第34話 きみが甘いわけ(4)

 意味不明な作戦を強行したのには、理由がある。


 もちろん、もしかすると甘衣あまいさんは、ただ映画中に眠たくなっただけの人かもしれない(旅行の前日に眠れず、当日に寝てしまうアレ)とも思った。


 しかし、甘衣あまいさんから何だか―――どう表現していいか分からないが、どうしようもなく苦しそうな雰囲気を感じたのだ。


 根拠は無い。無いのだが―――不思議とそう感じた。





***




 

 僕は、甘衣あまいさんをシアター外へ連れ出すことに成功した。


 人目につかない場所へ、今度は僕の方が彼女の手を引く。


 今度は、明確な根拠のもとで僕は行動している。


 


 その理由は、甘衣あまいさんが泣いていたからだった。


 


 シアターの外へ出て、照明によって照らされた彼女の表情は、明るかった。けれど、どうしようもなくその大きな目は泣き腫れていたのであった。


 彼女の顔を見た僕は、目を飛び出んばかりの勢いで刮目かつもくさせて驚いた。



「うぁ、うぁまいさん!? ど、どうしたのさ。こ、怖かった? 怖すぎたかあの映画。そうだよね僕も……」



 僕の悪いところだ。うっかり捲し立ててしまうこの癖は、直した方が良いと誰かに言われたことがある。


 焦る僕を見て『へ?』と首を傾げたあとで、自身の目元を取り急ぎぺたぺたと触る甘衣あまいさん。



「ふぇ!? う、嘘っ―――目ぇ腫れてる? ももも、もしかして、赤くなってる?」


「嘘吐いても仕方ないから正直に言うと……おっきな目が真っ赤に」



 僕の言葉を聞いた甘衣あまいさんは『しまった』と呟いて、その口に両手を当てた。それから、僕に対して謝罪を口にした。そんなもの、望んでもいないのに―――



「―――ごめん。せっかくの映画なのに……」



 どういう訳があって涙を流していたのかは、分からない。けれどそれを聞くのは無粋だし、なにより甘衣さんが実際に涙を零していたことが分かったのだ。外へ連れ出して正解だった。


 理由は分からないが、悲しそうな表情の甘衣あまいさんを見ていると、どうにも胸の奥底がちくちく痛む。さっき、ロビーで彼女と話す山田に感じた『胸のちくちく』とはまた違う。


 ―――何だか、過去にも感じたことがあるような、そんな懐かしい痛みだ。だが、僕が今やるべきことは、遠い昔に経験したかもしれぬ胸の痛みに―――その感傷に浸ってセンチメンタルな気分になることじゃない。


 目の前で、何らかの理由で涙を流した『隣の席の甘衣あまいさん』を甘やかしてやることだ。



「いや、僕もあの映画怖くてさ―――あのまま放っておくと、チ……チビる危険があったものなので、丁度良かったというか―――いやその言い方はおかしいかごめん……」


「ふっ……な、何それ」



 甘衣あまいさんが、くすっと笑った。僕のくだらない言葉で笑ってくれる彼女の笑顔は、いつも通り素敵だ。



成瀬なるせは、ずっと変わんないねぇ。何か元気出てきたかも」


「そっか、良かったよ」


「なんか、ごめんね? 映画の途中だったのに……」


「いいんだ。僕もチビりそうだったから」



 あまりネタを擦るのはやめた方がいいだろうが、素人の僕にはそんな考えはない。なので、何度でも『チビる』を使用する。



「ま、また……それやめてって。こんなとこで大笑いしたら、わたしの声響いちゃうでしょ? はそういうとこあるよねぇ……」



 どうやら短い付き合いの中で、僕の『ネタを擦りがち』という特性にさえ気づいているらしい。恐るべし、甘衣あまいさんだ―――


 

 ―――ん? 今何て……?


 彼女は、今僕のことを、何て呼んだ?



 栗色の髪の毛をイジるクラスの隣人は『ほら、チビる前に行っておいでよ……ぷふっ……』と一人でにやにやしている。元気になってくれたのは、本当に良かった。良かったのだが……


 今、僕は『成瀬』ではなく『楓くん』と呼ばれたような。

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