09.理想的が過ぎる人
生徒たちが行き交う休み時間の廊下を歩き、自分のクラスに入る。教卓に荷物を置くと、僕に気づいた生徒が数人近づいてくる。
「七楽先生、次数学だよ?」
入ってきた先生と次の教科が合わなかったため不思議に思ったようだ。
「雅楽川先生の数学だから、見学にね」
そう言うと、生徒たちのテンションが上がり歓声が飛び交う。雅楽川先生も一生懸命に準備をしていたから、生徒たちが素直に受け止めてくれるのはきっと嬉しいだろう。
僕も準備をしようとカバンを開くと、女子生徒がふと思いついたように言う。
「先生のカバンちっちゃいよね~整理うまそうだもんね」
「そうかな…。カゴとかは使わないけど…」
少し小さめのトートバッグを使用していて、たしかにほかの先生と比べると小さい。カゴを使っている先生は便利そうだが運んでいて疲れないのだろうか、と見る度に思う。
「先生のロッカーって何入ってるんですかー?」
別の女子生徒が躊躇いなくロッカーを開ける。
「うわぁぁ!」
「な、なに…?」
つい雅楽川先生と閉じ込められたことを思い出し、別に何も入っていないのに大きな声を出してしまった。
「ご、ごめんなんでもない」
チラチラと視線を感じ、浅くぺこぺこと頭を下げながら謝る。
「全然汚くないじゃん。めっちゃ綺麗」
「あぁ、はは…」
目を逸らして苦笑いで誤魔化す。
「真飛斗先生?」
「うわぁっ!?」
動揺していた時に後ろから突然声をかけられて、再び声を出してしまう。振り返ると雅楽川先生がプリントなどを抱えて立っていた。
「今日の先生元気~」
「元気なんですか?」
(いつもは元気なく見えてるってことかな…)
まぁ自他共に認める大人しい性格なので、そう思われても仕方がない。
時計を見ると授業開始が近く、ほかの先生も集まってきていたので慌てて僕も教室の後ろに向かう。
「じゃあ雅楽川先生、頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
教室の右後ろに設置されている掃除用具入れにギギと音を立てて寄りかかる。
あの性格と人気なので授業の心配はしていないが、実習生の講評をするのは初めてなので僕の方が少し緊張していた。
授業後に講評をするのだが、生憎先生の授業に悪い点が見当たらない。
(雅楽川先生授業上手だな…あれで現役か…。教え方も分かりやすいし、挟むお話も面白くて飽きないし…)
自分は本職の教師ですと言っても気づかれないだろうと思うほど授業が上手だった。持ち前のコミュニケーション能力を活かし、楽しい授業を作っている。
(何よりみんな楽しそうだなぁ)
みんなが笑って授業を受けているのが少し新鮮で、先生によって空気も変わるのだなと感じた。
「彼、とてもいい感じですね」
「はい。生徒たちの雰囲気もいいですしね」
並んでみていたほかの先生方からの評価も高そうだった。小声でそんな話し声が聞こえてくる。
(僕の方が学んでるかもな…。あんな楽しい授業は僕にはできないからすごい。面白いことも言えないし、上手に切り替えれないし…)
少しネガティブなことを考えていると、左肩をトントンとつつかれた。
「ちょっと七楽先生」
「はい」
「雅楽川先生に担任の座、取られちゃダメですよ~」
隣にいた先生が、冗談っぽくニヤニヤと笑ってそう言った。
「はは…そうですね」
苦笑いをすることしかできず、軽く流して評価用紙に目を落とす。
(でも、もしかしたら彼の方が、器用に理想のクラスをつくれるのかな…)
「そこの班ふざけすぎだ!残ってやり直し!」
(…僕はちゃんとやってたのに)
僕は、正しい人が損をすることが大嫌いだ。
ヤンキーの更生ばかり褒める学校、やる気がない人に合わせて進行される授業、ルールを守らない人によって増える縛り。
ずっと優等生だった人は?
現状維持で褒められるわけが無い。
学校の問題が簡単に感じられる人は?
みんなと違う内職をしたら怒られる。
ルールを守って生活していた人は?
意味もなく不自由になっていく。
そんな世の中はおかしい。そんな教育環境は間違っている。そう思って教師を目指し始めた。
だから僕のクラスは、とにかく真っ直ぐ平等に教育してきた。ルールの中なら自由に楽しんでいいから、一線は超えてはいけないと。超えてしまったら、他人の人生を妨げてしまうからと。
(でも、雅楽川先生は…)
笑顔で解き方を説明する雅楽川先生を見て、クラスを見渡す。
(きっと、僕なんかよりずっと上手にやる)
無意識のうちにペンを持つ手に力が入り、インクが紙に滲む。
(ルールを守って笑えるなら、それが一番なんだよね)
次の更新予定
2026年1月12日 20:00 毎日 20:00
■僕とあなたの直往曲折研修 まとりあ @mato121
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