第20話 風邪をひいたって甘衣さんは、甘い(5)

「へぅ……」



 僕は甘衣あまいさんの柔らかい栗色の髪の毛に触れた。これ何? マジで何なの? これは許されるのか?



「よかったね、なのおねえちゃん」


「う、うん良かった……よ……」



 甘衣あまいさんは、もしかすると熱でおかしくなった可能性がある。あと、僕自身もこの空気感に耐えられん。


 そうだ、窓を、窓を開けよう。この火照った空気を外に流し込め……じゃなくて、入れ替えろ!



「ちょっと暑いなぁ! うんちょっと暑い! ちょっと暑いので、窓を失礼!」



 年末もいいところなのに、何だ『ちょっと暑いので、窓を失礼』って。僕も熱があるのかもしれない。


 しかし、現在の時刻は17時。しかも真冬だ。寒いに決まっているのに、窓を開けた代償はかなり高くついた。



「のわっ寒い! すみません、やはり閉めます!」



 僕は、5秒の間に窓を開け閉めするだけの変な人になってしまった。



「ご、ごめん甘衣あまいさん。冷風を部屋に滑り込ませてしまって」



 桃色の頬を僕に向ける甘衣あまいさん。彼女は何かを言おうと口をぱくぱく動かしたが、入ってきた冷たい風が、室内にあるアイドルポスターをなびかせた音でかき消されてしまった。


 再び室内に訪れた静寂を打ち破ったのは、澄乃すのちゃんだった。



「ねぇなるせ。さっきから『あまいさん』ってずっと呼んでるけどさ、すのの『あまいさん』なんだよね」


「え? ……ああ、たしかに言われてみれば……」


「どっちを呼んでるのか分からなくなっちゃうの、こまるよね」


「そ、そうだね。澄乃すのちゃんのことは、ちゃんとお名前で……」


「なのおねえちゃんのことは、どうして名前で呼ばないの?」



 この澄乃すのちゃんは、もしかすると神童なのかもしれない。恋愛フラグを生み出す神童なのかも。


 しかも、当たり前だが小学1、2年の子がそんな芸当を狙ってできるはずもなし。つまり、澄乃ちゃんは天性の恋のキューピッドである。



「そ、それはね? 中学に入ると、自然に名字で呼ぶ人が多くなって……」


「そういうのわかんない。すののともだちは、みんな『すの』って呼んでくれるよ? おねえちゃんがかわいそう」



 のわぁぁぁぁぁぁ!


 確かにそうだ。妹たる澄乃すのちゃんだけをお名前で呼んで、姉である甘衣あまいさんには他人行儀なんて、なんか駄目な気が……いや別にいいのか? 分からなくなってきちゃった。


 とにかく、澄乃すのちゃんは姉への礼を重んじる良い小学生だということが分かった。


 依然として、甘衣あまいさ……じゃなくて凪乃なのちゃんはベッド上にぺたりと座ったままだ。



成瀬なるせ、無理しなくていいよっ! 澄乃すののわがまま……だから。多分。わたしは、別に呼んでほしいとか思ってないから。多分」



 僕の頭は、もはや(?)だらけだ。


 しかし、そこに神童の澄乃すのちゃんが被せる。



「え? でもこの前は……なるせのことを、なま」


「うわあああああああああ! それ無し! それは駄目っ!」


「へんなおねえちゃんだな」

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