第4章 僕

第38話 僕(1)

「初日の出って見たことないんだよねぇ」



 12月29日という年の瀬に、甘衣あまいさんはそう言った。


 初日の出とは、言わずと知れた新年の風物詩である。太陽は、いつだって昇って来るし、いつだって陽光で僕らの目を眩ませてくる。


 けれど、人は『区切り』というものを大切にする生き物だ。


 2026年、初めて昇る朝日を目の当たりにしたい、という人々の願いは尊い。


 なので、年末にいきなり連絡してきて(映画のあとに、僕から交換しようと申し出た。やったね!)初日の出を見たいと誘いつけてきた甘衣さんの思惑だって、間違いなく尊いのである。


 僕はスマホの通知が鳴り『なるせ! 日の出いこ』という短い文面を見た時、部屋でちょっとダンスした。


 映画館でのできごと以来、甘衣あまいさんはちょっぴり元気がなかった。


 それがどういう理由のもとで―――


 僕が絡んでのことなのか、は依然として不明である。


 だけど、こうして僕のことをまた誘ってくれたことは、僕をそれなりに安心させた。あの涙の理由を探すための良い機会にもなるので、僕は甘衣あまいさんと初日の出を見に行くことを決めた。



甘衣あまいさん、また前回のメンバーを誘う感じかな』



 僕は、また大人数で初日の出見物に行くもんだと思って、そう連絡を入れた。ポコン、という音がして僕が打ち込んだ文字列が、吹き出し形式で画面に表示される。


 一分ほど経って、すぐに返信は来た。



『ふたひで』



 返ってきた文字列は、意味を成していなかった。が、直ちにもう一度短い文章が。



『ふたりで! いこ』





***





 初日の出を見るためには、ずいぶん早起きしなければならない。作戦会議をするために、前日の昼に僕と甘衣あまいさんは喫茶店で集合した。


 カフェモカを頼んだ甘衣あまいさんは、鑑賞スポットを近くの海沿いに決めた。僕も異論はなかった。この街にやって来て、日の浅い僕は、あんまり地理が分からないからね。


 甘衣あまいさんは『成瀬が決めてもいいんだよ。ほかにおすすめの場所はない?』と僕に聞いた。甘衣あまいさんの好きな場所がいいな、と答えると彼女は楽しそうに笑った。


 それに付け加えて、僕が『この辺りの地理にも慣れて来たところだから、来年行く時は、僕も秘密の場所を見つけておくよ』と答えた。


 それを聞いた甘衣さんは一瞬だけ顔を引き攣らせたが、すぐに優しい笑顔に戻った。僕の頭には、映画館で感じた違和感が蘇ってきて寒気がした。

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