第6話 園田則子77歳エルフ好き・幸太郎17歳高校生・斉藤葵16歳(お泊り中)
寝ずの番とはいえ、いつ来るかわからない相手を正座して待つ必要はないし、本当に起きて待つ必要もないのだ。スマホも繋がらないし、横になれるうちに休んでおこうと早々に座敷に敷いた布団に入る智子。トイレから戻って来た園田のおばあちゃんも、「よっこいせ」と敷布団に腰を下ろす。
園田のおばあちゃんは集落に嫁いですぐの頃、オツノ様と道ならぬ恋に落ちかけたことがあるらしい。相手は美しいエルフの青年だった。
「私はこんなおばあちゃんになったけど、向こうはエルフだから綺麗なままだろうね」
それでも、また会いたい。そんな想いをずっと持ち続けている。
「おじいさんも見送ったし、気兼ねなく再会できるんだけどねぇ。今回はどんなオツノ様がくるのやら。待ち遠しいね」
はぁ、と溜息をついている園田のおばあちゃんは、ロマンチックな乙女の表情をしている。べつに道ならぬ恋に落ちる気はないのだが、美しいエルフなら男でも女でもいいので、智子も一度見てみたい。
集落育った智子だが、実はオツノ様をまともに見たことがなかった。子どもはオツノ様の目に触れないようにする決まりだし、高校卒業後は地元を離れていたからだ。
「オツノ様って、化物みたいなのも来るんですよね?」
恐る恐る尋ねる智子に、園田のおばあちゃんは「いろんなのがいるよ」とニヤリ。ちょっと怖い微笑みだ。常夜灯だけにして、二人とも布団に横になる。床の間の水晶は相変わらずペッカペッカと点滅していた。
「寝ている時にゲートが開いても、ちゃんと起きられると思いますか?」
オツノ様がいらっしゃったとき、目に飛び込んでくるのが大口を開けて寝ている中年女では、接待当番として失格だろう。こんなことで地球が滅亡したら申し訳ない。
だから目は閉じても本当には眠らないようにしようと気を張っていたのだが、園田のおばあちゃんが言うには、「気にしなくても、そんなにひっそりとはいらっしゃらないと思うよ。全員がそうじゃなかったけど、私が当番の時は銅鑼の音が鳴ったし、ホラ貝を吹いて登場したオツノ様もいたからね」とのことだ。
「軽快なリズムに乗って来てくれたらいいな。目覚めの銅鑼は心臓に悪そう」
「銅鑼はびっくりしたよ。頭が割れるかと思ったもの。でも不思議なことに神社の外にいたおじいさんには聞こえなかったそうだよ」
「それって、やっぱり謎の磁場か何かが関係してるんでしょうね」
「私らは結界と呼んでる」
「なるほど、結界か!」
磁場よりかっこいい気がする。智子は気に入った。
「私もこれからは結界って呼びます」
「そうしなね。なんでも楽しんだほうが良いから。綺麗なオツノ様が来ると信じて待つ方が良いのと同じだよ」
「思い出のエルフさんが来るといいですね」
「ほんとにね。人食い鬼が来たら怖いもん。私ら、すぐに丸飲みされちまうよ」
「怖い冗談、やめてくださいよーぅ」
智子が情けない声を出すと、園田のおばあちゃんは「私ら集落のもんは、全員が勇者だからね。命がけで世界を救ってるのさ」とケラケラ笑う。
◇
「……あのさぁ」
ズバッと剣で雑魚モンスターを退治した斉藤が言う。
「お前のばあちゃん、神社に泊まるって何で?」
幸太郎は返事をする代わりに雑魚モンスターを斧で斬った。
園田家は普段、祖母、母、孫の三人で暮らしているのだが、今日は母親が夜勤で不在。祖母はオツノ様がいらっしゃるというので夕方から出て行ってしまい、幸太郎は斉藤と二人きりの夜だった。
「神社でカラオケ大会でもやってんの?」
無言の幸太郎に、斉藤はさらに質問を重ねてくる。これには「カラオケ?」と返事してしまう幸太郎。
「うちの近所の神社では、神輿を担いだあとカラオケをやってる」
「神楽じゃなくて?」
「神楽じゃなくて、カラオケ。俺も、じじばば相手に熱烈なラブソング歌ったことがある。めっちゃ、スベった。あんなカラオケ大会、二度と行かない」
回復アイテムを拾う斉藤の背後から襲いかかって来る雑魚モンスター。それを倒して救出してやると「あんがと、愛してる」と言うので、「うざっ」と幸太郎は返す。
「カラオケじゃないなら、お前のばあちゃん。神楽を観にいったんか?」
「……違う」
「じゃあ、何? 何で神社に泊まんの。何やってんの、神社で」
「……斉藤」
「俺のことは葵くんって呼んで。葵ちゃんでもオッケー。でも斉藤はやめて」
「……葵」
「敬称は?」
「お前、今すぐ帰れ……ってのは、さすがに悪いから言わねぇけど、明日になったら、すぐ帰ってくれ」
雑魚モンスターが襲いかかってきたが、葵は無抵抗でやられる。視線はテレビ画面ではなく、じっと幸太郎に向いていた。
「お前、死んだぞ」
「ゲームはやめろ、幸太郎」
「……なんだよ」
はぁ、とコントローラーを置く幸太郎。葵は「週末は一緒に過ごすって言ったじゃん」と頬を膨らましている。
「その言い方やめろ」
「どんな言い方でもいいでしょ。俺はお前と週末を過ごすために、替えのパンツもしっかり三枚持って来たんだぞ!」
「綺麗なまま持って帰れよ」
「やだ。汚したい」
「……お前、言い方」
「何で急に帰れって言うんだよぅ。冷たすぎー」
むくれている葵には悪いが、オツノ様が来るのだ。部外者は集落から追い出しておきたい。幸太郎は、「急用ができたんだよ」と言い訳する。
「急用ってなんだ。俺より大切なことか?」
「大切だよ」
人類の存亡がかかっている。ゲームじゃなく、こっちはリアルだ。
「酷いよ。幸太郎くんったら、葵のこと、もてあそんだのね」
エーンエンエンと泣き真似をする葵に、幸太郎は「うざっ」と答えると、ゲームを切った。もう遊んでいる気分じゃない。
「寝よう」
「そんな急に……、心の準備が」
「お前、今すぐ帰る? 真っ暗な田舎の外に放り出そうか?」
「幸太郎くん、ごめんなさい。今夜はお利口にします。でも明日になったら本当に帰らないとダメなの?」
「ああ」
「どうしても?」
「どうしても帰ってほしい」
「何で?」
「……お前は信用できないから」
「はぁ⁉ 心外なんですけど!」
憤慨する葵だが、このお喋り野郎に、「神社にゲートが開いて異世界人が来るから帰れ」なんて、とても言えない幸太郎である。
「お前のばあちゃん、神社に何しに行ったんだよ。しかも夜通しって怪しい。一体、何してんの? 気になるから、俺も今から神社に行っちゃおうかなー」
「行くな。イノシシに襲われるぞ」
「幸太郎くんったら、葵のこと心配してくれるのね」
「心配してる。だからもう寝ろ。うちのばあちゃんのことは気にするな。そんで朝になったら、すぐ帰れ」
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