腹ぺこドラゴンと雲カフェはじめました。

永久保セツナ

腹ぺこドラゴンと雲カフェはじめました。(1話読み切り)

 広場に停められたキッチンカーに、奇妙な看板がかかっていた。


『雲カフェ、はじめました!』


「なんだこれ?」と足を止めて、その看板をしげしげと眺めるドワーフの若者。

 そこへ、キッチンカーの中から男の声がかかる。


「よかったら、雲パフェおひとつ、いかがですか?」


 雲カフェの店長――エルフのブルースがニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべていた。


「ボクの分の雲をちゃんと残しておいてよ、ブルース!」


「ああ、わかってるよ、シエル」


 ドワーフはぎょっとする。

 ブルースが会話しているのはキッチンカーの裏から顔を出した、巨大なドラゴンだったのだ。


 ブルースがドラゴンのシエルに出会ったのは、ハーブ採取のために山に登ったときである。


 「えーっと、食えるハーブはっと……珍しいキノコでも生えてりゃ、高値で売れるんだがなあ」


 ブルースは図鑑を片手に、山の草木を見比べていた。

 薬草やキノコは商人に高く売れる。

 夢中で探すうち、気づけば山頂近くまで来てしまっていた。

 標高の高い山の頂上は雲がかかっており、辺りは霧に包まれたよう。

 とはいえ、彼は魔法のロープを持っている。

 道に迷っても行くべき場所を指し示し、無事に帰ることができるスグレモノだ。


「この辺には雲以外になんか金目のものはあるのかな」


 ブルースは少しでも生活の足しになるものはないか、雲の塊の中を突き進む。

 ふと、なにか壁のようなものに突き当たった。


「……ん? 壁? 山のてっぺんに壁があるのはおかしくないか?」


 この山の頂上に建造物があるとは聞いていない。

 手探りで壁を撫でると――それはもぞもぞと動いた。


「わぁっ!?」


「うん? 誰ぇ?」


 ブルースの頭の上から声が降ってくる。

 やがて、それは彼に顔を近づけた。


「ど、ドラゴン!?」


「うん。ボクはシエル。キミは?」


「ぶ、ブルース。こんなところで何をしてるんだ?」


 ドラゴンというのは、この世界でもめったにお目にかかれない生物だ。

 人語を解し、空を飛び、知能も力もある最強種。

 しかし、彼らが人の前に姿を現すことはほとんどない。


「何って、雲を食べてるに決まってるじゃないか」


「く、雲ぉ?」


「ボクの好物なんだ。とってもおいしいよ」


「ふうん……いや待てよ。雲って人間でも食えるのか?」


「もちろん。綿あめみたいな感覚で食べられるよ」


 シエルと話しているうちに、ブルースにある名案がひらめいた。


「なあシエル、俺と一緒に手を組まないか?」


「何をするつもり?」


「雲を料理したら、きっともっとおいしくなる。お前が雲を取ってきたら、俺がそれを料理して食べさせてやるよ」


「ホントぉ? 雲料理って食べたことないや!」


 こうして、契約を結んだブルースとシエル。

 ブルースはキッチンカーを借りて「雲カフェ」を作り、シエルに採取してもらった雲で様々な料理を考案した。

 雲パフェ、雲アイス、雲コーヒー、雲ジュース……。

 それらは瞬く間に話題になり、連日多くの客がキッチンカーに押し寄せる。

「食べていると、不思議と大切なものを思い出させてくれる」という評判だった。


「ククク、雲を売って一儲けする作戦は成功だな。雲ならお金もかからないし、シエルも給料代わりに雲を食べさせるだけで働かせられる。これで俺は億万長者だ!」


 しかし、この思惑も長続きしない。

 シエルが大量の雲を採取し、ブルースが雲カフェで料理として提供しているうちに、空からは雲がどんどん減少していたのだ。

 雲が無くなると雨が降らなくなり、日照りで作物が取れなくなってしまう。

 雲が空から消えている理由が雲カフェのせいだと知り、クレームが殺到した。


「これはまずい! シエル、もういい! これ以上、雲を取らないでくれ!」


「嫌だね。これはボクの食べ物だ! 過剰に消費したのはブルースの問題じゃないか」


 ブルースは困り果てた。

 そこで、雲以外の食べ物を次々と用意する。


「ほら、リンゴはどうだ? ジュースにすると甘くてとてもおいしいんだ」


「いらない。雲が一番おいしいもん」


 ぷいっとそっぽを向いたシエルに、ブルースは大弱り。


「そんなに雲っておいしいのか?」


「ブルースも一度食べてごらんよ」


 彼は雲を売ることに夢中で、味見をしていなかった。

 もこもこの雲をひとつかみして、一口食べてみる。

 雲は綿あめのように、口の中でほろほろと溶けていった。

 甘みと同時に、ブルースの脳内に変化が走る。


「これは……小さい頃の記憶。友達と森の中を駆け回って……あの頃は楽しかったなあ。どうして今まで忘れていたんだろう」


「当然さ。キミが食べたのはキミの記憶だからね」


「えっ? どういうことだ?」


「この世界の雲は、人間の頭から蒸発して忘れられた記憶で出来ているんだ。ボクは山のてっぺんまでのぼってきた雲を食べて、人間たちの記憶を保管するために生きている」


「そうか……だから……」


 ブルースは雲カフェの「食べていると、不思議と大切なものを思い出させてくれる」という評判を思い出す。

 当時は「ノスタルジーに浸るような味なんだろうか」と、さして気にしていなかったが、あのとき、客たちは雲を食べることで大切な記憶を思い出していたのだろう。


「シエル、ごめん。俺、何も考えずに雲を売って大儲けなんて、とんでもないことをしてた。もう雲で金稼ぎするのはやめるよ」


 頭を下げるブルースの姿にうなずいたシエルは、大きな口を開けて、腹の中の雲を吐き出した。

 雲はみるみる空を覆い、やがて恵みの雨が世界に降り注ぐ。

 こうして、空に雲の姿が戻ったのだ。


「いらっしゃい、雲カフェ、全品無料だよ!」


 その後、ブルースとシエルは無償で雲カフェを続けることにした。

 キッチンカーで世界を巡りながら、おいしい雲料理で人々に記憶を返す新しい生活。

 世界を巡るキッチンカーから、今日も雲の香りが漂っている。

 空には、忘れかけていた記憶の雲が、静かに戻っていった。


〈了〉

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