第16話 白い雷に焼かれる輪郭

ティリアたちの足音が、森の奥へ遠ざかっていく。

風切り音と呼ぶには弱く、泣き声と呼ぶには静かすぎる、かすかな音。


カイは振り返らない。


雷雲が沈み込むように垂れ、世界の上から重さだけを落としてくる。

息を吸うたびに、空気が肺の奥で金属の味に変わる。


アバドンは動かない。

だが、その“不動”が余計に恐ろしく、世界の中心だけが無音で脈動する。


カイはゆっくりと歩み寄る。

足音は出ない。

雷が周囲の音を全部飲み込んだ。


「……どうやら、お前も俺と同じだな」


返事はない。

そもそも意志などないだろう。

だが、対峙するという行為だけで十分だった。


雷がカイの周囲で立ち昇り、

皮膚の輪郭を曖昧にし、

身体そのものを“発光体”のように変えていく。


遠くで木々が揺れた。

ティリアが運ぶ仲間の気配が、風に乗って消えていく。


カイは目を閉じた。


ほんの一瞬だけ、

胸の奥の重さを隠さなかった。


「……あいつらの足を止めない限り、意味がねぇ」


静かだ。

口調は冷たいままなのに、どこか優しさが滲んだ。


雷が一段階強く収束する。

身体の輪郭が完全に光へ飲まれ、

髪も服も、存在そのものが電流の一部になっていく。


アバドンが動いた。


――いや、“存在した場所が変わった”だけだった。

動作はなかった。

ただ、結果としてカイの正面に現れた。


世界がひび割れるような瞬間。


カイは微かに笑った。


「ああ……その動き、やっと馴染んできた」


光がぶつかる。

音は遅れてくる。

衝撃だけが先に世界を通過し、森が白く焼かれる。


ティリアたちの背中は、もうこの光を見ていない。

ガランの盾音も、ミーナの詠唱も、届かない。


カイは、ひとりだった。

だが、その孤独は恐怖ではない。


雷撃が空を裂くたび、

カイの姿は“残像のような何か”へ溶けていく。


形の境界が曖昧になり、

生と死の区別さえ、雷光の中で白紙になっていく。


彼は叫ばない。

抵抗の声も上げない。

ただ、淡々と足止めを続ける。


雷光が閃き、

アバドンの形が崩れ、

世界が一瞬だけ白く染まる。


その白に飲まれる直前、

カイの横顔だけが静かだった。


皮肉のような、諦念のような、

しかしどこか誇りにも似た表情。


すべてを背負い込む者だけが持つ眼差し。


光が強くなり、

輪郭が完全に消える。


世界が焼かれ、

音が消え、

ただ白だけが残る。


……


物語はそこで終わる。


最後に残された一文だけが、

彼の存在を証明する。


**「嫌な男だったが、こういう死に方を選ぶ人間だった。」**

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