警備員のお姉さん
第1話 夜勤のお姉さんは、座ってていいと言った
ログインした瞬間、胸の奥が少し重かった。
現実の体調をそのまま引きずっている感じがする。
フルダイブは楽になるはずなのに、今日は違った。
夜の《アルク・フロンティア》は静かだ。
昼間は観光客みたいなプレイヤーで溢れている街も、今はほとんど人がいない。
歩いているだけで、息が少し苦しい。
無理するつもりはなかった。
今日は探索もしない。
ただ、外にいられない時間をやり過ごすために入っただけだ。
警備区画の入口で、僕は足を止めた。
白い床。
低い天井。
規則正しく点滅する照明。
ここは、何も起きない場所だ。
座り込もうとした、そのときだった。
「ちょっと。こんなところで立ち止まって」
少し低めで、落ち着いた声。
振り返ると、警備服を着た女性NPCが立っていた。
年齢設定は、たぶん二十代後半。
派手じゃないけど、仕事慣れした雰囲気がある。
「あんた、プレイヤーでしょ?
……しかも、若い」
見抜かれて、少しだけ身構えた。
「えっと……はい」
「こんな時間にうろうろする年じゃないでしょ。
まあ、怒らないけど」
怒られない。
それだけで、胸の奥が少し緩んだ。
彼女は僕を一度だけ上から下まで見て、軽く顎をしゃくった。
「そこ。壁際。
立ってると警備の邪魔になるから、座ってなさい」
「……座って、いいんですか」
「いいわよ。
倒れられるよりマシ」
言い方は雑なのに、声は柔らかかった。
僕は言われた通り、壁際に腰を下ろした。
床は冷たくて、でも嫌じゃない。
彼女は巡回ルートに戻る前に、ちらっと僕を見た。
「体調、悪いなら無理しないこと。
ここは安全だけど、夜は夜で疲れるから」
「……はい」
それだけの会話だった。
彼女はそれ以上何も言わず、足音を残して歩いていった。
規則正しい、落ち着いた足音。
しばらくして、僕は気づいた。
息が、少し楽になっている。
何かをしてもらったわけじゃない。
回復効果も、スキルも、バフもない。
ただ、「座ってていい」と言われただけだ。
なのに、胸の奥が静かだった。
警備区画の照明が、一定のリズムで明滅する。
遠くで機械音が鳴っている。
彼女は戻ってこなかった。
それでいいと思った。
今日は、それだけで十分だった。
ログアウト前、ふと思い出す。
最後に彼女が言った言葉。
「夜はね、無理しないのが一番よ」
その言い方が、
なぜかずっと耳に残っていた。
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