水怪
相馬みずき
肝試し
第1話
「肝試し?」
「何それ」
「肝試し。肝とは胆力、それを試す。つまり度胸試しの一種。夜の墓地や森林公園など、人間が潜在的に恐怖心を抱くであろう場所を歩いて、勇気を試すという――」
「そんなことは知ってる」
芽依子は首を横に振って、友人のわざとらしい説明を遮った。芽依子が頭を動かすと肩に付く長さで切りそろえた金髪の中で、インナーカラーの青が
「なんでよりによって、ミステリー研究会で肝試しを開催するわけ?」
「うちの研究会の趣旨がどうこうってより、こういうのは皆でキャーキャーワーワー言って親睦を深めることができるイベントっていうのが重要なんじゃない?」
テーブルを挟んで座る友人――
芽依子と歩美はどちらも大学二年生であり、サークルも同じミステリー研究会に所属している。
ミステリー研究会では、毎年その年の新入生歓迎会の余興を二年生が企画するという慣習があり、今年は芽依子達がそれをしなければならなかった。しかし、芽依子は先週の打合せを欠席していたため、そこで決まった内容を今になって歩美から聞かされていた。
打合せを欠席したのは、その日に入っていた実験の授業が長引いたせいであり、完全な不可抗力であった。しかし欠席は欠席。文句が言える立場ではないことは百も承知だ。
「で、肝試しするの?」
「うん。まあ、まさか私もそんなのに決まるとは思ってなかったんだけど、
歩美は言葉を濁したが、芽依子は苦笑いして軽く頷いた。
二人の共通の友人である
「準備とか大変そう」
「まあそこは何とか。暗いところ歩くだけだから、あんまり凝らなきゃいいんじゃないの。事前の準備だけで当日はそんなに大変じゃないと思うよ」
ひらひらと右手を上下に振りながら歩美は笑った。清楚でおとなしそうな外見に反して、彼女は結構さばけたところがある。派手な外見で装う芽依子とは真逆である。だからこそ自分と気が合うのだろうと芽依子は思っていた。
「それって、もう場所も決まってるってこと?」
芽依子は右の耳たぶのピアスを指で弾きながら尋ねた。
「うん、エナガ水源地」
エナガ水源地は芽依子達が通う大学のキャンパスから北に五キロほどのところにある人工池だ。
他県出身の芽依子は詳しい歴史は知らないが、元は戦時中に、この近くに設置された陸軍の施設に供給する水を確保するために造設されたダムだそうだ。現在は公園として整備されており、桜並木や藤棚が遊歩道に沿って作られて市民の憩いの場となっている。水はこの周辺の工業用水として利用されているらしい。
ただ、それもあくまで昼間の話だ。エナガ水源地にはもう一つ、有名な側面がある。
心霊スポット。
常にではないが、特に夏場になると若者が車で乗り付けて肝試しを行うことで有名であった。
「え、あそこなの?」芽依子は思わず声を上げた。
「あ、やっぱり知ってた? 有名だもんね」
歩美はけろりとして答える。彼女は芽依子が引っ掛かる理由を知らないのだから仕方がないとわかってはいても、芽依子は眉間に軽く皺を寄せてしまった。
「ええー……、私、嫌だなあ」
「何よ。芽依子、前に心霊現象なんか信じてないって言ってたじゃん。理系だし、それに何だっけ、ミステリーっていうのはロジカルじゃないといけないから心霊関係を持ち込むのは反則だとか言ってたし。え? まさか、だからミス研で肝試しするのは反対とか?」
「そんなんじゃなくって」芽依子は唇を尖らせた。
歩美の指摘どおり、芽依子が心霊の類いを一切信じていないのは本当のことである。理由は単純明快で、大学二年生になる今まで芽依子は一度も
見えないもの、体験を他者と共有しようにも再現できない現象――それは芽依子にとって「無い」のと同じことだ。
中高の友人の中にはオカルト好きの子や自称霊感少女などもいたが、彼女達が何かを感じるという場所や場面で何かを感じたことがない。そういった友人達も大学受験を乗り越えて高校を卒業する頃には、自然とそんなことを話題にしなくなっていった。
オカルトや心霊話に夢中になるということは、そういうことなのだろう。ある年頃でアイドルや漫画やアニメに傾倒するのと同じだ。
心霊だの怪談だのは、芽依子にとって「そういうもの」だ。だからこそ、お化けが怖くて肝試しに乗り気ではないと勘違いされることは心外であった。
「心霊現象なんか信じてない。嫌っていうのは場所のこと」
「場所?」
「心霊スポットがどうとかじゃなくて、私、池とか川の側とか、そういう水辺が苦手なの。あまり近付きたくない」
「あれ? そうなんだ。初耳ね」
「大学ってプールの授業もないし、言ってなかったかもね」
「カナヅチ?」
「得意じゃないけど一応泳げる……と思う。そうじゃなくって、私自身は詳しく覚えてないんだけど、小学生の時に溺れかかったことがあって。お母さんが言うには、けっこう危なかったみたい」
「なるほどねー。トラウマってやつ?」
「まあそうなるかな。溺れた時のことは覚えてないはずなんだけど、水辺に近付くと何だか落ち着かない気持ちになるの。ざわざわするって言うか」
「そっか。だとしたら無理は言えないね。でも、遊歩道を歩くだけなら池からは少し離れてるよ。転んでも水に落ちたりはしないと思う」
冗談めかして言う歩美に、芽依子は心の内で感謝した。こういう話をあまり重く捉えられても困る。
水辺に近寄ることに軽い忌避感があることは事実だが、足が竦んで動けなくなるとか、動悸がひどくなって落ち着かないなどということはないわけで、ならばそれを理由にするのは少々子供っぽい。芽依子にもそのくらいのことはわかっている。ただ、友人の歩美にだけは自分が乗り気でないことを伝えたかった。それが甘えなのか信頼なのかは自分でもわからない。
そこまで考えると、芽依子は笑顔で両手を持ち上げて小さくガッツポーズを作った。
「急に変なこと言っちゃってごめん。でも、もう昔のことだから大丈夫。欠席してる間に打合せを進めてもらったんだから、ちゃんと準備もするし当日も参加するよ。ありがと、教えてくれて」
「ほんと? 良かったあ。芽依子が参加してくれなかったらどうしようかと思った。それでってわけじゃないけど、早速一つお願いしてもいい?」
歩美は眼鏡の中で奥二重の目を細めて、拝むように顔の前で両手を合わせた。
「打合せの日、芽依子の他に
その名前を聞いて、芽依子は唇の左端をひきつらせた。
「……別に櫻田君にはLINEとかでいいんじゃない?」
「だってグループLINEで伝えて既読無視されたら雰囲気が余計に面倒臭くなるでしょ。私、法学部だから工学部の建物はよくわからないし」
「私だって理学部だから工学部のことはよくわかりませんけど」
「櫻田君と普通に話せるのって芽依子くらいだし」
「普通じゃないでしょ、あれは」
軽く抵抗を試みたが、そもそも欠席をした後ろめたさもあり、結局は芽依子はしぶしぶ引き受けることにした。歩美は「それじゃ、お願いね」と言い残し席を立った。
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