第33話 きみが甘いわけ(3)

 くっ……これも、甘衣さん流のいたずらなのかっ……?


 にしては、ちょっとレベルが高すぎないかぃ……?


 も、もう心臓が保たん。心臓どころの問題じゃねぇ。肝臓とか腎臓も保たねぇよ。


 そんなことを考えていると、映画が和やかなシーンに入った。公園で子どもたちが走り回っていて、大きなボールでキャッチボールをしている。


 すると、甘衣さんの右手が緩んだ。握られていた僕の右手は解放されたが、僕の脳みそは依然としてパニックだ。なので、シアターシートの肘置きで固まったままである。


 かろうじて和やかなシーンで手を離してくれたということは、きっと甘衣さんはホラー映画が苦手なのかもしれない。


 とりわけ、この映画はホラー映画ランキングの中でも上位にランクインするほどの良作だ。


 それもあって、うっかり僕の左手を女子の手と勘違いし、握ってしまったのかもしれない。


 甘衣さんは、こんな場面でまでいたずらを仕掛けてくるような人では無い(多分)し、恐らくはホラー映画の怖さのせいでちょっぴり冷静さを欠いてしまったのだろう。


 甘衣さんだって、女の子なんだからそれくらい、普通のことだ―――



「―――い……」



 甘衣あまいさんの影が、俯いたままぽつりと小さく呟いた。けれど、映画のサウンドが大きすぎるせいで、内容までは聞き取れない。


 直感的に、僕は『怖い』と言っているのだと解釈した。これが理由なら、さっき唐突に僕の手を握ってきたこととも辻褄が合う。


 こういう時、イケメンならどうするだろう。へい甘衣ちゃん。怖いなら僕の手でも握ってな―――とか言うのか?


 仮にこれが模範回答だったとしても、前提条件の『イケメン』は僕に適用されていない。なので、悲しきかな考えるだけ無駄である。


 なので、僕なりに甘衣あまいさんの恐怖を受け止めてあげよう―――と、手を握られて満更でもなかった僕は、無責任にもそう思ったのであった。というか、それじゃ何もしていないのと同じか。


 甘衣さんを安心させてあげるには、どうするのがいいだろう。山田と河北かわきたが恐怖のあまり男どうしで抱き合っているが、そんな感じでイチャつくのは論外である。


 そんな中、真っ先に頭に浮かんできたのは、昨夜見た深夜ドラマの一幕だ。


 偶然にも、そのドラマでも交際している男女が映画を鑑賞しているシーンがあった。彼らと僕らとの状況で、異なっている点は『付き合っているか、いないか』ということである。無論、僕らは後者。


 なので、この作戦が功を奏するかは分からない。しかし、せっかく映画に来たのだから、安心させて楽しませてあげたい気持ちもある。


 でも、甘衣あまいさんが俯いたまま、僕と手を繋いでいるのを見ると、もしかするとシアター外へ連れ出してあげた方がいいんじゃないのかな、とも思えてくる。怖すぎて、目も開けられなくなっているのではないだろうか。


 しかし、それも暗闇の中では確認できない。かと言って、本人に『大丈夫? 外へ行くかい?』と聞くのも何だか違うような気がする。


 ならば、僕の出すべき答えはこうだ。僕は甘衣さんに向かって小さく呟いた。



「お腹空いちゃったなあ何か買いに行かない?」



 ―――意味不明である。


 確実に意味不明だ。映画鑑賞の途中で『お腹空いた』などというばかやろうがどこにいるだろうか。

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