ロール・プレイング・ゲーム ~ぼうけんのしょ は きえました~
ユートピアンズ・ラボ
第1話 全裸転生
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが山の麓の小さなログハウスに住んでいました。
ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
わしゃわしゃ、わしゃわしゃと汚れを洗剤で落としていくおばあさん。
そこに川の奥からどんぶらこ~どんぶらこと全裸の女子高生が流れて来ました。
もう一度言います。丸裸の女の子が流れて来ました。
「???????」
おばあさんは絶句しました。そもそもここ最近登山しにきた人は見てないし......いやいや、そこちゃうやろ。ルネサンス期の絵画ですら裸で流れてくる女の絵なんて描かれてないぞ。なにこれ??
そう思いつつもこの先には滝があります。このままでは危ないので引き上げてあげることにしました。
おじいさんがいなくてよかったわ......そう思いながら濡れた身体を拭けるタオルはないかしらと籠をの中を探したが、そもそも布を濡らしに来てるのにそんなものあるわけがなく。
そんなこんなで慌てていたらタイムリミット。彼女が目を覚ましてしまいました。
彼女がこの世界で発した第一声が、自身の痴態を見たことによる絶叫になったということは、言うまでもないでしょう.......
物語が始まった時は赤ちゃんだった桃太郎ですら最初は桃というベールに包まれていたものだ。それなのに私はまるでヴィーナスの誕生の如く文字通りすっぽんぽんのまま異世界に受肉してしまった。神様がいるなら、そいつはとんでもないド変態だと言いたい。
それとも、そもそも服を着たまま転生できるなんて都合のいい話は現実の物質世界では通用しないのは否定できない。身体がそのままだっただけありがたいと思え、と言われたら黙って頷くしかない。否定はできない。
そもそもなぜここが異世界、つまるところファンタジーの世界であると理解できたのかと言えばほかでもないおばあさんの存在があったからである。
彼女の見た目は間違いなくアジア系のそれではない、ヨーロッパやアメリカにいる白人系の女性のそれだったところから既に今までいた世界からはかけ離れた場所にいることは大体察することができた。
上流の川の水はどの世界だろうが関係なく冷たい。ガクブルと寒さで震える私におばあさんは急いで干し草を持ってきてそれに火をつけてくれた。指パッチンで。
最初は目を疑ったが、これまで起きたことを整理すれば自分の身に何が起きてるのかは大体察することができた。
異世界転移。それも魔法が実在するファンタジーの世界。
まさかこんなことが現実で起こり得ようとは、まさかその対象が自分自身になるとは。
もっと混乱したりもしくは狂喜乱舞したりしてもいいところなんだろうが、いまはそれどころではない。全裸でずぶ濡れの身体を温めることに全神経を集中させた。
「あぁ暖かい......こんな見ず知らずのヌーディストにここまでしていただいて、本当に感謝しかないです。ありがとうございます。」
「いえいえ、それよりも身体を拭くタオルがなくてごめんねぇ......選択にきたところだったから、乾いた布がなかったのよ。」
「それでも焚火があるだけで全然違いますよ。指パッチン、かっこよかったです。」
震えが収まり、思わず感謝の言葉が漏れる。それと同時に気になることを聞く余裕が自分の脳内スペースにできたのでおばあさんに話を聞いてみることにした。
「おばあさんは魔法使えるんですか?」
「ええ。ほんのすこし、なんだけどね。私はずっと庶民の世界で生きてきたから、その辺の知識には疎いのよねぇ。魔法と言っても、これくらいが精一杯だわ。」
「それでも使えるだけ凄いですよ。私なんて、魔法すらみたことなかったんですから。ここにきて初めて目視しましたよ。」
そう言うとおばあさんは驚いた様子でこちらを見ていた。
身体が十分に暖まるとおばあさんが家の服を着させてあげるといって彼女の住む山小屋に向かうことになった。山だから人なんていないから大丈夫よとおばあさんは言っていたが、全裸でトボトボ歩いていくのは流石に恥ずかしかった。
しばらく森の中を歩くと一件の小さなログハウスが見えてきた。確かに人ひとり、もしくは二人住むには丁度いい大きさだろう。
中に入れさせてもらうと同時におばあさんはタオルを持ってきてくれてここでやっと身体を拭くことができた。そのあとすぐに洋服を持ってきてくれた。
若々しい服がなくてごめんねぇと彼女は言っていたがとんでもない、むしろこの世界の服を着させてもらえることに感謝である。袖を通し長いスカートを引き上げると、まさに昔のヨーロッパの女性の衣装って感じで、やっと自分もこの世界の一員になれた気がしてちょっと嬉しかった。
そしたらおばあさんが来客が来るのは珍しいから粗品しかないけど、といい紅茶と小さなクッキーを用意してくれた。
粗品だって?こっちはもう泣きそうなくらい嬉しいのに。
この世界にきて食べる最初の一口、まさに至福。おばあさん感謝の言葉だけじゃたりないと思わずおばあさんを抱きしめようとしたその時、ドアが開く音がした。
「来客か?珍しいの。」
そこにいたのはおじいさん。言うまでもない、彼女の夫なのだと推察できた。
「......それで、川からこの子が流れてきて今に至る、ということか。」
「そういうわけです。お世話になってます。」
内心裸のままの時に鉢合わせなくてよかったとは思いながらも、そう言って私は頭を下げる。感謝の気持ちは変わりない。
「では川に流される前はなにしてたんじゃ?おばあさんの言う通り、登山客はここ数日みかけなかったし、どこかからワープでもしてきたのか?」
「それが実は......」
こことは違う別世界から来た、という話を口にしようとしたところで言葉が詰まった。
あれ?私ってここに来るまで何をしてたんだっけ?何も思い出せない。
私の名前は大浦御琴。年齢は16歳の女子高生。最近好きなことはゲームでとくにRPGというジャンルは至高で____
ここまでは思い出せる。でも逆に言うなら、ここまでしか思い出せない。
ここ最近の記憶が曖昧なのだ。昨日何食べたとか、どこで何をしていたかとか......その辺の日常の記憶が諸々無くなっている。
そもそもどうしてここの世界に来たのかも知らないままなのに、その大切な「契機」が何もわからないのだ。例えば、裏道にある不自然な扉を開いたらそこには別の世界が広がっていたとか。交通事故で意識を失って目が覚めたら、とか。あと普通に天界で直接指名を受けて、とか。
ここ最近だけの記憶がないということは、事故で頭を打って一時的に記憶を失ってしまったからとか?いやそんな科学的な話云々がこの場で意味を成すのか?答えはノーだろう。
そうならば、何らかの理由で転生の際に記憶を操作させたとか......?誰が?何のために?これも分からない。
いろいろ考えたが、何もかもわからず仕舞いだ。とにかくそれを率直に伝えるしかないだろう。
「それが......こことは違う世界から来たのはわかってるんですけど、それ以外全く分からないというか......ここ最近の記憶も曖昧で......ごめんなさい、ほんとに思い出せないんです。」
「別世界に記憶の空洞、か。なんとも奇怪な話だが、それ以外にこちらから何かを知るすべはないからな。それが事実なんだろう。」
そう言っておじいさんが腕を組んでうーんと唸っている時に、カチャンと何かが閉まる音がしたので振り返って見ると、そこには手紙が落ちていた。
郵便屋が態々こんな山の麓にまで誰かの電報を届けにきたようだ。お疲れ様です。
「手紙か......珍しいな。」
そう言っておじいさんは手紙の封を開けて内容を確認する。
『拝啓 お父さんお母さんへ。ソナタです。そっちでは元気にしてますか?こちらは賑やかな城下町の日々をそれなりに楽しんでいます。息子も娘も元気ですよ。また機会があったらそちらに赴きたいと思っています......』
「娘さんの手紙ですか?」
「あぁそうだね。二人目を産んでからもう久しくなるが......」
そう言おうとしたところで彼は手紙が半分に折られていることに気づいた。まだ読んでない文章が残っていたようだ。
『しかし世界の深層から再び暗黒が吹き出したのが観測され、世界の魔物の数が一気に増加しました。今街の中では、魔王が再臨したのではないかという噂が一気に広がり、国の軍隊も厳戒態勢を敷くようになりました。そちらに赴こうにも完全に安全が確保されている訳ではなさそうではあります。もし仮にこちらに来る予定ができたのであれば、魔物に襲われることのないよう、どうか十分に気を付けてくださいまし。 敬具』
家の中の空気が凍った。おじいさんとおばあさんは恐怖と不安で顔をこわばらせていたのだが、私は別の理由で固まっていた。
世界の深層、暗黒、魔王。
この世界観は、間違いない。
「クエストファンタジアの世界だ......」
それはまさに、私が前までプレイしていたコンピューターRPGの世界だった。
ロール・プレイング・ゲーム ~ぼうけんのしょ は きえました~ ユートピアンズ・ラボ @utopiatanqutai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ロール・プレイング・ゲーム ~ぼうけんのしょ は きえました~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます