【短編】不可能犯
トモ倉未廻
“彼”はどうやって人を殺したのか?
「――本当は、ほっとしてません?」
屋上の金網にもたれかかる犯人に、唐突にそう質問されて、刑事は言葉を詰まらせた。彼の言うことは的を射ていて、まったくもってその通りだったからだ。
ほっとしている。
安堵している。
――だって、そうじゃないか。
「俺が犯行を認めなければ、刑事さんは俺を捕まえられないから」
笑って、彼は言う。
ここ一ヶ月で多発して起こった連続殺人事件。
死因は、外傷性ショック死。頭に強い衝撃が加わったことが原因。被害者達は全員、この男に呼び出された上で殺されている。そして調べれば調べるほど、彼には被害者達を殺す動機があって、後はどうやって殺したのか、凶器さえ分かれば事件は解決するはずだった。
その凶器が見当たらないのだ。
まるで跡形もなく、消え失せるように。手品にだってタネと仕掛けはある、だとすれば、この連続殺人に使われたのは超能力か。
捜査員達がそんな雲を掴むような話に翻弄される中で、刑事だけが確信していた。
「いえ、貴方が犯人です」
「ええ。俺が犯人ですよ」
微笑む彼を見て思う。この男以外ありえない。被害者達を呼び出したのも、動機も、存在するのは彼だけなのだ。冤罪かもしれないとは微塵も思っていない。
彼は満足そうに空を見上げていた。
――最後に空が見たい。できれば誰にも邪魔されない屋上で。
彼にそう言われたときは、連続殺人事件の被害者の人数が脳裏を過り、まさか逮捕されるぐらいなら、死を選ぶつもりじゃないかと身構えたが、その様子はなかった。
ただぼんやりと空を眺めているだけだ。
いい加減、そんな様子に付き合うのも飽きてきたのだが、確たる証拠をもって彼を犯人と断定した訳ではない以上、ようするに彼の自首という行為以外で事件を終結させる手段がない以上、待つしかない。
彼につられて空を見上げると、一時間ぐらい前までは雲一つない快晴だった空に、ゆったりと白い雲が流れ込んできていた。
「ところで刑事さん。刑事さんは、俺がなにを凶器に使ったのか、心当たりはありますか?」
訊ねてくる彼に首を横に振る。
そんなものがあれば、こんな時間に付き合っていない。彼は小さく笑って、「でしょうね」と頷いて、人差し指を空に向けた。
何気なく、その指を追いかけて、雲を見る。
ずるりと、雲が垂れ下がってくるのが見えた。
「知ってます? 雲って、実は落とせるんですよ」
(終)
【短編】不可能犯 トモ倉未廻 @kurachi_mikai
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