第6話

​『殺戮遊戯』での成功は、私を「天才子役」の枠に収まらなくさせた。私の名前は、演技の世界だけでなく、ファッションや広告の世界にまで広がり始めた。

​十一歳になった私は、子ども向けファッション雑誌『キラリ・ティーン』のメインモデルに抜擢された。

​「悠の顔立ちとプロポーションは、奇跡的だ。どの角度から撮っても、光と影を正確に捉える。そして何より、君の瞳には、どんな服にも染まらない無垢な冷たさがある」

​雑誌の編集長は、私をそう評した。彼らの目に映る私は、感情の重さを感じさせない、ただただ美しい「完璧なマネキン」だった。

​撮影現場は、映画の現場とはまた違った種類の熱気に満ちていた。メイク、衣装、照明。すべてが「美」という一つの概念のために動いていた。私は、その中心に立ち、与えられた服、与えられた表情を、最も効果的な形で再現した。

​(この口角の上げ方は「生意気な可愛さ」、この視線は「夢見る少女の憧憬」か)

​松岡師匠の指導で培った観察力は、ここでも遺憾なく発揮された。私は、カメラマンが求めるイメージ、スタイリストが意図するコンセプトを瞬時に読み取り、自分の感情を一切介入させずに、その「理想の相良悠」を演じた。

​海斗との距離

​私の生活が、施設と学校、そして華やかな撮影現場という三つの世界に引き裂かれていくにつれ、親友の海斗との時間だけが、私にとっての唯一の現実的な停泊地となった。

​海斗は、雑誌の撮影に行く私を見て、いつものように率直だった。

​「アオ、その服、すごいな。でも、アオは舞台に立ってるときの方が、もっとキラキラしてるぞ」

​「これは、役ですらない。ただの飾りじゃよ、海斗」

​私はそう答えたが、海斗は真剣な顔で私を見つめた。

​「でも、アオは、飾られてるときも、飾られてないときも、全部、アオだろ。…俺は、アオが笑ってたら、それでいいんだ」

​その言葉は、私の心をチクリと刺した。海斗は、私が演技でごまかすことのできない、本物の人間関係と、本物の感情を私に突きつける。彼らの温かさこそが、私の冷たい魂が唯一、安堵できる場所だった。

​両親の影とメディアの熱狂

​私のモデルとしての成功は、メディアの熱狂をさらに加速させた。

​『殺戮遊戯』で「天才」と評された演技力に加え、ファッションアイコンとしての「美貌」が加わったことで、世間は私の出自により一層の興味を持つようになった。ネット掲示板の憶測は、もはや「噂」のレベルを超え、事実を指摘するまでに至っていた。

​(あの夫婦に似ている。親は誰だ。なぜ施設にいるのか)

​私の顔立ちには、桐生翔太の目元と、白石美咲の輪郭が、あまりにも鮮明に残っていた。それは、隠蔽しようにも隠しきれない、血の繋がりの「証拠」だった。

​この頃、私は知った。両親の事務所が、私のモデルとしての活動を妨害しようと、雑誌社やスポンサーに裏から圧力をかけていることを。彼らは、私が自分たちの光を奪うだけでなく、自分たちの「汚点」を白日の下に晒すことを、何よりも恐れていた。

​私は、両親の保身の行為に、かすかな「憐れみ」を感じた。

​(彼らは、自らの築いた虚飾という名の塔を守るために、必死じゃ。だが、その塔の基礎は、私という名の、彼らが捨てた石で出来ておる)

​十一歳の私は、すでに大人たちの醜い駆け引きを理解していた。そして、私の無自覚な成功は、静かに、そして確実な力を持ち始め、いよいよ、彼らが最も恐れる「スキャンダル暴露の夜」を招き寄せようとしていた。


​1. スキャンダル暴露の夜 (11歳6ヶ月)

​十一歳と六ヶ月。私は、雑誌の撮影を終え、施設に戻る途中の車の中にいた。車の窓の外には、東京の夜景が流れていた。私のマネージャーであり、師匠の松岡とは別ルートで動いている、別の世話係が運転している。

​その夜、全てが変わった。

​普段は静かな車内で、運転手がひっきりなしに鳴るスマートフォンの通知に耐えきれず、ついにイヤホンを取り出した。彼は電話に出た瞬間、血の気が引いたように青ざめた。

​「な、何だと!? 『週刊文冬』が…今朝!?」

​彼の視線が、バックミラー越しに私を捉えた。その目には、恐怖と、私に対する奇妙な憐憫が混ざり合っていた。

​「アオさん…ちょっと、これを見てください」

​彼は震える手で、タブレットの画面を私に見せた。そこに表示されていたのは、ウェブニュースのヘッドラインだった。

​【独占スクープ! 芸能界の闇】

桐生翔太・白石美咲夫妻、16年間の大嘘。不倫で誕生した「隠し子」相良悠(11)を児童養護施設に遺棄していた!

​その見出しの下には、私の幼少期の写真と、両親の結婚前の写真、そして彼らが施設に送金した記録の一部が並んでいた。写真は、すべてを雄弁に物語っていた。

​私は、息を吸うのも忘れるほど、その記事を凝視した。驚愕でも、悲しみでもない。それは、百年生きた魂が、長年の予測が現実になったことを確認する、冷徹な静寂だった。

​(ああ、ついに、これか)

​私の無自覚な成功――『殺戮遊戯』での演技、そしてファッション誌での美貌の露出――が、彼らが必死で築いた虚飾の壁を、内側から破壊したのだ。私が居場所を求めて努力したことが、皮肉にも、彼らの最大の罪を暴く刃となった。

​無自覚な復讐者の視線

​運転手が、心配そうに私の様子を窺う。彼は、私が今にも泣き崩れると予想しているのだろう。

​しかし、私の瞳に涙はなかった。私の心には、復讐の炎も、裏切られた怒りも、湧き上がらなかった。代わりに、私は両親に対し、どこか冷めた感情を抱いた。

​(こんなにも脆かったのか、あの塔は。たった一枚の紙で、たった一人の少女の存在で、崩れてしまうほどの、薄っぺらいものだったのか)

​私が感じたのは、憎しみではなく、哀れみだった。彼らは、自分の保身のために、真実から逃げ続けた。その結果が、今、全世界に晒され、彼らは築き上げたすべてを失うことになる。それは、あまりにも、自業自得な「ざまあ」だった。

​施設に着くと、案の定、職員たちは大混乱に陥っていた。藤原先生は、私の顔を見て、申し訳なさそうに泣き崩れた。

​「アオちゃん、ごめんなさい…私たちが、あなたを守ってあげられなくて…」

​私は先生の手を握った。冷たい私の手とは違い、先生の手は温かく、人間の情が通っていた。

​「藤原先生。あなたは何も悪くありません。これが、彼らの選んだ結末です。私という存在を、世界から隠し通せるなどと、傲慢な考えだっただけのこと」

​私の落ち着いた口調は、逆に周囲を凍りつかせた。

​その夜、テレビの速報ニュースで、憔悴しきった両親の緊急記者会見が始まった。彼らは、用意された原稿を読み上げ、心にもない謝罪の言葉を繰り返す。画面に映る彼らは、もはや「完璧なスター」ではない。ただ、自らの過ちと嘘に潰されようとしている、哀れな大人たちだった。

​私はテレビを消し、静かに立ち上がった。

​(逃げも隠れもしない。私は、私の人生を歩く)

​私が本当に望むものは、復讐ではない。私が求めているのは、あの冷たい夫婦の視線から解放された、私自身の居場所と、尊厳だけだ。

​翌朝、私は師匠の松岡に連絡を入れた。

​「師匠。演技をする時が来ました。今、世間が私に求めているのは、『哀れな被害者』の役です。それを演じるかどうかは、私の自由ですが…」

​私の瞳には、もう迷いはなかった。私は、このスキャンダルという名の巨大な舞台を、私自身の物語を紡ぐための、最高のチャンスに変えようと決めたのだ。

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