3. 招かれざる客

頭がくらくらして、こめかみをぐっと押した。

少し休んでからまた道を歩いていると、どこからか三人が飛び出してきて道を塞いだ。


「俺たちのシマに誰が入っていいと言った?」


人を小馬鹿にしたような声。

角刈りとモヒカン頭。

そして光り輝く男が俺の前に近づいてきた。


「飯食いに行くのにお前らの許可がいるのか?」

「こいつの言い草を見ろよ。ここは俺たちクランが占領した場所! 通るなら通行税を払うのが当然のこと!」

「ふざけんな。俺は飯食いに行かなきゃなんねーんだ。」

「まだ食ってねぇのか?」

「ああ。」


三人は同じ孤児院の同期だった。

血気盛んな男たちがそうであるように、三人は金稼ぎを探し求め、それがクリスタルを売る仕事だった。

危険だが稼ぎは悪くないらしい。


「飯は重大事項だしな。」

「俺らも食いに行くか?」

「お前、食ってきただろ。」

「夕飯まで前もっと食っとけばいいじゃん。」

「イカれた野郎だ。」


間抜けどもが互いに言い争う姿を見ていると、余計に疲れてきた。


「俺は腹減ってんだ。痴話喧嘩は家に帰ってやれ。」

「あ、ソーリー。」

「ところで、お前がこの時間に仕事に行かないなんてどういう風の吹き回しだ? もうクビになったか?」

「疲れたから今日は休むと言ったんだ。」


俺が休むという言葉に驚く三人。

そうして道を開けた。


「金の亡者が珍しいこともあるもんだな。」

「顔見ると疲れてるみたいだな。行って飯でもたくさん食っとけ。」

「ああ、またな。」


俺は別れの挨拶をして歩き出した。

数歩も行かないうちに、背後から呆れた言葉が聞こえてきた。


「おい! 辛かったら言えよ。俺たちと一緒に働けばいいんだからな!!」


その言葉に中指を立ててみせた。


「クソ食らえ。」


異世界でも金があれば大抵のことはできるというが、前世の観念のせいか、あんな仕事には関わりたくなかった。


翌日、俺は朝早く事務所に向かった。

出発時間まで随分あったのでソファにもたれて目を閉じていると、ゴブリン所長があの事件についてそれとなく尋ねてきた。


「どうなったんだ?」

「何がですか?」

「知らなくて聞いてるのか? ハンスとジョシュのことだよ。」

「二人とも死にました。」


二人とも死んだという言葉に。

頭をガリガリとかきながらイラつく所長。


「あーくそ、最近使える奴を見つけるのが難しいってのに、やっとマシになってきたと思ったら。どうしてだ?」

「死ぬのに理由が必要ですか。間抜けなら死ぬってだけでしょう。」


もちろん、ドラゴンの死体のせいで目がくらんだのが大きいが、死人に口なしというやつだ。

実際、俺の言うことを聞かずに馬鹿な真似をして死んだんだから、大して変わりはない。


「お前も一緒に行っただろ。」

「言うことを聞かないのに、俺にどうしろって言うんです?」

「うーむ……頭が悪いなら体だけでも丈夫だとかさあ、役立たずな連中め。」

「それ、俺に言ってるわけじゃないですよね?」

「チッ。奴らが使ってた物は?」


電気ショックの棒(スタンバトン)のことだ。


「倉庫に置いておきました。」

「よくやった。」


それも最下級とはいえ、一応アーティファクト。

一つを中古で買おうとしてもかなりの金を払わなければならないため、回収しておいた。


俺がなくしたわけじゃなくても、持って帰らなければ同じチームだったという罪で俺の金が巻き上げられただろう。

人は死んだが、所長に金銭的損失はなかったため、二人についての話はそれ以上出なかった。


些細な事故があった後も、仕事は着実にこなした。

なぜか仕事をしても以前のように疲れを感じなかった。


そうして二週間ほどが過ぎた頃。

どこかで風邪でも移されたのか、元気そのものだった体に寒気が走った。

体からは冷や汗が流れていた。


俺はスプーンを持つ力もなくて食事も抜き、

ベッドに横たわって、身動き一つせずに寝て過ごした。



頭に牛の角を生やした獣人のミノは、巨大な六角棍を手に、ユジンのワンルームを訪れた。


手にはジャラジャラとした鍵束。

その中の一つを差し込んでドアノブを回すと、扉が開いた。


ガチャリ。

ギィーッ。


部屋に入ったミノは、ベッドにうつ伏せになっているユジンに向け、大きく吸い込んだ息を吐き出した。


「ユジィィン─!」

「!!」


ガバッ。


布団を頭まで被って寝ていた俺は、耳をつんざくような大声に驚き、飛び起きた。


「?」


なんだ?

なんでこいつがここに?

まだ家賃の支払日まで日があるはずなのに。

どういうことか状況が飲み込めなかったが。

とりあえず布団をのけ、床に放り投げてあったズボンを拾って穿いた。


「いくら入居者だからって、急にこんな風に押しかけてくるのはあんまりじゃないか?」

「あ?」


俺の言葉が気に食わないのか。

鬼のような形相で顔を歪める。

興奮しているのか、息をするだけで鼻息が荒く噴き出していた。


「俺が来ちゃいけねぇ場所に来たとでも言うのか?」


顔が強面すぎて怒る姿は怖かったが、俺の権利を守るために勇気を出した。


「お前が大家なのは知ってるけどさ。それでも住人のことは考えてくれよ。こんな風に急に来られたら俺も困るんだ。」


言い方を間違えたか?

顔だけでなく首まで赤くなった。

かつては名を馳せた傭兵だったというが。

少し怖くはあるが、俺は悪いことはしていないし、堂々としていることにした。


だが、刺激が強すぎたのか。

ミノが建物が揺れるほどの大声で怒鳴った。


「ユジン!! この野郎!!! これまで家賃を一度も滞納しなかったからって、俺が大目に見てやるとでも思ったか? 本来なら昨日来るはずだったが、お前だから一日待ってやったんだぞ。家賃がもう二日も遅れてるんだよ!」

「え?」


驚いた。

飯も食わずにベッドで唸っていただけで、あっという間に数日も過ぎていたとは?


そういえば体も痛いところはなくすっきりしていた。

数日経ったことを認識すると、腹が減ってきた。


早く追い返して飯を食おう。


「家賃の支払日から二日も過ぎてたって?」

「ああ。」

「……ちぇっ、体がだるくてそんなに時間が経ってたとは知らなかったよ。金はすぐ払う。」


俺があっさり過ちを認めると。

烈火のごとく怒っていたミノの気勢も削がれた。

彼は赤黒い棍棒で俺を指して言った。


「これまでは騒ぎも起こさず真面目だったから今回だけは見逃してやるが、次はねぇぞ。」

「ああ、起こしに来てくれてご苦労さん。シャワー浴びたらすぐ入金しに行くから、もう出てってくれ。」


シッシッ。


ミノが鼻を鳴らしながら棍棒を下ろした。

他の連中は血に染まった棍棒で頭をカチ割られていくというのに、あんな物騒なものを俺に突きつけるとは。


「てめぇら何見てんだ。また殴られたいか? とっとと失せろ!」

「ヒィッ。」

「無知な野郎め!」


棍棒を持って指差し怒鳴りつけると、集まっていた野次馬たちが仰天して逃げ出した。

おかげで俺の住むワンルームは他所より事件や事故が少ないから、悪いことばかりでもなかった。


ミノが出て行ったらシャワーを浴びに行こうとしたが、彼は途中で足を止め、隅に置いてあった袋を見て何かと尋ねた。


「……仕事先から持ってきたもんだよ。大したもんじゃない。」


内心そう思ったのも束の間、ミノが袋をポンポンと叩いて言った。


「以前、ある野郎が爆弾をワンルームに持ち込んだことがあってな。もちろんユジン、お前の言う通り大したもんじゃないだろうが、一応確認はさせてもらおう。」


爆弾を?

寝てたらあの世行きだったのか?

いや、今はそんなことが重要なんじゃない、彼を止めなきゃいけない。


俺は手を挙げてミノを制止した。


「待った!」

「……?」

「今片づけるから!」

「そうしろ、俺だって人の物を勝手に漁る趣味はねぇ。」


それでも話が通じる奴でよかったと思った矢先。

ミノが肩を揺らして笑うと、上に載せてあった服をどけて袋をめくった。


「人間族の分際で、これまで行儀が良すぎると思ったぜ。何を隠しているんだ。死体か? 爆弾か? それとも……はっ!!」


袋の中身を見たミノが仰天した。

盲人でもドラゴンの鱗を見れば目が開くというのに、よりによって金の亡者にバレてしまった。

どうせバレたなら、ミノの人脈を利用して鱗を処分すればいいんじゃないか?

分け前を渡したとしても、その方が都合がいいかもしれない。


俺は呆然としているミノに声をかけた。


「見ての通り、普通の代物じゃない。」

「え? あ、ああ……そう見えるな。どのモンスターの副産物だ?」

「ドラゴンの鱗だ。都市の主が宴の時に使ったという。」

「ドラゴンの鱗だと?」


ガラガラッ。


魅入られたように一枚を手に取る。

あちこち眺めながら感嘆する彼を見て。

今がチャンスだと見た俺はそれとなく切り出した。


「そろそろ処分しようかと思ってるんだが、いい所があれば紹介してくれよ。紹介料は弾むからさ。」

「確かにこんな物はどこででも売れるもんじゃねぇ。ハエがたかるからな。ふむ……俺が信用できる場所を知ってる。傭兵時代にたまに行ってた所だ。」


肯定的な反応。

断られたらどうしようかと心配したが。

運良く上手くいくかもしれない。


「こんな代物なら、二束三文ってわけにはいかねぇな。」

「8対2でどうだ? もちろん俺が8だ。」

「それなら十分だ。」


家賃を取りに来て思いがけないあぶく銭を得ることになり、満足したのか口元が耳まで裂けんばかりに緩んだ。


「よく聞け。そこはどこかというと……イザベル工房だ!」


少し間を置いて場所を告げると同時に。

不意打ち気味に釜の蓋ほどもある手で俺の首を鷲掴みにした。


「ぐっ。」


床から浮く足。

ミノが片手で俺を持ち上げた。


首を絞める彼の手で俺は息が……息が?

確かに呼吸が苦しくなるはずなのに、何の異常もない?


ミノは周辺では強者として通っていて。

住民たちの間では自警団であり恐怖の対象だったが。

なんだか相手にできるかもしれないという気がした。


「教えてやったんだから、あいつらは俺がいただくぜ。物について知っている人間は少なければ少ないほどいいからな……」


俺の物を強奪するだけじゃ飽き足らず、殺そうとしてきやがる。


「おいこの野郎。他の連中がお前が俺の部屋に入ったのをみんな見てたぞ!」

「んふふ、死人が喋るのを見たことあるか? ユジン、お前はいい奴だったが、爆弾を持ち込んだのは実に惜しいことだ。」


さっき俺たちが一緒にいるのを見た人間があれだけ多いのに、自分の建物で俺を殺そうとするなんて、やっぱり評判なんてものは信用できたもんじゃない。


「あばよ!」


ミノが棍棒を俺の頭に狙いを定めて振り下ろす姿に。

俺は怒りが込み上げるのを通り越して、奇妙なほど頭と胸が冷たくなる感覚を覚えた。


いや、実際に手に霜が降りていた。


異常現象に気づいたミノの目に一瞬異様な光が宿ったが、彼は動きを止めなかった。


俺は左手でミノの手首を掴み。

右手で俺の頭を狙う棍棒を受け止めた。


ガシッ。


「あ、いや。お前がどうやって?」


ミノはユジンが棍棒を掴んで止めたことに困惑した。

その困惑はすぐに、人間にコケにされたという怒りに変わった。


運のいい奴め、覚醒しようとしているようだが無駄だ。

お宝を持ってきてくれた功労を考えて一発で終わらせてやろうとしたのに!


「貴様ァァァ!!」


突然の叫びと共に首を絞める力が強まった。

俺は棍棒を掴みはしたが、力では敵わないことを悟った。

棍棒を放して首を解こうとすれば、また俺の頭を狙うだろう。


どっちつかずの状況で、俺は男としてやってはいけないことをした。

股間を思い切り蹴り上げたのだ。


カーン。


信じがたい音。

鉄板を蹴ったような音が響いた。

牛の獣人の股間は金属でできているのか?


会心の一撃が防がれたことに、下唇を噛みしめた。

そんな俺を見て、ミノが黄色い歯を見せて笑った。


「フフ、俺のパンツは頑丈だからな。」


このままではなすすべなくやられる状況。

その時、未だに手から冷たい霜が漂っているのが目に入った。


本能が囁いた。

この状況を打開する方法があると。

ミノが首を絞めてくる状況でも。

俺は冷静さを保ちながら全神経を両手に集中させた。


パキパキッ。


世界が凍りついた。

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