冬空を駆ける

蠱毒 暦

無題 約束の日〜最後の贈り物〜

あたしはよく…こんな夢を見る


雪の降る山頂 

麓にある町はイルミネーションで煌めいていた


傘を差さず、町に背を向けてフェンスに寄りかかった痩せ型で首にかけた銀色のロザリオ、白色のTシャツ、黒いズボンを着たボサボサな黒髪の男が曇天を見上げながら、あたしにボソボソと語りかける


何を話しているのかは分からず、朧げで…だけど語り合えば合う程、失意に染まった黒色の瞳が、僅かに揺れ動いていて…。


「…はっ。」


部屋のドアが閉まる音と一階から母の声が聞こえて、体を起こすと、窓から雪が降っているのが見えた。


今日はクリスマス・イブ。…だからといって、学校が休みという訳じゃないのに心底、ガッカリしつつベットから出て、肌寒さを感じながら制服に着替え、カバンを持って一階に降り


ズルッ。

「あ。」


気がついた時には既に遅し。足がもつれて、階段から転げ落ち、大きな音を立てて尻もちをついた。


「いてて……ああっ!」


その拍子で、カバンにつけていた子羊のストラップのチェーンを取り付ける金具が壊れてしまった。


お気に入りだったから、何とかしようとしていると母が急かして来そうだから、諦めて適当にカバンの中に押し込み、机に座って用意された朝食を食べる。


その様子を見て、母は「朝からそそっかしいんだから。」と言いつつ、「本当…元気になって良かったわ。」と言った。


どうして、そんな態度を取るのか。


全く持って記憶にないけど幼少期…あたしは重度の心臓病を患ってて入院生活を送っていたらしい。


それが突然、何の前触れもなく……深夜に奇跡でも何でも起きたのか、完治した。その時、子羊のストラップを右手に握っていたそうだ。


もし、母の言葉が正しかったら、あたしの運はそこで…いや、毎回気にしてたらダメだな。


さっきのも…単なる偶然で、今じゃもう信じるのもやめた神様の気まぐれ。


「ご馳走様!行って来るっ!」


手を合わせてから、席を立ってカバンを持ち、玄関に置かれた傘を取って、学園に向かっ


ツルッ。

「あ。」


開始1歩にして、積もった雪に足が滑って、尻もちをつき…同時に車が通った衝撃ではねた雪があたしの顔に直撃した。


「……」


記憶にないし、本当は信じたくないんだけど、あたしはとことん…運が悪いのかもしれない。


……


あたしはよく…こんな夢を見る


雪の降る山頂 

麓にある町はイルミネーションで煌めいていた


可哀想だと思ったのか、男を傘の中に入れてあげると、男はボソリと呟く


あたしが何かを答えると、男は俯いてしまった


どうして悲しそうなのかを聞こうとして…。


聖那せいな。」「聖那せいなちゃん…」


「お、おはよう?」


友達の声で目覚め、目をこすりながら体を起こす。


「あたし…いつから寝てた?」


「「朝会からっ!!!!」」


「たはは…ごめん。」


あの後、青信号なのにダンプカーに轢かれそうになったり、唐突に雪が強まった結果…雪山で遭難した人みたいな格好になっちゃって、教室に入る前に、2人が着替えとかあれこれ準備してくれたんだった。


優等生だったあたしが落ちぶれても尚、普通に接してくれる…この友情に、ただ感謝を。


幸いな点を挙げるならカバンの中身が、ずぶ濡れになった教科書以外、無事なくらい。子羊が守ってくれたりして…なんつってね。あたしはそういうのは信じない。


可能性はあるかもだが、あたしが見てる世界だけが…あたしの世界だ。


「もう放課後だよ?」「さっきまで名戯なざれくんがいたけど…1人で帰っちゃったから掃除当番よろしくね!」


「え、ええ!!!あたし達の友情は!?」


「バイバーイ♪」「また明日。」


あたしの机にちりとりとほうきを立てかけてから、教室から出て行ってしまった。


友情とか抜きにしても…流石に今回はあたしが全面的に悪いし、さっさとやって帰ろう。


名戯なざれくん……ね。」


高校に入学してからずっと同じクラスで、くじ引きだろうが、必ずあたしの左隣の席を陣取る品行方正がモットーであり、キリスト教系の聖マリウス学園始まって以来の『変わり者』。


滅多に登校せず、教員は勿論、先輩後輩問わず、他の生徒は1度は目撃した事があるらしいが、あたしだけは運がないのか、タイミングが合わないのか…1度も会えていない。


あの2人も面白がって頑なに教えてくれないから…うーん。『変わり者』と呼ばれてるくらいだし、奇抜な格好とかしてたりして…なん


ツルッ

「あ。」


椅子から立ち上がった瞬間…床に落ちていた消しゴムが絶妙な角度で足裏に入り、机を倒しながら派手に転んだ。



少女Now清掃中………



掃除中に黒板がくるっと回転して、大きな白い袋が出て来て、それを元に戻したり、誤って水が入ったバケツを蹴飛ばしちゃったりで、学園を出る時には、すっかり夜遅くになっていた。


あたしはカバンからスマホを取り出す。


「一応、母に連絡しとっ…あっ。」

ツルッ


スマホを見て、路面が氷結していたのに気付けず、校門前で転び、カバンの中の荷物が路上にぶちまけられた。


クリスマス・イブだってのに、容赦ねえのな。


人通りがなかったのが幸いだったけど…バイトで稼いで買った防水加工がされた最新型のスマホの画面はバキッバキになり、使い物にならなくなっていたのが最悪で…


ドクンッ


「ん?」


僅かに心臓が痛みつつ、荷物を諸々拾って最後に子羊を回収しようとすると、誰かの手と重なって咄嗟に顔を上げた。


善良な人なら感謝の1つ。ドロボーなら、パンチの1発でも喰らわせて……


「は?」

「……」


そのどちらでもなく…あたしは反応に困ってしまった。


白色の付け髭に、黒色のサンタ服(帽子も含む)を着た、ボサボサの黒髪黒目の陰気臭そうな男。首に銀色のロザリオをかけてて…


「チッ…スマホが壊れてなきゃ、速攻で100当番してたってのに。」


「……金具、壊れてますね。」


かけてた銀色のロザリオを取ると、男が子羊を手に取ったまま、立ち上がった。


「…っ、おい!まさか盗む気じゃ」


「サンタさんは贈り物はしても、盗みを働く訳がないでしょう…お返しします。」


見た目的にそうなのはそうだけど、誰だよ。町内会とかでこれをサンタに推薦した奴は?百歩譲っても、トナカイ役の方がまだマシだぞ。


「は?サンタはサンタでもお前はブラックサンタじゃねえ…あ、あれ?」


手に取ってみると、いつの間にか壊れた金具が新品同然に直っていて、しかも…チェーンまで取り付けてあった。


「何したんだ、お前?」


「……」


心臓が…何かこうドキドキして気持ち悪いな。


「……バレてしまっては仕方ありません。白状しましょう。私こそ、今まで皆さんの夢を叶えてきたサンタクロースです。」


「はいはい。んじゃな〜♪」


……追及したら負けだ。後で、修繕費とかふっかけられる前に、早々に退散するに限


ツルッ

「あ。」


「…っと。」


足早に去ろうとして、誰かが落としたであろうバナナの皮で転……ぶ前に男があたしの体を支えてくれた。


「大丈夫ですか。」


「あ、ああ…」


んー?……よく見ると、どっかで見たことがある気がする。昔、会ったか?ま…いいや。


「あれ…子羊の」


「これですよね。落とさないように、つけておきます。」


あたしがまた落としてしまった子羊を拾い上げると、カバンに取り付けてくれた。


自称『サンタクロース』を名乗り、見た目もヤバい奴だけど…話してみると案外いい奴かもしれないと思ってしまうあたしは…結構、チョロいのかもしれない。


「その…サンキューな。後、逃げようとしたの…謝るよ。」


「…お名前を聞いても?」


「唐突だな。まさかナンパ師かオメェー?」


そう冗談を言ってみるが、男の表情は何処か真剣だった。まるで、前世の恋人なのかどうか確認するみたいに…なんつってね。


変に心臓がドキドキするなぁ…ガサツなあたしには、恋愛なんて似合わねえのは、百も承知だってのに。


「あー。」


住所とか電話番号を聞かれてる訳じゃないし、クリスマス・イブに出会ったご縁って事で…まっ、言ってやってもいいか。


聖那せいな 星屑きらら。この通り、聖マリウス学園に通ってる。お前は?」


「ノーコメントでお願いします。」


「はぁ?」


「時間もないので…では、また。」


そう言い残して、無言で壁をよじ登ろうと悪戦苦闘し始める様子をジッと眺めて、元優等生のあたしはピーンと来た。


「お前、ここの学園の生徒か?」


「っく…YESかNOかと問われれば、YESです。いるなら私が壁を登るのを…て、手伝ってくれませんか?」


「目的は?」


「はい?」


「聞こえなかったかい?目的だよ目的。どーして、自称『サンタクロース』を名乗る者が不法侵入なんてしようとしてるのさ?」


「自称じゃないです…はぁ、はぁっ…贈るプレゼントを教室に隠してるからに決まってるでしょう…第一。不法侵入は古来より、サンタクロースのお家芸です。それを規制するなんて…この国は終わってますよ。っ…くっ、だから私は警察が嫌いです。」


成程ね。推理とかに頭使うのが面倒なあたしでも…流石に分かるよ。ついさっきまで、その後片付けをしてたんだから。


名戯なざれ肯定こうてい?」


「………!」


あ。落ちた…っ。また心臓がドキドキして来やがった。どーなってんだ?


……


あたしはよく…こんな夢を見る


雪の降る山頂 

麓にある町はイルミネーションで煌めいていた


傘に入れてあげたのに、男はあたしに対して、特に感謝することなく…またボソボソと呟く


殆ど覚えていないけど

この言葉だけは何度も言ってたから、覚えてる


◾️は歴史上、最も人間を生かし…最も殺した

———『咎人』である……と。


星屑きららさん。」


「ん…ぁ…眠ってた?」


机から顔を上げると、黒板の上にある時計は夜中の11時を指していた。


そう…あの後、あたしは、面白半分で協力してあげる事にしたんだったな。


星屑きららさんのお母さんには私から連絡しておきました。『私とサンタクロースやるから、今日は帰れません。』…と。深夜まで事務仕事なんてシングルマザーは大変ですね。お父さんが工事現場の事故で亡くなってなければ、まだ、落ちぶれてなかったでしょうに。」


「………ん?」


父の件はニュースで大々的にやってたけど…おいおい何で知ってるんだよ。あたしの薄暗い…心底つまんねー家庭事情を。


「知った様な口でペラペラ語りやがって…しかも、お前。あたしの事をしれっと下の名前で呼んでるし…これが初対面の筈だよな?」


「気に障りましたか?」


………。


「いや…いちいち気にしてたらキリがないってもんさ。まっ、気持ち悪い奴だって、レッテルは貼らせてもらうけどな!」


「それで結構です。時間もないので、早速これに着替えて下さい。」


赤色のサンタ服…成程ね。ブラックサンタの相方は、あたしがやれって事かい。トナカイ役は解雇されたのか…はたまた、会場で待ってるとかかな?


「はいよ。」


「えっ。」



少女Now着替え中……



「寒っ。ちょっとキツいし…このサンタ服のスカートの丈もどうなってんだ?短すぎるぞ!」


くるくるっと回ると、わーお…パンツが見えちまいそうだ、需要ねー。


「何だよその目…笑いたきゃ笑えよ。似合ってねーのは分かってるしな。」


「……私、まだ居ましたよ?」


そういえば、いたな…お前。


「それがどうした?まっ、この話題をまだ続ける気なら、気持ち悪い奴から変人…」


あ。元々…コイツ、『変人』だった。


「なら…変態にクラスチェンジするか?」


そう言うと名戯なざれくんは、慌てて訂正を求めることも、激昂することもなく…


「なーに、しょげてるんだ?」


「…何でもないです。」


思った反応が返って来ない。何も知らずに嫌なことをあたしが言ってしまったか、はたまたあたしがKYなのか…たははっ。さては、どっちもかぁ?……なんつってね。本当、変な気分だ。


あたしは机に置かれた帽子を被っていると、名戯なざれくんは、ぎこちない動きで閉じていたカーテンと窓を開けていた。


「自称サンタクロースが、変なトコでクヨクヨしてんじゃねーよ。で…会場は何処だ?」


「自称じゃなく後輩に許可を取ってやってる正式なサンタクロースですけど…そうですね。」


教室に隠してたって事は、聖マリウス学園の体育館とか?あそこなら結構、人も入る…でも、そんなイベントやるって言ってたっけか?


「では、私の背に乗って下さい。」


「おい!」


白い袋を右手に持ち、あたしの目の前で屈んでいるのを見て芸人でもねえのに、反射でツッコミを入れてしまった。


「それ…百歩譲っても、トナカイ役がやるもので、ブラックサンタ役がやるもんじゃねーぞ?解雇でもされたのか、トナカイ役?」


「早くして下さい。」


表情は真剣そのもの…とてもじゃないけど、冗談を言っているようには見えない。なら…モノは試しだ。


本当にサンタクロースなのか否かを見極められるかもしれない。


「チッ…もし重いとか言ったら、グーで殴るからな。」


「安心して下さい…星屑きららさんは軽いです。」


何を根拠に…なーんて思いつつ、あたしは名戯くん背に乗った瞬間、あたしが疑問を言う余裕を与える間もなく立ち上がって、窓の方に駆け出し……


「おいおい、マジか…」


また雪が降り始めた空へと、跳躍していた。


……


あたしはよく…こんな夢を見る


雪の降る山頂 

麓にある町はイルミネーションで煌めいていた


男の言葉の意味がよく分からず、首を傾げると

男は自嘲気味に笑い、また曇天を眺める


その様子を見て、あたしは段々と腹が立ち


気づけば、傘を後ろに投げ捨てていて…雪の冷たさを感じながら


しょげる男の右頬を全力でグーで殴っていた。


「はっ…」


聞き慣れない炸裂音や爆発音。潮風の匂いで、あたしは目を覚まし…急いで口元を拭いた。


「あ、ヨダレ出てた…恥ずっ!?」


「おはようございます…早速ですが、追撃が来ます。しっかり掴まってて下さいよ。」


暗くてよく見えないけど、海の上を…走ってるのか。どんな運動神経だ?


人間技じゃねーな。コイツ、本当に……


「…お。」


背後から無数の戦闘機や、どっかから飛んできたであろう、ミサイルがこれでもかと迫っているという非日常感に、あたしは笑った。


「随分と物騒な歓待だな!」


「サンタクロースは不法侵入、不法入国、領空及び領海侵犯…おまけにプレゼントを送る為なら手段を問わず平気で他の法を犯し、どの国にも属さないのがデフォルトな職業ですから。」


ピピピピピピピ!!!!


「長話する暇あるなら、ロケットみたいなデカいミサイルを撃墜するなり迎撃するなり、どーにかしろ!」


背後を軽く一瞥すると、ため息をついた。


「多少、殺意なり悪意は込められているとはいえ、これは私達へ送った贈り物です。故に、有効活用します…よっと。」


気の抜けた掛け声と共に、飛んで来たミサイルの背にふわりと着地して、あたしを丁寧に降ろした。


「制御システムを奪い、うるさい音も切って…このまま飛んで最後は元いた日本列島です。」


「お前、本当に…サンタクロースなんだな。」


「ずっと言ってるじゃないですか。私は正式なサンタさんですって。」


胡座をかいて、白い袋の中身を確認する名戯くんの隣に座る。


「お前、分かりにくいんだよ。服装だって黒だし。」


「こっちの方が、やりやすいんですよ…夜闇に紛れられますから…今回は、星屑さんがいるので、ほぼ無意味ですが。」


「なら、ペアルックでも良かったよな?」


「……」


変な事言ってないよな?んー…まだ、場が温まってないし…話題、変えるか。


「…あー。そのプレゼントはどうやって、用意したんだ?」


「毎年、7月から匿名で全世界にクリスマスアンケートを送りつけてまして…後で、データを送っときますね。」


「ふーん。そ。」


「「………。」」


沈黙が…ちょっと辛いな。


「なあ、」

「あの…」


「「………。」」


「じゃあ、あたしから言うぞ。」


「…どう、ぞ!?」


あたしはプレゼントを確認する名戯なざれくんを押し倒し、両腕を押さえつけて左胸に耳を当てる。


やっぱりそうだ。


あたしは体を起こし…気まずそうにしている、名戯なざれくんを見て、言った。


「心音が聞こえない。」


ドクンッ!!!!!


……


あたしは…たまーに、こんな夢を見る


男が色んな人達に囲まれ、話しかけられては困り顔を浮かべている


寝食を共にし、絆を深め、人智を超越した人間の上位種…存在すら見たことがない『神』とやらの教えを広めたその果てに、1人の弟子に裏切られることを分かっていながら


その運命に身を委ね、十字架に磔にされて槍で貫かれて死んだ 


そう…自らが死ぬ事でその『神』になるために


そして、墓の中で目覚め…本当に『神』になれた事を1度は素直に喜び……すぐに男は絶望した


自らが生み出した『物語』を当然の様に鵜呑みにし、それを大義として掲げ、いつまでも未来に生きる人間達が争い、奪い、憎み合い…命を落としている現実を何度も、何度も何度も何度も何度も………


目の前で起きては、また…再演されていく


最初こそ、争いの連鎖を止めようとした…が、既に『物語』が民衆の心に、深々と張り巡らされていて、全く上手くいかなかった


1つ国を救えば、別の4つの国同士が争い始め、3つ国を救えば、今度は9つの国同士で殺し合う


そうして、無駄に時だけが過ぎていき…住んでいた村は消え、男を知る家族や弟子達が皆、あの世へ旅立った頃


男の心はバキボキとへし折れて…身分を隠し、この世界を巡りながら……死ぬ方法だけを考え続けていた


そんな時…日本のとある病院の一室で、寝たきりの少女あたしと出会い…。


「……」


雪が額に当たる感触で、あたしはゆっくりと体を起こすと、名戯なざれくんが麓にあるあたしの町を背にしてフェンスに寄りかかっていて、ただ…曇天を眺めていた。


「…気がつきましたか。」


———◾️◾️◾️◾️。


「……」


星屑きららさんが眠っている間に、サンタの仕事は終わらせておきました…お疲れ様でした。もう帰っても大丈夫ですよ。」


———もう、いいから。


あたしは周囲にあった太くて、硬そうな木の枝を拾い上げる。


あー、やっぱ…ドキドキするなぁ。


……


あたしはよく…こんな夢を見る


雪の降る山頂 

麓にある町はイルミネーションで煌めいていた


尻もちをついて、驚く男にあたしは言う


「死にたいなんて…まだ生きてる奴が言うな!言っていいのは、クリスマスに死ぬのが決まってるあたしだけだ!!」


男は沈黙する 

諦観しきったその表情が…とてつもなく、あたしをイラつかせる


「どうして…病室で何も出来ないあたしと違って、毎日、美味しいご飯を食べれて、太陽の下を堂々と友達と歩けるくらいに健康なのに…不死身なんでしょ、神様なんだろ!?」


男は沈黙する 

あたしは男をもう1度殴って、首根っこを掴んで、こっちに寄せた


「お前がどんな凄惨な人生を歩んで来たのかは知らない!でもまだ生きてる。分かる?まだお前は生きてるんだよ。なのに諦めて…自ら命を絶とうなんて……っ、あたしを見ろ!!!」


俯いていた男は顔を上げて、あたしを見つめる

その瞳は神様ではなく只人の様に潤んでいた


「全人類を救済しろだなんて無茶は言わない。誰だっていい…もう何をしたっていいよ。お前は神様なんだから、誰も文句は言わない。人は精々、今日は何か不運だなぁとかくらいにしか思わない…だから!」


次第に涙を流し

小さく嗚咽の声を漏らし始める


「だから…何もせず、ただ無為に日々を浪費して生きていくのをやめろ。千里の道も1歩からだろ。お前は何をしたい?お前はどうなりたい?」


神様で長生きしている癖して、まだガキのあたしに、抱きついてきた


涙声で、何言ってるのか分からなかったけど


その瞳から失意とか諸々が涙で洗い流されててあたしも言いたい事をちゃんと言えて満足したし、ポンポンと頭を叩いてやった


その時…この男の周りには面と向かって意見を言えて、間違えたら叱ってくれる理解者がいないんだなって思って…まるで鏡を見せられてるみたいで、モヤっとしたんだったな。


そうだ。そんな事もあったあった。どうして、忘れてたんだろう……なんつってね。


何となく想像つくしな。さて…と。


「…なあ、自称サンタさん。」


「だから自称では…ぁ。」


あたしの姿を見た名戯なざれくんは驚愕して、目を見開く。


ドクンッ!!!!ドクンッ!!!!!!!!


それと同時に右手に持った心臓が強く脈打つ。


「これ…返すよ。ありがとな…神様。あの日死ぬ筈だったあたしに、こんな……大層なプレゼントを送ってくれて。」


それだけ言って…あたしはニッと笑い、大量に血を吐き出して、雪の上に仰向けに倒れた。


……


………


…………


………………


あたしは最後に…こんな夢を見た


どっかの町の駅の改札っぽい場所

改札の先には、父や知らない人達が沢山いて…一歩踏み出そうと思ったら…不意に後ろから肩を叩かれる


善良な人なら感謝の1つ。ドロボーなら、パンチの1発でも喰らわせて……なんつってね。


「…見送りにでも来たか?サンタ服じゃないみたいだけど…」


白色のTシャツと黒いズボンを着た名戯なざれくんは、ボサボサの黒髪をポリポリ掻く


「クリスマス・イブは既に終わりましたから。これが私の制服であり正装です。」


「そ。じゃあ、お前…何しに来たんだ?」


名戯なざれくんはズボンのポケットから、あたしの子羊のストラップを取り出した


「こちら…餞別です。」


「おう。あっ…ありがとな。」


何かドキっとしちまったぜ…とっくに、もう心臓は返したのに


そう言って、名戯なざれくんは改札へ向か…!?


「待て待て待て!ちょっ、おかしくないか!?」


「今日は約束の日。どうしたもこうしたもないですよ…星屑さん。私と違い、あなたには…明日がありますから。」


「約束ぅ…?」


行くのを止めようとすると突然、持っていた子羊が大きくなり、あたしを咥えて上に乗せた


「メェェェェ!!!!」


「あ、ちょっ…どういう事だ!?神様は死なないんじゃ…」


「確かに死ぬ方法はありません。けれど…満16歳以上の誰かに、この力を継承する事は実は可能なんです。あなたになら…あの世界を任せられる。あっちでは、もう…クリスマスです。」


ピピッ


「……っ。」


何とか子羊から飛び降りて、別の改札口からあっち側へ行こうと試しても…ピクりとも動かなかった


「おい、逃げる気か!?」


「逃げるも何も、もうあの世界にはは必要ない。いていいのは…サンタクロースである、あなただけ。これこそ……私が…心の底からしたかった事でした。」


あたしが何かを言う前に、子羊に捕まり、全速力で反対方向へと走り出した


「幾重にも重なった縁があなたを導き…いずれまた巡り会えます。その日まで…」



———あなたに、両手に溢れんばかりの…祝福があらんことを。



「……」


一階から母の声が聞こえて、体を起こすと、窓から雪が降っているのが見えた。


今日はクリスマス・イブ。…だからといって、大学受験が休みという訳じゃないのに心底、ガッカリしつつベットから出て、肌寒さを感じながら制服に着替え、カバンを持って、1階へ


ツルッ。

「あ。」


気がついた時には既に遅し。足がもつれて、階段から転げ落ち、大きな音を立てて尻もちをつく。


「いてて…ああっ!」


筆記用具や参考書が床にぶち撒けられたけど…幸い、首にかけていた子羊のストラップは無事だった。


母に何か言われる前に、散らかった物を片付けて朝食もパパッと済ませ、傘を持って外に出


ヒュン!!

「あ。」


外で雪合戦してた子供の投げた雪玉が見事に、顔面を直撃。あたしは冷静にカバンを置いて…


「おりゃ!」


「わっ、ギザギザが反撃して来た!!」


「でもクソエイムだ、クソエイムー!!」


「こ、こんにゃろー!悪い子には、サンタさんからプレゼントが貰えないんだぞ!!」


ひとしきり近所のガキと戯れて…ひと息つく。


「…ったく。何か忘れてる気が……あ。」


やばっ、遅刻!?電車じゃもう…


「予感的中ね…聖那せいな!」「聖那せいなちゃん、早く乗って!」


「っ!」


この終わらない友情に…ただ、感謝を。



少女Now大学受験中………



受験会場に間一髪で間に合い、2人に昼ごはんを奢って別れた後の夜。あたしは、聖マリウス学園の1年生の時の自教室に来ていた。


「さて…着替えるか。」



少女Now着替え中……



「よっと。」


黒板をひっくり返して、しれっとスマホに送られてあったデータを利用して、夏から準備していた白い袋を取り出し、肩に背負う…ふと、あたしの席の左隣を見た。


本来あった名戯なざれくんの席は、まるで最初から何もなかったかのように何も置かれていない。ちなみに2年も3年の時もそうだった。


確かなのは『名戯なざれ 肯定こうてい』という人物は世界から消失し、覚えているのはあたしだけって事。


あたしの妄想ではないのは……この子羊のストラップが証明してる。


改札みたいな場所で名戯なざれくんと別れて以降…体付きが全く変化しなくなって、クリスマス・イブの夜限定で、サンタクロース…もとい、神様パワーが使えるのもそうだな。


カーテンと窓を開けて、高く跳躍する。


ああ、それと…だ。人々にプレゼントを配達するのがサンタさんの仕事だからなのか…



——最後に見た夢以降…毎日見れてた筈の夢が、見れなくなっちまった。



原因は…何となーく、想像ついてる…だから。


「次は絶対…左頬をグーで殴ってやる。」


                    了

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