02.珍しい名字

「好きです」

「は?」

 怒っているわけでもなんでもないが、思わずは?と口から漏れた。きっと今の顔はぽかんとしてアホのように見えるに違いないがそんなことはどうでもいい。

「え、ほんとにまじでタイプです。可愛い好き。付き合ってください」

 感情的になりすぎて逆に言葉に強弱がなくなる現象が目の前の人に起こっている。

 さっきの爽やかな笑顔はどこへ消えたか、真顔で言葉を繋いでいた。

 状況の理解に数秒かかってしまったが、我に返り右手で彼の胸を優しく押し返す。

「き、緊張でおかしくなってるんですかね…。よくありますよね自分でも分からず喋ってしまうこと僕もありましたはい」

 今実際にその事を実演しているのに気づかないほど僕の脳内は作動していない。

 (聞き間違いだよねそうに決まってる…出会って数分で告白してくる人なんて居るわけないし…)

 顔をそらすと、後ろの壁に掛けてある時計が目に入り、7時45分を指し示していた。

「…じゃあそろそろみんな来るし、職員室行きましょうか」

 仕分け途中のプリントをざっくりとまとめて抱えようとしていると、雅楽川先生がドアを開けてくれていた。

「あ、ありがとうございます」

 ドアの横に立つ先生にお礼を言うと、プリントを一瞥して僕の腕の隙間に手を入れる。

「俺、持ちます」

「えっでも全部は…せめて半分持ちますよ」

「いえ俺力あるので!任せてください」

 頼りがいがある笑顔を見せて廊下に出ていく。

「ありがとうございます。助かります」

 やっぱり少し緊張して変なことを口走ってしまっただけで素敵な好青年なんだ。もしくは僕の聞き間違いだ。と考えながらエレベーターまでの道を歩く。

 到着して下三角のボタンを押すと、朝で稼働が少ないからかすぐにランプが光った。

「あの」

 エレベーターの扉が閉まったあと、雅楽川先生が声をかけてきた。

「はい、なんですか」

「二組さんってどんなクラスなんですか?」

 実習生なら当然気になる質問を向けられるが、改めて考えると少し難しい。

 もちろん本当に良いクラスなのだが担任なら全員そう言うだろう。

「そうですね…静かな子もいれば外交的な子もいますけど、分断とかはされてなくて全体的に仲良しだと思います。他のクラスと比べても、団結力は負けてないですよ。問題も少ないし、良いクラスです」

 結果的に良いクラスという具体性のない言葉に頼ってしまった。

「へぇ~楽しみです!そんなクラスに就けるの」

 そんなことは全く気にしていない様子で雅楽川先生はにこにことしていた。

 (緊張してないのかな…)

 僕が実習に行ったときも緊張知らずな陽キャが同じ実習先にいたな。まるで全実習生の緊張を請け負ってるみたいな人と吸い取られて元気な人みたいに空気が別れていたことを思い出す。

「雅楽川先生好青年って雰囲気ですし、きっとすぐ馴染めますよ。朝のHRでご紹介するのでよろしくお願いしますね」

 先にエレベーターを降り、少し待って雅楽川先生と横並びで歩き出す。

「はい!真飛斗先生に出会えて担当クラスになれるなんて、これってもう運命ですね!」

 運命というか必然に近い気がするが、本来は一組に就くというのが変わったのだからたしかに運命と言われればそんな気もする。

「えぇ…そうかもですね?」

 それよりも気になったことを雅楽川に伝えようと、職員室に入る一歩手前で呼び止める。

「あの、先生方を下の名前で呼ぶのはどうかと…。よく思わない方もいるでしょうし」

 実習生は本職の先生方に嫌われたり、マイナスなイメージをもたれてしまうとかなり致命傷になる。雅楽川先生ならなさそうだが、コミュニケーション能力が高すぎてしまうのも考えものだ。

「七楽先生はよく思わないですか?」

 すぐに受け入れるかと思っていたが、僕だけの意見を聞かれて少し戸惑う。

「え、いえ僕は…お好きなように呼んでもらっていいですけど」

 馴れ馴れしく呼んだら失礼と言われるほど大層な役職をもっているわけではないし、距離を取るなら自分で勝手にとるので特に気にしない。

「じゃあ大丈夫です!先生しかそう呼ばないので」

「えっ…」

 またもや爽やかなスマイルを見せて、近くの先生に挨拶をしながら職員室に入る。

「デスクどこですか?」

「ここです、一番手前」

 入口から最も近いデスクを指さすと、すぐに歩き出してプリントを置く。

「他の先生に挨拶してきますね」

「あぁ、行ってらっしゃい…」

 近くにいる先生から片っ端に挨拶を交わしている。さっき言っていた通り先生のことを名字で呼んでいて少し安心した。

 まあ僕だけなら担当だし、さほど問題は無いだろう。

 (……えなんで僕だけ?)

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