第3話 あなたの名前はピニックよ!

 魔闘大会とはナッシュベル王立召喚士学校で毎年行われる、魔物同士を戦わせて操る召喚士の技量を競い合う大会である。


 王国の高位の召喚士の多くはこの大会の上位入賞者であった。つまりこの大会で優秀な成績を残すことは出世への道につながるということである。このため野心や実力に自信のある学生たちはこぞってこの大会に参加した。これに落ちこぼれのリズも参加するという。


「無理だよー」

「やってみなきゃわからないでしょ」


 学校の廊下をずんずんと歩くリズに、ビリンがひょこひょことついていく。その腕には周囲が物珍しいのか手の平の一つ目をきょろきょろとさせる手が抱えられていた。リズの行く先は魔闘大会参加受付窓口である。


「お名前と学生証を」

「リズーニア・シェルダン。学生証はこれね」

「はい、確かに。では参加する魔物の名前は?」

「……ピニック」

「はい、わかりました。登録致します。こちらが参加照明書となります。大会当日に参加札と交換になりますのでなくさないよう。では健闘をお祈り致します」


 事務的な窓口担当者との申請処理を済ましたリズが後ろを振り返ると、ニコニコと笑うビリンの顔があった。のけぞるリズにビリンがぐっと迫る。


「ふふーん。ピニックちゃんかー」

「……なによ」

「ううーん。リズちゃんもこの子のことちゃんと考えてるんだなぁーって」


 ピニックという名前を与えられたビリンの腕の中にある一つ目の手が、きょとんとした目で二人の顔を見上げる。リズはバツの悪そうな表情である。ビリンがニコニコと続ける。


「だって、この子にピニック握手なんて素敵な名前なんだもーん」


 じーっと手の目に見つめられたリズは少し顔を赤らめながら、ぶっきらぼうに言った。


「……ふん。いい? あなたは今日からピニックっていう名前よ。頼むわね」


 そんなリズの姿にビリンがムフムフと嬉しそうに笑う。


「ピニックちゃん。リズちゃんは口は悪いけど優しい子だから安心してねー。前に召喚した子たちも、名前をつけてかわいがってたんだからー」

「は、恥ずかしいこと言わないでよ。そ、そりゃ一応あたしが召喚したんだから、最後まで面倒は見るわよ」

「ちゃんとお墓まで作ってあげたんだよねー」


 ビリン曰く、魔界バエのベブブは召喚五日目の夜に虫除けに焚いた除虫香の煙で死に、魔界金魚のデメキはリズが魚の飼育に水槽の水の入れ替えが必要であることを知らなかったため召喚三日目の朝に腹を上にむけて死んでいた、とのことである。「それまでね、いっぱいいっぱいかわいがったんだよー」とビリンが話す間、リズは照れたようにそっぽをむいていたが、その横顔を見ていたピニックの目が少し蒼くなったように見えたのは気のせいだろうか。


「それにね、リズちゃんには大きな夢があるんだよー」

「ちょっと、ビリン」


 続けてビリンが始めた話に、リズが慌てた声を出す。しかしビリンは構うことなくリズの夢を腕の中のピニックに話す。


「リズちゃんはね、召喚士になって偉くなってね、それで故郷の村に病院を建てるんだよー」


 それが彼女の夢だった。リズはしかめた顔で、顎を掻きながらぼそぼそと話す。


「……あたしの村は貧しい辺境で、病院なんて何日も歩かないと行けない大きな街にしかなかったから、つまらない病気でも簡単に死んじゃうのよ。……それで亡くなった村の人が何人もいるわ」


 陰るリズの表情をピニックは見つめていた。その視線に気づいた彼女は「オホン!」と空気を変えるように咳払いをする。そしてビリンの腕に抱かれているピニックに顔を近づけ、その目をまっすぐに見た。


「ピニック、あたしのパートナーになって。あたしはこれからあなたに何があっても最後まで面倒を見るわ。だから……」


 そこでリズの手がピニックの前に差し出される。


「あたしの夢にあなたの手を貸して」


 ピニックはリズの想いを見定めるように、じっとその目を覗く。そして、やがて差し出された手に視線を移し、その手をギュッと握り返した。


「ありがとう、ピニック」


 微笑んだリズはそのままピニックを抱え上げ、キリッと顔を引き締めて言った。


「よし! じゃあ、これからバシバシ特訓して優勝を目指すわよ! 覚悟しなさい!」


 しかしこのリズの意気込みに、ビリンがさらりと無情な事実を告げる。


「でも大会は明日だよー?」

「え?」


 リズの目と口がぽかんと開く。


「だから無理って言ったのにー」


 ビリンの間延びした声がリズの間抜けな顔に虚しく響いた。

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