ネクロマンス・コンクエスト 〜死霊術師による辺境開拓物語〜

イチロータ

第1話

 もし自分が優れた才能を持っていたら、それを活かしてみたいと思わないだろうか。きっと誰だってそう思うだろう。


 もちろん、僕だってそう思った。


 ただ僕にとって、その優れた才能というのが「死霊術」というジャンルであったことは、少しばかり不運だったかもしれない。


 死者を操り、冒涜するとされるこの術は、社会から好ましい目で見られない。いや、好ましい目で見られないとは、ちょっと肩を持ち過ぎだ。滅茶苦茶、嫌われている。


 だが幸いだったのは、僕が伯爵家の四男坊という立場にあり、保護してくれる者が近くにいたことだ。


 力のあるパトロンを持たない死霊術師の末路など想像に難くない。だから、これはとてもラッキーな生まれといえるだろう。


 とはいえ、外聞がよくない技術であることは確かだ。


 死霊術に才能があることを示してからは、殺されないまでも、ほぼ幽閉に近い扱いをされていた。死霊術をやめればよかったのだろうが、自分の特別な才能を手放すなんてとんでもない。


 それでも死霊術の研究を続けられたのは、もっぱらお祖父様のお陰だ。


 腐敗しきった我が国では珍しく、比較的真っ当な貴族である両親からは反対されたが、お祖父様はむしろ死霊術に賛成してくれた。


 お祖父様は貴族としては先代になってしまうが、我が伯爵家的には家の権勢を大いに高めた偉人で、実質的な権力者だ。


 そんなお祖父様が応援してくれたので、幽閉で済んだともいえる。


 世間から後ろ指を刺されているというのに、お祖父様のようなパトロンが死霊術師に求めるものは何だろうか。


 そう、死者蘇生や不老不死だ。


 僕を助けてくれる老い先短いお祖父様の目的も、きっとこれだろう。


 まあ応援してくれる理由なんて、僕としてはどうでもいい。


 もっとたくさんのアンデッドを操り、強力なアンデッドを創造し、この自分の才能をもっと伸ばして活かしてみたい。


 ただそれさえできれば満足なのだ。



 とはいえパトロンであるお祖父様の意向は聞かなければならない。


 だから一応、そういった分野の研究にも励んでいる。

 そして、やればやるほど、そんなアホみたいな目標が叶うわけがないと理解が進み、世の死霊術師が狂人ばかりな理由が、まざまざと実感できた。


 もちろん、そんな余計なことを報告するつもりなんてかけらもないが。


 「ノルマン。お前のその才能は素晴らしい。わしの知る限りでも飛び抜けたものを持っておる。お前の父は理解せなんだが、偉大なる事を成すこともできるかもしれん程だ。いや、きっとできるに違いない。わしの力の限り協力するでな。もっと、もっと励むのだぞ」


 「はい、お祖父様。もちろんです。必ずご期待に応えてみせます」


 権力者の闇の部分にどっぷり浸かっているお祖父様は、僕の腕前を見てまさしく逸材だと褒めてくれる。

 僕ならきっと不老不死を実現してくれると期待している。


 言われずとも天才を自負する僕は、それはまず無理だなと思いつつも、研究材料と予算増額のために、いつもニコニコと愛想笑いを欠かさないようにしていた。



 お祖父様が協力的とはいえ、あまりにも外聞が悪い死霊術の研究というものは、大っぴらに堂々とできるものではない。

 そのため僕の理想より、どうしてもこぢんまりとした研究ばかりになってしまいがちだった。


 このことはかなり不満ではあるが、仕方ないことだと理解はしている。

 鳥かごの中でちまちまと研究に励めるだけで、虫けらのように駆除される世間の死霊術師たちより、かなりマシなのである。


 無知蒙昧な社会の無理解には怒りというより呆れが勝るが、そんな社会を変えてやるとまでは思わない。

 それが甚だ面倒だということが分かる分別もあるのだ、僕は。


 だがある時、そんな小さな充足だけの日々にも転機が訪れた。


 ――戦争だ。


 うちが所属している国、ルームリア帝国はかなりの大国だ。


 かつて大陸を統一していたという旧き大帝国の後継を自称し、それがある程度認められている程度には大きい。とはいえ別に大陸の覇権を握っているわけでもなく、それどころか安泰とは程遠い。


 帝国と名乗ってはいるが、それは過去の栄光にすがる名ばかりのもので、内情は有力貴族の連合体に過ぎず、ゴタゴタが常に絶えない。


 尊ばれるべき在り方をするはずの貴族たちは腐敗が激しく、そのあおりを受けた重税に、民草はアンデッドでもないのに生きているのか死んでいるのか分からないのデフォルトだ。


 周りは仮想敵国だらけで、隣国との領土紛争で攻め込まれることもしょっちゅうある。そのうえ帝国貴族同士の身内争いも絶えないのでどうしようもない。


 おかげで貴族の私兵は精強との評判だったが、しかしこの時の戦争はかなりまずいらしい。



 今回の戦争は帝国の西にあるガロワーヌ王国とのものだった。


 騎士王国とも呼ばれるその国とは、旧き大帝国の後継を巡って宿敵関係にあり、よく争っている相手だ。


 ただ帝国東部にあるうちの領地とは反対側だったので、当初この戦争にはあまり関心がなかった。

 何なら帝国内の西のライバルたちが損耗してくれれば結構、と当初うちはあくびをしていたほどだ。


 だが西部の皆さんは、どうもかなり手酷くやられてしまったらしい。普段はあれほど干渉を嫌っているのに、ついには皇帝に泣きついたほどだ。


 この寄り合い所帯の帝国の皇帝は、その立場ゆえに帝国諸侯に防衛責任を持つ。無視してもいいだろうが、そんなことをすれば、ただでさえ下がり調子の帝国の権威が著しく傷つくのは間違いない。


 そのため、やりたくもないだろうに皇帝の名の下に帝国軍の招集を諸侯にかけ、全土の諸侯に参戦を要求してきた。


 皇帝陛下からの招集となれば、忠実な臣下としては取るものもとりあえず駆けつけるべきだ。

 しかし勤勉に国内政治をこなす貴族なら、それは考えもの。


 そんな遠くの戦争、ましてや東と西で派閥も全く違う場所の戦いに真面目に取り組むのは極めて馬鹿馬鹿しい。うちとしては名ばかりの参陣に留めたいのが本音だ。


 さらに言えば、戦況はどうも敗戦濃厚で、たとえ皇帝と諸侯の寄せ集めな帝国軍が駆けつけても、これは万一がありそうだ。


 とはいえ、皇帝から正式な招集だ。適当に平民の徴募兵や傭兵だけ送るなんてのは、上級貴族の伯爵家としては面子も立たない。


 なので、少なくとも縁者の一人でも送らなければならない。だが万一がありそうだし、そうなると指揮するのは、もし死んでも痛くない人材がいい。


 そこで選ばれたのが僕というわけだ。


 四男とはいえ直系だから最低限面子も保てる。何より、恥さらしにも死霊術の研究ばかりに取り組む穀潰しなら、最悪死んでも全く問題ない。


 この決定にお祖父様は反対してくれたが、いくら家内の権力者とはいえ、一応現当主である父の決定――それも家としては至極妥当な判断には抗いきれない。


 あまりにも順当に、僕をお飾りの指揮官として派兵することが、あれよあれよという間に決まった。



 お祖父様は万一の事を考えて反対していたが、この決定に僕は案外乗り気だった。


 この頃は死霊術の研鑽にも些か行き詰まりを見せていたところだ。いくら僕が才能豊かであろうとも、狭い場所に閉じ込められていては限界がある。


 それに研がれた剣は振るってなんぼだ。せっかく得た特別な才能なのだから、実際に活かしてみたいという欲求が僕にもある。


 戦場なんていう公の場で、堂々と死霊術を使うなんてあまりにもバカげたことだし、父もそう考えているのだろうが、死地に送られる側がそんなことを考慮してやる必要があるだろうか。


 別に戦争でなくてもよかったが、せっかく活用できるのならば何だろうと一向に構わない。


 僕は分別はあるが、それはそれとしてワクワクしたいお年頃なのだ。

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