第47話 party(2)

 ―――成瀬なるせ かえでが、一年と少し前に大きな衝撃を受け、記憶を失ったあの日。


 彼の脳には、通常とは異なる損壊が生じた。


 通常、人間が脳に強い衝撃を受け、記憶倉庫を破壊された場合―――破壊された任意の記憶はもとに戻ることなない。


 だが、それと引き換え―――と言っては遜色あるかもしれないが、衝撃以後に経験した記憶には影響が生じ得ないのが通例だ。


 だが、成瀬なるせの脳は受けた衝撃―――その重さに耐えきれず、刺激を受けると、蓄えた記憶を時期、種類に関わらず、ランダムに破壊する性質を持ってしまった。


 そうすることで―――自壊を定期的に行うことで、情報の蓄積に耐えきれなくなってしまった脳のリソースを補おうとしているのである。


 特定の出来事が原因で、記憶喪失に陥った者における予後は、二種類に分類されるらしい。


 一つは、記憶がわずかずつ取り戻される状態だ。予後がこちらへ分類された場合は、まず問題はないので、日常生活を自由を行うことが認められる。


 しかし、もう一方―――


 脳自体がバグのようなものを起こし、自壊を始めてしまう場合に当てはまった者は―――





***





「はぁ!? 成瀬なるせが倒れた!?」


「落ち着けって早坂はやさか! 今、お前がバタバタしても何にもならねーだろ!」



 正月を迎えて間もなく、慌ただしい早坂はやさか家―――


 由緒正しい家柄に生まれた早坂はやさか家の次男こと、成瀬なるせたち四人組の筆頭は、豪華な召物を無理やり着せられ、親戚への挨拶をさせられているところであった。


 かったるいみたいな行事にも、嫌気がさしてきた元日の午前九時。豪邸という言葉ですら、その説明には不足ある玄関のチャイムを連続で鳴らす不埒な人間が、彼の親友こと河北かわきたであると気づくのに時間はかからなかった。



「―――ふぅ。よし深呼吸して落ち着いた! んで成瀬なるせは今どうなってんだ早く教えろっ!」


「落ち着いてねーじゃんか! 襟首掴むなっ今教えるから―――」



 早坂はやさかは、河北かわきたの首元をがっしり掴んだままで、彼の言葉を待った。五秒ほど置いて、河北が震える声で話し始めた時は、いくら肝の据わった早坂と言えど、幾分か血の気が引いたものだった。


 ―――成瀬なるせが詳細不明の衝撃を脳に受け、昏睡。


 おそらく、甘衣あまい 凪乃なのが―――成瀬なるせの恋人彼女が、堪えきれずに一足早くをやった、ということだけが分かった。


 責める気にはなれない。何せ、早坂たちですらも何度成瀬に秘密を打ち明けてしまおうか―――と考えたかは、もはや両手の指では数えきれない回数に達していたからだ。


 ―――恋人甘衣あまいからすれば、想いを伝え合った相手が他人のように振る舞っているのだから―――数ヵ月に渡るその生活の行き着く先―――そこで、我慢の限界が訪れても何らおかしくはなかった。


 いや、とっくに我慢なんてできない精神的状況に陥っていたことは間違いない―――けれど、新年を迎えるまでは何とか我慢したのだ。


 まさか、自分を―――


 ―――恋人である自身を思い出させることが、甘衣あまい 凪乃なのを『隣の席のクラスメイト』ではなく、成瀬なるせ かえでにとっての『一番大切な人』であると、思い出させることが、脳の自己破壊を招くになってしまっただなんて―――


 一年前の以来、成瀬なるせは変わった―――変わってしまった。


 事故の衝撃によって、消失した親友たちとの記憶、学校での記憶、そして恋人の記憶―――


 それらを、どうにか思い出そうとするたび、成瀬なるせの脳には強い負荷が掛かった。


 それでも、思い出したかったのだ。けれど、成瀬なるせ かえでの肉体がそれにリミットを掛け、かつての記憶を思い出すことができないようにした。


 ―――思い出そうとすれば、脳自体が壊れてしまう可能性があるからだ。


 しかし、甘衣 凪乃がそれら大切な記憶を無理やりに揺すり起こしたのが、つい二時間ほど前のこと。


 普段は、九州の田舎の地域―――宮崎に暮らしている彼ら。


 できるだけ大きな病院へ、ということで東京の医療施設へと運び込まれた成瀬なるせ


 そして彼の脳は、現在それら膨大な情報に―――失いたくないと願った大切な記憶に押しつぶされまいと、何とか情報の処理を続けている。


 一年前の事故によって欠損してしまった頼りない脳機能で、何とか耐え続けているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る