第34話

 そして、その日が来た。

 Vtuber "You"のデビュー曲が、ミュージックビデオと共に全世界へ公開された。


 タイトルは「Rebirth」。生まれ変わり。優の圧倒的な歌唱と、最新技術で命を吹き込まれたアバターが融合したその作品は、コアな音楽ファンに衝撃を与えた。


『なんだこれ、凄すぎる……』

『"You"って、あの匿名の歌い手の"You"だよな? Vtuberになったのか?』

『歌声が、さらに進化してる。鳥肌が止まらない』

『アバターの動きが生々しい。まるでそこに本人がいるみたいだ』

『これは……覇権、取るやつだろ』


 動画のコメント欄には、英語や中国語も混じりながら、称賛の声が溢れた。再生回数のグラフも右肩上がりの曲線を描き、順調に伸びていった。しかし、オフィスのデスクでその数字を見つめる松田の表情は渋かった。


「……伸びが、鈍いわね」


 確かに、新人Vtuberとしての初動数値は悪くない。いや、むしろ大成功の部類だ。だが、松田が目指すのはそんな次元ではない。「社会現象」だ。この程度の数字では、ネットの片隅で起きているボヤ騒ぎに過ぎない。現状の視聴者層を分析すると、元々の"You"のファンや、耳の早い音楽好きにしか届いていないことが明らかだった。一般層へのリーチが、決定的に足りていない。


 松田は、一般層へリーチする方法を思案する。優の学業やプライバシーを守るために、テレビ出演などマスメディアへの露出は行うべきでない。Vtuber "You"をワイドショーの雛壇に座らせるわけにはいかないのだ。ならば、ネット上で爆発的なバズを起こす必要がある。


 松田は、プランBの発動を決意した。生のパフォーマンスで観衆の度肝を抜き、その衝撃をSNSで拡散させるのだ。

 

「ユウ君。Vtuber "You"として、ライブで歌ってほしい」


 松田はユウに、電話で告げた。


「……ライブ、ですか?」


 優の身体に緊張が走る。Vtuberとして活動する以上、ライブで歌うことも当然あるだろうと、優も承知していた。しかし、これほど早くその機会が訪れるとは思わなかった。


「そう。Vtuberのライブイベントに出て、あのデビュー曲を歌うの。まだライブなんて慣れてないでしょ? そこは心配しないで。マイクパフォーマンスなんて要らないから。いつもの防音室から、普段通りに歌えば良いだけ。そんな案件になるように調整するから、そこは私を信頼して欲しい」

 

 松田の真摯な声に、優は小さく頷いた。

 

「……わかりました、やってみます。やれるだけのことを」


「ありがとう。"You"の初ライブ、絶対に成功させましょう。最高の舞台を用意するから、少し待っていなさい」

 

 松田はその電話を切ると、すぐに行動を開始した。

 複数のVtuberが出演する大型フェスの主催者に掛け合い、"You"を出演させられないか交渉した。


 しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。


「松田さん、これはちょっと……困りますよ」


 電話口の主催者は、困惑した声で言った。


「送っていただいたデモ音源、拝聴しました。ちょっとこれは……凄すぎる。困るんです、こんなのをステージに出されたら。他の出演者が霞んでしまう。言い方は悪いですけど……これじゃあ営業妨害みたいなもんです」


 優の規格外の歌唱力が、枷となった。他のVtuberたちと並べた時、"You"の歌声はあまりにも異質で、強烈すぎたのだろう。フェス全体のバランスが崩壊することを恐れてか、優の出演は認められなかった。


 松田は電話を切った後、悔しさに唇を噛んだが、同時に確信も深めていた。優の歌声は、誰から見ても「混ぜるな危険」の劇薬なのだ。ならば、その劇薬を用いる場所さえ間違えなければ、絶大な影響を世に及ぼすだろう。


 諦めずにあらゆるツテを辿り、出演できるイベントを探し回った。そしてついに、1つの案件を勝ち取る。Vtuber界隈でトップクラスの人気を誇るアイドルVtuber、「天音アカリ」のソロライブの前座だった。


 それは、「Vtuber業界の発展のため新たな才能を発掘する」という名目の企画。前座として何名かの新人Vtuberに一曲ずつ歌わせるはずが、一名欠員が出てしまったとのこと。先方の担当者は穴埋めに焦っていたため、"You"がステラ・プロモーションという大手芸能事務所の所属と聞いて、二つ返事でOKを出したのだった。


「あのステラ・プロモーションのVtuberさんなら安心です! 良かった……もう本番まで日がなくて、穴を埋められないんじゃないかと困ってたんです。是非、出演してください!」


 その担当者は、松田が送った"You"のデモ音源を聞いていない様子だった。電話越しの会話を終えると、松田は妖艶な笑みを浮かべた。その表情は、まるでネコ科の大型肉食獣のようだ。


(あらあら……、なんてことかしら。最高の舞台が整ってしまった。あの担当者くん、後で怒られないと良いけど)


 松田はすぐに優に連絡を入れた。


「ユウくん、ライブが決まったよ。……あの天音ヒカリの前座で歌わせてもらえることになった」


「えっ、天音アカリって……あの大人気の? 僕が、その前座ですか?」


 電話の向こうで、優が驚いているのがわかる。天音アカリといえば、チャンネル登録者数百万を誇る、業界のカリスマだ。その可愛らしい声とキャラクターで、数多のファンを魅了している。


「そう。……うふふ、優くん。思いっ切り、やってしまいなさい」


 松田の声は、楽しげに弾んでいた。


「お、思い切りって……前座だから、会場を温めるのが仕事ですよね?」


「違うわ。温める必要なんてない。沸騰させて、蒸発させてしまいなさい」


 松田はサディスティックな微笑みと共に、優に指令を下した。


「遠慮はいらないから。君の歌声で、会場の空気を全部持って行っちゃいなさい。……メインの天音アカリを、食ってしまいなさい」

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