07.吉か凶かのオートロック
無事に体育祭が終了し、片付けを実行委員達と協力して終えた。
暗くなるにつれて日光もなくなり、涼しくなったが、湿った服を脱ぎたくて僕は教室のロッカーの前にいた。Tシャツを変え、帰宅の準備をしようと荷物をまとめる。
「あ、真飛斗先生!探しましたよ!」
突然の声に驚いて顔を上げると、雅楽川先生が教室に入ってきた。
「今職員室で、心身先生がみんなで打ち上げ行くかって話してるんですけど先生も行きます?」
そういえば今朝そんなことを言っていた気がする。
「んー、僕は遠慮しときます」
せっかくのお誘いだが、今飲み会なんて行ったら話題は間違いなく借り物競争になる。思い出すだけでいたたまれなくなる思い出なので、飲みの場は少し避けたくなった。
「そうですか…。二組、総合だと惜しくも二位でしたけどリレーでは一位とれてよかったですね!」
僕の横に立ち、顔を覗き込んで声をかけてきた。何となく恥ずかしくて目を合わせにくくなり、意味もなくカバンの中身を整理する。
「はい、雅楽川先生も走り方とかを教えてくれてありがとうございました」
「いやぁ、みんなの頑張りの結果ですよ!…真飛斗先生?」
「…はい?」
流石に呼ばれているのに顔すら向けないのは失礼なので先生の顔を見るが、どうしても恥ずかしくてすぐに目を逸らしてしまう。
「…あの、こっち見てくださいよ」
先生が少し強引に肩をつかみ、意識を向けさせようとしたことで体のバランスが崩れそうになった。咄嗟に後ろに足を着いたので転ぶことはなかったが、それにより今度は先生の体制が崩れた。
「え、ちょっと…!」
ガシャンという金属音が響き、恐る恐る目を開けると何も見えない暗闇だった。
「……え」
「あ…」
突然視界が真っ暗になるなど、転生か失神くらいだが、新たにひとつ追加しよう。
ロッカーに閉じ込められた時だと。
「なんっでオートロックなんですか…!どうしましょうとりあえず連絡…」
奇跡的に手に持っていたスマホを起動させ、一年生の先生方のグループLINEに助けを求めるメッセージを送る。
「…すみません、押しすぎました」
暗くて顔がよく見えないが、申し訳なさそうに眉を下げていることは声色からわかる。
「いやまぁ僕が避けたのも悪いですし…」
スマホを再度起動させてみるが既読はついていなかった。
「俺は打ち上げ行くって言ったから待ってくださってるといいですね…。あ、場所変わりますよそっち痛いですよね」
僕が棚やフックが付いてる奥の壁側にいるので、背中にぐりぐりと当たって痛い。
「先生あんまり物入れないんですね。おかげで窮屈じゃないです」
「そうですね、最低限の物だけです…」
ゴソゴソと動きながらそんな話をする。ものを置いて帰らない性格がこんな所で役に立つとは思っていなかった。
思っていたよりスムーズに移動ができて、僕が扉側、先生が奥側で二人とも同じ方向を向いている体制に変わる。
「既読、つかない…。電話は音切ってるでしょうし…」
終わったか。今日は土曜日だから、最悪日曜と振替休日の月曜が終わるまで閉じ込められるのだろうか。飲み物はしまっていたかななどと心配していると、後ろの先生がもぞもぞと動き出した。
「…ちょっと腕きついんで動かしますね」
「あ、はい…。…ひっ…」
腕を僕の体の前に移動させた拍子に、脇腹に手が当たった。意図せず変な声がでてしまったことに恥ずかしさを覚えつつ、触れられないことを願って黙る。
「…声かわいいっすね」
願いとは裏腹に堂々と触れてきた。
「聞かなかったことにしてください…」
再び沈黙が流れると、妙に心臓の音が気になるようになる。ずっと鳴っていたはずなのに、意識し始めるともう頭がいっぱいになってしまう。
(まぁ密室空間で助かる保証もなかったら誰だって心拍数は上がるし…!)
そう自分の中で結論づけると、高い電子音が響いた。
「あ…!気づいたみたいです…!」
「そうですか…」
煮え切らない先生の返事は、少し残念そうにも聞こえてくる。
何故そんな言い方をするのだろうという疑問は、聞くまでもなく明かされた。
「やっと真飛斗先生と2人でいられると思ったのに」
僕の体を締め付ける力が少し強くなり、そんな言葉が耳元でそっと吐かれる。
「もう、何呑気なことを言ってるんですか…っ!」
(爽やかイケメンの黒い面が垣間見えた…)
突き放すような言葉とは裏腹に心拍数と体温は上がるばかりで、思考がショートしそうだった。
「先生方無事ですか~!」
心身先生の響く声が聞こえ、やっと脳内が少し晴れた気がした。
「今開けますね!」
視界が明るくなり、一歩踏み出すとクーラーの付いていない教室でも涼しく感じた。
「ありがとう、ございます…助かりました」
「いえいえ…どうしてこうなったのかはまぁ…。顔すごい赤いですけど大丈夫すか…」
「中、けっこー暑くて…」
温度だけの問題じゃない気がするが、他人に言えたことではないので言葉を濁す。
「俺らちょっと休憩してから行くので、先にお店行っておいてください!」
「えー!七楽先生やっと飲み会来てくれんのー!初めてレベルじゃん楽しみ~待っときますね~」
白い歯を見せて軽快に笑う姿が何とも体育教師らしさが全開だった。
「…僕行かないって…」
「言葉の綾みたいになっちゃて…。あ、冷たいお茶です。どうぞ」
苦笑いしながら、カバンから半分凍ったお茶を差し出してくる。お礼を言って飲むと、体が内側から冷やされていく。
「大丈夫ですか?クーラー付けます?」
「いやいいです、もう帰るの、で…」
心身先生の屈託のない笑顔が脳裏に浮かぶ。あんなに喜んでくれたのに、行かなかったらどんなにガッカリするだろう。そんなことを考えてしまった僕に、選択はひとつしか無かった。
「…行きます」
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