星の啓示と、黄昏に刻まれたゆがみ

 胸の中心で星が爆ぜるように光った瞬間、

 祠の内部に渦巻いていた闇が、一気に押し返された。


「……っ、あ……!」


 視界が青一色に染まり、

 私は反射的に目を細めた。


 その中で──

 静かに、でも確かに、

 ひとつの星座が形をとっていく。


 これは──


「│星芒の啓示ステラ・レヴェラ……!」


 私が呼ぶより早く、

 星座そのものが光の糸となって動き出した。


 糸は祠の壁を、床を、天井をすべり、

 まるで古い写真をめくるみたいに

 “この場所の記憶”を映し始めた。


「これは……?」


 光景が揺らぎ──

 祠の内部に、別の時代の影が浮かび上がる。


 石造りの床の上で、

 二人の男が向かい合っていた。


 ひとりは、今の騎士団と似た服。

 もうひとりは、職人のような質素な装い。


 彼らは激しく言い争っている。


『お前が裏切ったんだ!』

『違う、誓いを破ったのはお前の方だ!』

『名誉を汚した者に、弁明など不要だ!』


 彼らの声は、

 祠そのものを震わせるような怒気を帯びていた。


(これ……もしかして……

 昔の……決闘……?)


 しかし次の瞬間──

 光景がねじれた。


 何かが起きた。

 何か“記録されているはずのないこと”。


 決闘のはずの二人の姿が揺らぎ、

 闇が入り込んだように像が黒く濁っていく。


『名誉を賭けた決闘を……

 闇に任せようというのか!』


『仕方ない! 私は……守りたかっただけだ!』


『それが街に何を残す!!』


 記憶の光は激しく波打ち──

 やがて、ひとつの形に収束した。


 黒い影。


 人の形をしているようで、

 でも輪郭が崩れている“影”。


(これ……

 祠で剣聖さんと戦ってる……あの影……?

 昔から……ここに……?)


 星の光がさらに強くなり、

 影がゆっくりと振り返るようにこちらを向く。


 その顔らしき部分には、

 黒い闇の中にかすかな光点があるだけだった。


『名誉は……人を壊す』


 声がした。

 けれどそれは音ではなく、

 星の光が“意味”として私に伝えてくる。


『争いをやめるために、名誉を壊す』

『誇りは……鎖だ』

『切り離せば……自由になる』


「……それ、あなたの願いなの……?」


 私の声が震えた。


「それは……

 街の人たちの“願い”じゃないよ……!」


 影は返事をしない。

 ただ、揺れながら、

 祠の奥の闇へゆっくり沈んでいく。


(……違う……

 この影は“誰かの怨念”じゃない……

 もっと……違うなにか……

 誓いや願いの“裏返り”みたいな……

 街ぜんぶの思いが……ひずんで形になったもの……?)


 啓示はさらに進む。


 光の中で、祠の入口に人々が倒れ込んでいる。

 彼らは争いで傷つき、

 誰かを責め、

 誰かに責められ……


 その全ての感情が

 “黒い渦”となって祠に流れ込み──


『この街には“名誉のゆがみ”がある』


 声が響いた。


 それは影の声でもあり、

 街そのものの声でもあるような不思議な響きだった。


「ゆがみ……」


 私は唇を噛んだ。


(ゆがみ……

 祠の闇……

 街が争った記憶が積み重なって……

 名誉の重さが、苦しみの形になって……

 それが、夜刃の影と混ざって……

 今の“核”になった……?)


 啓示の光が最後の像を映し出した。


 石造りの祠の中心に、

 青い星光がぽつりと灯っている。


 その周りを、黒い影たちが取り巻いている。


 星光は弱くて、

 影は濃くて、

 どちらが勝つのか分からないような光景。


(これ……

 “いまの祠”そのもの……!)


 その瞬間、

 祠の外から強い衝撃が響いた。


 剣聖の声だ。


「マオリ、来るな!

 闇が……増している!」


 声はかすかに震えている。


(剣聖さん……!)


 星が叫ぶ。


 私も叫んだ。


「行きます……!!」


 青い光が、祠の奥へ走る。


 私は足を踏み出した。


(行かなきゃ……!

 この街を救うために……

 剣聖さんを救うために……!)


 星の光は、

 黒い闇の中心へと私を導いていった。

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