。今の時期でしたら、ミズやワラビが美味しいですよね」
「……そうね」
(デリバリーでピザとったら駄目なのこれ? 以降、日本各地のピザ屋上空に空澱大人が出現するようになったりする……?)
自身の行動一つで日本が滅ぶ可能性がある。
既に、今後の生活が不安で仕方がなかった。
「あれ、なんだか霧が出てきました」
「雲の中に入ったのよ。そうしないと、あそこには行けないから」
セナノは気を取り直して、エイへと説明する。
その間もエイの一挙手一投足には注目しているが、特に変化はなさそうだ。
蝉の声も、夏の暑さも感じない。
「あそこ……?」
「私達縁者は、奥羽山脈に拠点を持っているの。ほら、そろそろ壁を抜けるわよ」
ヘリは滑るように飛び、やがて霧を突き抜けた。
東北の空は澄み渡り、遠く連なる奥羽の峰々が淡い青に沈む。
その一帯は地図に存在しない空白であった。
そこは、一般の航空路から逸れた高高度の進入ルート封鎖指定空域【縁断域】である。
ローター音がやや緩んだ。
「間もなく見えるわ。初めてみたら、びっくりしちゃうかも」
そう言ってセナノは窓の外を見下ろすように指さす。
エイはそれに素直に従って、窓へと張り付いた。
それとほぼ同時に、機体が山脈の影を抜ける。
次の瞬間、視界が縁に塗り替えられた。
それは谷間に築かれた、ありえない都市だった。
断層に沿って三層に組まれた都市構造。最上層には、まるで空に浮かぶ灯籠のような観測塔群が連なり、構文制御の光が仄かに点滅している。
中層には、等間隔に配置された白屋根の市街地と、中心部にそびえる古びた和風の塔。陽光を浴びて反射するその塔は、まるで空へ縁を繋ぐ柱のようだった。
塔の四方には街路が伸び、人影もちらほら見える。
そして下層。
霧に沈むその領域は、光が届かぬまま広がっている。
構文封印炉が赤黒く脈動し、迷宮廃棄区から立ちのぼる靄が都市の底に沈む。
まるで都市そのものが、縁の深淵を踏みしめているかのようだった。
ヘリは旋回を始め、進入口のひとつ──空中階段状に展開された『廻門』に進入する。そこでは縁者専用のコード認証と感情帯電確認が義務付けられている。
窓の外をしげしげと見つめるエイへと、セナノはとびっきりにキメてこう言った。
「ようこそ、
廻縁都市──縁を編み、異縁を封じ、人ならざる縁を受け入れる者たちの、最前線。
【縁理庁第七管理課 申請文書】
文書コード:EN-FEED-8773-REQ01
分類:嗜好物摂取関連申請(対象:災主級疑似媒介体)
提出日:令和██年██月██日
提出者:A階位縁者 三鎌セナノ(ID:SE-0731)
関係管理官:第七管理課補佐 溝呂木クリマ 様
対象存在:
■ 件名
災主級疑似媒介体『A-E1』への軽食・嗜好品(俗称ジャンクフード)摂取に関する事前許可申請書
■ 目的
本申請は、災主級異縁存在『空澱大人』との繋がりを有する媒介体『A-E1』に対し、ピザ・ハンバーガー・フライドポテト・炭酸飲料等の市販嗜好食品を与える前に、心理・感情・構造連動の影響を観測・把握することを目的とします。
■ 背景および理由
該当個体は、一般的社会文化への接触経験が極めて乏しく、キャラメル一粒で異常な興奮と『御空様』への言及を引き起こしました。
これにより『空澱大人』と『A-E1』の味覚感応による情動連動(仮称:感覚媒介性)の可能性が浮上しております。
今後の観察・収容計画において、「何を食べさせたら日本が終わるか」を先に把握しておく必要があると判断しました。
なお、本人は「ピザ」や「ハンバーガー」の存在を知らず、摂取時の情動反応は未確認です。
現時点では、デリバリー注文時に対象が自ら空を指差し、『御空様がピザを喜ぶ』と発言するリスクが実在します。
■ 希望する提供食物の一覧(すべて市販品)
区分 名称 備考
ピザ マルゲリータ・照り焼きチキン 等 食感・甘味・塩味の複合反応予測
ハンバーガー チーズバーガー・てりやきバーガー タンパク源由来の満足反応予測
炭酸飲料 コーラ・ジンジャーエール 炭酸刺激と糖分による反応確認
ポテト 塩味ポテト・ガーリック味 咀嚼音および塩分嗜好反応予測
■ 安全措置案
提供前に縁濃度・思念波の計測を強化。
一口ごとの逐次観察と記録。
反応が異常値に達した場合、即時中断・記録提出。
「空を見上げた場合」即座にセナノが顔面にキャラメルを叩き込む予定(非公式だが現実的な措置として)。
■ 最終目的
災主級媒介体の味覚感応特性・文化適応度・危険感情トリガーを安全に観測し、今後の生活環境構築および万が一の『嗜好災害』抑止の参考資料とする。
■ 結語
……要するに『ピザ一枚で天災が起きるかもしれない』世界線に突入しています。
そのうえで、食わせていいか許可をください。
更に付け加えるならば、私は料理が下手なので、デリバリーの方がまだリスクが低いと考えています。
どうか御一考ください。
提出者署名:三鎌セナノ(SE-0731)
〔第零封鎖区配属/対災主級観察班班長 兼 生活補佐長〕
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