第4話 強敵ルシオ・カミラン! 炸裂、リズの勝利の方程式!

 観客席から聞こえてくる黄色い歓声に、リズは顔をしかめた。


「相変わらずの人気ぶりですね、ルシオ先輩」


 ナッシュベル王立召喚士学校の敷地内に建てられた円形競技場。その中央にある正方形の舞台の上で、ピニックを抱えたリズは魔闘大会初戦の相手にして優勝候補筆頭であるルシオ・カミランと対峙していた。


「まさかキミが参加しているとはね、リズーニアさん」


 柔らかな金髪に高い鼻梁、すっとした顎に青藍石ブルーサファイアのような涼やかな碧眼。見る者を思わずうっとりとさせてしまうような美貌の持ち主であるルシオは、そう言ってにこやかに微笑んだ。


「そうした発言は差別的と受け取られますから、お立場上お控えになられた方がよろしいと思いますが」


 彼――ルシオ・カミランは貴族の家系にして代々一族から有能な召喚士を輩出してきた名門カミラン家の出身で、すでに次代を担う天才召喚士との呼び声高い、エリート中のエリートであった。その容姿と高貴な出生に加えて、召喚士としての確かな能力と評判を持つ彼の人気は圧倒的なものであり、特に女性からの支持は絶大であった。この競技場を埋める黄色い歓声の正体がそれである。


「ははは、キミの気の強さも相変わらずだね。他意はないよ。気に障ったなら謝るよ」


 リズの皮肉に対して物腰丁寧に頭を下げるルシオ。リズは苦い顔を浮かべながら自身のクジ運のなさを恨んだ。初戦の相手が優勝候補であるというだけではない。彼女はルシオが苦手であった。その境遇のすべてが正反対でありながら、こうして貧しい庶民出のリズに簡単に頭を下げられる、自身の身分を気にせず誰ともフランクに接する紳士的な鷹揚さが、リズのコンプレックスを強く刺激するからである。それが態度に表れる。


「余裕ですね、ルシオ先輩。ですけどその余裕も今のうちですよ」

「それは楽しみだね。じゃあ先ほどのお詫びも兼ねて、先手はリズーニアさんに譲ろう。バラタ、先に手を出しちゃダメだぞ」


 険のあるリズの言葉に、紳士然と微笑むルシオ。彼はそう言って自分の後ろに立つ自身の魔物に目をむける。


 魔物が前に動いた。それは体長五ケル(一ケル=約一メートル)ほどもある巨大な黒い蟹であった。黒光りする硬い甲殻に覆われたその体躯は一見鈍重そうであったが、丸太のように太い六本の脚を機敏に動かし、意外なほどに素早い動きでリズの前に立ちはだかる。リズの身長ほどはあるだろう巨大なハサミが、ギシギシという音を立てながら開閉する。


「その余裕、後悔させてあげますよ。ピニック!」


 その声に応じるようにピニックとリズの身体が燐光のような淡い白光をまとい始めた。召喚士は契約に交わした血を触媒にして魔物の魔力とリンクし、その力を行使する。この白い光は召喚士と魔物の間で魔力をリンクさせたときに、外に漏れ出た魔力が発光する現象である。ルシオも同様に巨大蟹バラタとの間に白く発光する魔力のリンクを作る。


 この魔力とのリンクの親和性が高いほど、召喚士は魔物の魔力を引き出すことができる。つまりそれが召喚士の技量である。魔物をよりよく操るためには、この親和性を高める訓練を積まねばならない。それはじっくりとコミュニケーションを深め、互いの信頼を構築することによってなされる。が、その時間が自身のうっかりでほとんどなかったリズである。客観的にルシオに勝てる要素など皆無であった。しかしリズは先手を譲られた時点で勝利を確信していた。そこに絶対的な勝利の方程式があったからだ。


 リズはニヤリと不敵な笑みをルシオにむける。


「行きますよ、ルシオ先輩!」


 そしてその手からピニックが放たれた。試合の始まりに歓声が沸き上がる。ピニックは魔力で宙を飛び、まっすぐにバラタへと突っ込んで行く。身構えるルシオとバラタ。そこでリズが叫んだ。


「ジャンケン、グー!」


 その声に咄嗟に反応したバラタは、勢いよく振り被ったピニックが繰り出した握り拳の前に、そのハサミを突き出していた。


 チョキとグー。


 時間が止まったように競技場が静まり返る。


「あたしの勝ちですね、ルシオ先輩……」


 チョキしか出せない蟹であるバラタは、手であるピニックに決してジャンケンでは勝てない。ジャンケン勝負に持ち込んだ時点でピニックの勝利は確実であった。リズはフッと笑い、勝者の足取りで舞台から降りようとする……ところで、巨大なハサミに行く手を遮られた。


「負けじゃないですか、ルシオ先輩の負けじゃないですか!」

「あはは、リズーニアさんは面白いなぁ」


 バラタが素早い動きでリズの前に回り込んでいた。競技場に再び歓声が蘇り、そしてリズへのブーイングが巻き起こる。喚くリズにルシオが笑いながら言う。


「うん。確かにジャンケンには負けたよ。でも試合とは特に関係ないし」


 至極まっとうな理屈である。リズは舌打ちをした。


「ちっ、誤魔化せなかったか!」

「誤魔化せると思ってたんだ。リズーニアさんはかわいいね。でも、このままだと試合が終わっちゃうんだけど、いいのかな?」


 言われてリズはバラタのハサミにピニックが挟まれていることに気付いた。ピニックは苦しげに指をじたばたと動かしている。このままハサミに力を入れられればピニックは潰されてしまうだろう。リズは唇を噛んだ。


「別にボクもこの子を痛めつけたい訳じゃない。できたら降参してもらいたいんだけど、いいかな?」


 ルシオの提案にリズはピニックを見つめる。やはりダメなのか? しかしピニックの目は諦めていなかった。そのまなざしにリズは力強い魔力のリンクを感じた。リズはうなずき、ピニックにむかって叫んだ。


「やりなさい、ピニック!」


 リンクを通じて引き出された魔力にピニックが白く光った。そしてその輝きが瞳へと集約されていき――閃光とともに解き放たれた。


「うわっ!?」

「どええっ!?」


 ピニックの瞳から目を焼くような眩しい輝きが一条に走った。その輝きはバラタのハサミの付け根を一瞬で焼き切るだけでは済まず、舞台の石畳を貫通して地面を蒸発させ、発生した爆発的な蒸気で、舞台上のすべてを暴風で吹き飛ばした。

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