第29話 作戦失敗したけど、甘い(2)

 広告たちもいよいよ終盤に差し掛かるか―――と思われた。周囲で小さくおしゃべりをしていた客や女子たちも静まり返る。いよいよめちゃくちゃに怖い映画がスタートする―――


 その時、僕から最も遠く、左側にある人影がもぞもぞと動き出した。甘衣あまいさんだ。


 と、甘衣あまいさんの華奢な影が中腰で立ち上がった。そのまま、頭を低く下げて『すみません通ります……』と僕らの前を通過していく。一体どうしたんだろう。


 僕も、足の位置をずらして甘衣あまいさんが通りやすいように配慮する。細い身体がするすると僕らの前の狭いスペースを通り過ぎていった。



甘衣あまい、どうしたんだろうな」



 早坂はやさかが僕に耳打ちした。辺りは真っ暗で何も見えやしない。



「多分お花摘みだろうから、戻ってきても聞いちゃ駄目だよ」


「お花摘み? 花畑なんてないだろ」


「早坂、君ってヤツはいったいどうなってるんだ。それはジョークかい?」


「おいおい今の言葉のどこに面白いポイントがあるんだよ」



 早坂はお花摘みを知らなかった。どうなっているんだ?



「悪い、成瀬なるせ。俺飲み物買ってくるわ」


「もう飲み終わったの!?」


「ああ。今日という日が楽しみすぎて、お前らとたくさんおしゃべりした結果、喉が乾きすぎてサイダーをガブ飲みしちまった」


「ナチュラルに可愛い発言やめてよ……というか、高いよ? 映画館の中の自販機は。それとも、またロビーの売店まで戻るつもり?」



 暗闇の中で、早坂はやさかが首を左右に振ったのが見えた。そして、へらへら笑いながら小声で続ける。



「いや、意味分からんくらい高い自販機で買うぜ。わざわざロビーまで戻ったらさ、金欠大学生みたいだろ? いやしいって」


「金欠大学生の事情も知らないで何てこと言うんだ。それに、僕らだって金欠中学生だろ」


「それもそうか」



 そう言うと早坂はやさかは、クッション性抜群のシアターシートから腰を上げ、僕の足を間違えて踏んづけてからシアター外へ向かった。痛いよ!

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