第15話 鈴木苺26歳 元アイドルのユーチューバー トリ麻呂の飼い主

 鈴木苺が“不思議ちゃん”と呼ばれているのは、その奇抜な風貌と特徴のある話し方をしていることもあるが、常にインコを肩に乗せているのも理由の一つだ。オカメインコっぽい鳥だが、黄色のボディは同じでも、赤い丸模様が頬ではなく、眉の位置に平安貴族のような赤い丸模様がある。


 それに飼い主の苺も「トリ麻呂くんはインコじゃないですよー。不死鳥ですにー」と言っている。トリ麻呂は、「死にそうになるとタマゴを産むんですよぅ。それでー、タマゴが孵ると古い体のほうは死んでしまうのですにー」ということだ。


 どうやらツガイの必要なく、そうやって不死鳥のように再生して生き続けているらしい。どれくらい生きているかと苺に聞けば、こう答えてくれるだろう。


「トリ麻呂くんはですねー。宇宙からきた宇宙鳥ですからねー。ずーっと生きてますにー」


 さて、その不思議ちゃん女性の苺は人妻だ。アイドル時代、東京で出会った鈴木じいさんの孫と結婚して、こちらにやって来たのだが、空き家になっていた鈴木じいさんの家で遺品整理をしつつ暮らしている。かれこれ、越してきたのは半年くらい前だ。


 そんな彼女もオツノ様のことは知っている。「最高の動画を撮るにー」と自撮り棒の先についているスマホカメラを向けてくるので、金髪ギャルの真穂はピースをし、運転席にいた善弥はハンドルを握ったまま首を引っ込めた。


「あー、大丈夫によー。これライブじゃないにー」


 スマホを指差す苺に、「そういう問題じゃない」と善弥。真穂が「私の顔にもスタンプか何か押しておいてよ。モザイクでもいいけど」と頼むが、「そういう問題じゃない」と再び善弥は言って、シートベルトを外すと助手席側にいる苺のほうに身を乗り出した。


「オツノ様は撮影しちゃダメですよ」

「そっちの話にかー?」

「まあ僕も映りたくないんだけど。ともかくですね、動画をネットに上げちゃダメです。ハイッ。実は今ですねー、近所の神社にオツノ様が来てますぅ、これから行ってみましょー、みたいなノリのやつでもダメですから。集落内だけの極秘行事です」

「うえーん。がっがりにー」


 残念そうに眉を下げる苺。その肩ではインコのトリ麻呂も「ニカー、ニカー」と鳴いて嘆いている。


「苺ちゃん、丈一郎さんに連絡取れる?」


 真穂が聞いた。丈一郎とは苺の夫で、鈴木じいさんの孫の名前だ。丈一郎は集落育ちではないが、夏休みなどには祖父の家に遊びに来ていたので、真穂たちとは面識がある。


「丈一郎はねぇ、今、トラックの運転中だと思うにー」

「トラック?」善弥が不思議がると、「運転手をやってるにー」とハンドルを持つ仕草をする苺。


 この前まで「丈一郎はお洋服を売ってるにー」と言っていた。この丈一郎は「俺はデカい男になる」が口癖らしいが、とにかくジョブチェンジが激しいと聞いている。


 苺に詳しく聞いてみると、今は運搬の仕事をやっていて「全国を回ってるにー」と不在の期間が長いらしい。「そろそろ、この仕事もやめて欲しいによー。苺とトリ麻呂の二人時間が長すぎるにー」と愚痴る。


 どちらにせよ、不在の丈一郎にわざわざ連絡を取らなくてもいい。真穂は、「尺八って家にある?」と肝心な用件について苺に尋ねた。鈴木のじいさんの尺八の音色を、オツノ様が待っているのだ。


「尺八? でかい笛にかー?」

「そうそう。鈴木のおじいちゃんの尺八が必要なんだけど、家から持ってきてもらえる?」

「あー……」と苺は視線を上向けてから、「困ったにな」と頬を掻く。

「大きな笛ならネットオークションで売ってしまったによぅ」


「エッ⁉」声がそろう真穂と善弥。


「じゃあ、ないってこと?」と当たり前のことを念押しするように聞いてしまう善弥に、苺は、「丈一郎が売ったによーぅ。苺はやめとけと言ったのにー」と申し訳なさそうにする。


「えー、どうすんの?」と真穂。「最悪、尺八さえあれば誰の演奏でもよくね、って考えてたのに」

「……買い戻すにか?」


 買い手はわかっているので連絡を試みるによ、と言う苺。だが今からでは遅い気がする。しかし、「あの音色じゃないとダメなんだ!」とオツノ様が激怒して地球が割れたら困るので、「頼める?」と両手を合わせる真穂と善弥。そうこうしていると、「どうしたんですか?」と後続にいた健司たちが車を降りて近づいて来た。


「丈一郎のせいで地球が終わるにー」

 苺が言うと彼女の肩で「おわるにー、おわるにー」とトリ麻呂も鳴く。

「トリ麻呂くん、こんにちは!」

 健司の後をついてきた双子があいさつする。トリ麻呂は片足だけ上げ、「よっ」と返した。双子は「きゃあ」と大喜びだ。


 さて、健司にも鈴木のじいさんの尺八がネットで売られてしまった悲劇について善弥たちが話しているとき、軽自動車の中に一人残った小学生の海斗は、サッカーボールの代わりになる武器はないかと考えを巡らせていた。


 素手でオツノ様と戦うのは危険だ。鹿なら立派なツノがあるだろうし、イエティはたぶん腕力がすごい。距離をとって戦える武器がいる。やはりサッカーボールは最適だった。悔しい。道の駅に駐車してある母親の車に置いてくることになったボールが恋しくてならない。


 どうしたものか……、と頭の後ろで手を組み、後部座席の背もたれに体重をかけた海斗は、ふと後ろが気になり、首を回して荷物が載るスペースを見る。


「!」


 海斗は笑顔になった。新しい武器はこれだ!


 夏の名残のおもちゃ、水鉄砲だ。しかも小型のピストル型ではなく大型の飛距離が出るシュコシュコとレバーを引けるやつである。海斗は手を伸ばして水鉄砲を取り、大事そうに抱きしめた。神社に行ったら、これを持ち出そう。でも服の下に隠すには大きすぎる。


 健司たちが戻ってこないか窓から様子を確かめながら、海斗は水鉄砲を足元に置いて隠した。


「待ってろ、オツノ様。おれが世界を守るんだ!」


 ——そんな少年の熱い決意を知らない健司が車に戻って来る。


「ごめんね、海斗くん。お待たせ」

 双子も乗り込み、後部座席は埋まったのだが、空いていた助手席に一人の女性が座る。

「少年よ、元気してるにかー?」


 笑顔で振り返るのはピンク髪の苺だ。彼女も神社に一緒に向かうことになったのだが、肩に乗るインコも「にかー、にかー」と鳴いてテンション上げ上げである。海斗は、とっさに足元にある水鉄砲を踏んで隠そうとした。すると彼女の視線が足元に向く。インコも同じように頭が動いた。


「少年、良いもの持って——」

 シッ、と海斗が口に指を当ててサインを送ると、苺はキュッと口をつぐむ。

「出発するよ」

 健司がエンジンをかける。苺は顔を前に向け、「オツノ様と会ってみた、の動画を作成するにー!」と拳を突き上げる。


「鈴木さん、そんなことしたらダメですよ」

「わかってるにー。冗談によーぅ」


 ウフフと笑う苺の顔を、バックミラーを通して見ていた海斗なのだが、目が合ったような気がしてドキリとする。フワフワした不思議な人だけど侮っていたら怪我しそうだ。でも、おもしろ動画を撮ろうと誘えば、オツノ様退治に協力してくれるかも?


 海斗は通り過ぎていく集落の景色を眺めるふりをしつつ、苺の様子を探る。彼女はニコニコとしていたが、こちらを観察しているような気もする。やはり侮れない……。

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