星の底で交わる願い

 胸の星が、

 強く、強く脈打つ。


 祠の奥へ広がった青い光は、

 夜の闇そのものを押し返すみたいに揺らめいた。


 そして──

 祠中が一面、青い光に包まれた。


(……っ……!

 光が……広がってる……!

 でも……まだ“底”に何かある……)


 星芒の調和が満ちてもなお、

 祠の最深部には、

 黒い縫い目みたいな“亀裂”が微かに残っていた。


 そこだけが、

 青い光を拒むようにうずくまっている。


「マオリ……!」


 剣聖が呼ぶ。

 私は青光の中心から彼の方へ近づいた。


「剣聖さん……!

 祠は……光に満ちてるのに……

 まだ……何かが……残ってます……!」


「分かる。

 星の調和で押し込めきれない“芯”がある。

 夜刃の男が隠した、街の最も深い乱れだ」


(乱れの……芯……

 夜刃の核……)


 青光が鼓動のように満ちては、

 その黒い亀裂に触れ、

 そして撥ね返される。


 まるで──

 そこだけが“星を拒んでいる”みたいに。


「マオリ、もう一度確かめろ。

 │星芒の解析ステラ・アナリシスは使えるか?」


「やってみます……!」


 私は胸に手を添え、

 深く息を吸う。


 星座が視界に浮き上がり、

 祠の最奥を照らす光の糸が揺れた。


「│星芒の解析ステラ・アナリシス──!」


 青い星座が広がり、

 光の線が亀裂を覆う。


 だが──


「っ……!」


 解析は“裂け目の表面”で跳ね返された。


(入れない……!

 解析の糸が……弾かれてる……)


 ふらつく私を見て、

 剣聖が支える。


「無理をするな。

 この祠の乱れは……

 君の光を拒んでいる」


「でも……

 じゃあ……どうすれば……?」


 問いに、祠の奥の空気がふるえる。

 闇がざわめくみたいに、

 ひどく冷たい気配が広がった。


「……来るぞ」


 剣聖の声は低かった。


 その瞬間──

 祠の闇がひときわ強く脈動した。


 青光が押し返される。


「なっ──

 こんな……っ!」


(星光が……押されてる……?

 調和で整えた心の乱れなのに……

 まだ……こんな力が……)


 青光が一度だけ波打ち、

 天井にまで届いた光が“ひずむ”。


 闇が浮き上がる。


 その“形”は──

 人影に似ている。


 けれど、

 さっきまでの影と違った。


 もっと──

 古くて、深い。


 夜刃が呼び出す影ではなく、

 街そのものに沈んでいた影。


(これは……

 街の人の“心”……?)


 影が、

 泣いているように見えた。


「……に……が……」


 声が、かすかにこぼれる。


「……うら……ぎられ……た……」


 私は息を呑んだ。


「剣聖さん……

 これ……ひょっとして……」


「名誉の街……

 黄昏の街タスカ・ディーアが、

 長い歴史の中でこぼした“悲しみ”だ」


 剣聖の声は重かった。


「誇りを守るための決闘。

 名誉を守るための刃。

 その裏で……

 誰かが泣いた。

 誰かが倒れた。

 誰かが……報われなかった」


(……だから……

 調和で人々の心が整ったいま、

 “深い層”だけが残ってる……)


 影は私の方を向いた。


 輪郭はゆらぎ、

 顔は見えない。


 でも、その声だけは──


「……だれか……

 きいて……」


 悲しさでいっぱいだった。


 星が熱くなる。


 胸の奥が痛む。


(この街は……

 誇りの街だけど……

 苦しんだ人たちも……いたんだ……)


「剣聖さん……

 どうすれば……

 この影を……整えられますか……?」


「マオリ。

 これは“罪”ではない。

 夜刃が作った偽りでもない。

 この街の歴史が残したものだ」


「じゃあ……

 どうやって……」


「癒やすしかない。

 星の光で」


 私は震える。


「街の歴史……

 何百年も前の……

 悲しみの形を……

 私が……?」


「できるさ」


 剣聖が、

 初めて私の頭をやさしく撫でた。


「街を整えたのは君だ。

 その光なら、この影にも届く」


 影が手を伸ばす。

 助けを求めるみたいに。


(……泣いてる……

 ずっと……ずっと……)


「……うん……!」


 私は影の方へ手を伸ばし──

 胸に手を当てた。


「│星芒の啓示ステラ・レヴェラ──

 私に……

 教えて……!」


 星座が祠全体に広がる。


 光が影へ触れた瞬間──


 視界が白く弾けた。


(ぁ……!)


 記憶が流れ込む。


 遠い昔の祠。

 刃を構える若者。

 必死に止めようとする少女。

 名誉のために、

 互いを斬ろうとした兄弟。


 そして──

 少女だけが泣いていた。


(これは……

 名誉の街が抱えた……

 最初の……悲しみ……)


 影は、

 その少女の想いそのものだった。


 星が震える。


(この街を……

 守りたかっただけなのに……

 誰も……聞いてくれなかったんだ……)


 私は涙をこぼした。


 祠に戻ると、

 影が私を見つめていた。


 とても、

 静かに。


 私は手を差し伸べる。


「……聞いたよ。

 ちゃんと……聞こえたよ……!

 あなたの……悲しかった気持ち……

 伝わったよ……!」


 影は震え、

 少しだけ、小さく頷いた。


 そして──

 青い光に溶けていった。


 祠に残った闇は、

 もう揺らいでいなかった。


 祠の内側を満たした青い光は、

 一瞬で闇を押し返した。


 闇は悲鳴のような震動をあげ、

 黒い靄となって壁の隅へ逃げていく。


(──押してる……!

 星の光が……闇を押してる……!)


 胸の奥で震える星は、

 まるで私の全身を導いてくれるみたいに熱かった。


 ふと、横の気配が動いた。


「……マオリ!」


 剣聖さんだ。

 光の中に紛れていたけど、

 その姿がようやくはっきり見えた。


 剣はまだ構えたまま。

 でもその肩は、

 さっきまでの重圧から少しだけ解放されている。


「大丈夫……ですか……?」


「ああ。

 君の光が来た瞬間、闇の圧が一気に削がれた……!」


(よかった……

 間に合った……)


 その時──

 祠の奥、闇の裂け目の中心から、

 ゆっくりと黒い影が立ち上がった。


 あの“上位の夜刃”。

 黒い外套の、仮面の男。


 しかしさっきまでと違う。


 闇そのものが彼の体にまとわりつき、

 形が揺らぎ、輪郭が溶けていく。


「星の子よ……

 また余計なものを照らしたな……」


「余計じゃない!

 街の人たちを……

 傷つけるつもりだったんでしょ……!」


 影の男は嘲るように首を傾けた。


「傷つける……?

 いや。

 “本来の形に戻す”のだ」


(また……それ……!)


 私は強く言い返した。


「街の人みんな、傷ついてたよ!

 誰も望んでない……

 争いなんて……!」


「望んでいなかった?

 そう言い切れるのか、星の子よ」


 胸がざわりと揺れた。


「なに……が言いたいの……?」


「心の影は、光を当てれば形になる。

 君の │星芒の啓示ステラ・レヴェラ が、

 街が長年抱えてきた“本当の傷”を照らし出した。」


 剣聖さんが眉を寄せて言う。


「本当の……傷……?」


「そうだ。

 この街……

 黄昏の街タスカ・ディーア は、

 誇りと名誉を掲げる裏で──

 長く、深い“分断”を抱えていた」


 影の男が手を広げた瞬間、

 祠の壁面にあった刻みが

 青い光に照らされて浮かび上がった。


(なに……これ……?

 古い文字……?)


 祠の壁に刻まれていたのは、

 街が“二つの氏族”から生まれたという古い記述。


 千年前──

 タスカとディーアという二つの家が争い、

 その和解のために刃を交え、

 誓約を結んだという伝承。


 でも……

 その誓約の最後に、不自然な欠損がある。


『……名誉の名のもとに、

 互いに……を許し……』


(肝心なところが欠けてる……!)


 影の男は言った。


「見えるか、星の子よ。

 誓いは“不完全”だったのだ」


「……!」


「だからこそ、

 街は千年、名誉に縛られながら、

 互いを許しきれなかった。」


 祠の闇がうねる。


「人の心に残ったわずかな不信、

 わずかな怒りが、

 千年という時間で“影”となった。

 それが──

 この祠の“ゆがみ”だ。」


(街の……

 古い悲しみ……)


 私は胸を押さえた。


(星がずっと……痛がってたのは……

 これ……?)


「だからこそ私は、

 名誉を“解き放つ”と言ったのだ。」


 影の男が手をかざすと、

 祠のゆがみは黒い風となり、

 彼の体にまとわりついていく。


「誇りと名誉は、美しい。

 だが“不完全な誓い”は、

 本来ならば忘れられるべき過去だ」


「だからって……

 壊していいわけ……ない……!」


「壊す?

 違う。

 “終わらせる”のだ。」


 その瞬間、胸の星が点滅した。


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