第12話 穏やかな日々が壊れるとき③


 走れっ!

 走れっっ!!


 奴らに捕まらぬよう。

 奴らを引き離さない絶妙な距離で。


「パシリィイイイっ!」


 憤怒の表情で俺を追うビンダッタと四人の子分。


「うわっ……!」


 木の根に躓き、地面に転がる。


「俺からああ――」


 背後から近づくビンダッタの声。


「逃げられるとおお――」


 ミシッ ミシッ


 落ち葉と枝を踏み、奴が近づく。


「思うなよおおおおおおおお!!!!」


 慌てて立ち上がり全力で逃げる。


 ビュンッ


「っ!!」


 背後から飛んできた何かを反射的に避ける。


 グサッ!


 傍らの木に食い込む手斧。

 背筋が凍る。


「ク◯があああっっ!!」


 ビンダッタが吼えた。


(本気だ。こいつら本気で俺を殺す気だ!!)


 俺は倒木を乗り越え、枝につかまりながら全力で逃げる。


「ふんっ!!」


 回収した手斧で枝と草をなぎ払いながらズンズン追いかけてくる盗賊たち。


 その命懸けの追いかけっこは、その後一時間以上にわたって続いたのだった。




 森を抜ける。

 少しだけ開けた空間があり、その向こうはまた深い森。


「はっ、はっ、はっ――」


「パ〜シ〜リィイイイイイ!!」


 こちらの息が切れ始めても、子分たちが脱落しそうになっても、諦めることなく俺を追い続けるビンダッタ。

 子分のケツを蹴飛ばし悪鬼のように俺に向かって追い立てる。

 その底なしの体力にぞっとする。


「逃がさねえぞおおおお!!」


 地獄の窯が開いたような声で叫ぶビンダッタ。


 一方の俺は……


「はっ、はっ、はひっ――」


 そろそろ体力の限界に近づきつつあった。

 よろめきながら目の前の暗い森に逃げ込む。


「ムダムダムダムダァアああ!! 俺のスキルから逃げられる訳がねえだろがああああ!!!!」


 スキル『お宝探し』。

 遠くのお宝……狙いの人や物のにおいを嗅ぎ分けるビンダッタの固有スキル。


 その言葉通り、ビンダッタたちは俺を追ってさらに森の奥深くに入ってきた。


 そして――


(い、行き止まりっ!!)


 俺は森の奥のどん詰まり……崖下の壁に追いつめられた。




「よお、パシリー。これ以上どこに逃げようってんだ?」


 ク◯まみれの盗賊の首領がニヤニヤ笑いながら近づいてくる。

 その後ろには息も絶え絶えな子分たち。


「はっ、はっ! に、逃げるなんて、人聞きが悪いな。俺は、逃げてなんか、ないぜっ?」


 虚勢をはり、切れ切れになった息をごまかし、無理やり不敵に嗤ってみせる。

 そんな俺を見たビンダッタがせせら嗤う。


「へえ、そうかよ。じゃあもう死ぬ覚悟はできてんだよなあ?!」


 デカい斧を構え、一歩、また一歩と近づいてくるビンダッタ。


 死が近づいてくる。

 全身が震える。


 くそっ!

 くそっ!!

 ここまでか?!


(『スライム』!)


 死を覚悟した俺が、びんを手の中に召喚したその時だった。




「うぎゃああああああああっっ!!!!!」


 子分の一人が悲鳴をあげた。


「うるせえっ!!」


 ビンダッタが振り返りもせず怒鳴る。

 が――


「たっ、たすけっ――うぎゃあああああっ!!!!」


 断末魔の声をあげるもう一人の子分。

 タッテが叫ぶ。


「お、おやぶんっっ!!!!」


「ああっ?!」


 鬱陶しそうに振り返るビンダッタ。

 そしてそのまま固まった。


 音も立てず、木々の隙間から姿を現した子牛ほどもあるオオカミたち。


 一匹や二匹じゃない。

 見えるだけで十匹はいる。


 そしてその内の四匹は、名も知らぬ子分たちに喰らいついていた。

 喉笛に噛みつかれ、声もあげられずにもがく子分たち。


「フォ、フォレストウルフ……!」


 ヨッコが声を震わせて呟く。


「く、くそっ! なんでそんなのがこの森にいるんだよ?!」


 後ずさりながら毒づくタッテ。

 俺は息を整え、言った。


「この森はさ、帝国との境界なんだ。気づかなかったか? フィンチリーの森じゃねえんだよ」


「ああっ?!」


 恐ろしい形相でこちらを振り返るビンダッタ。


 はっ!

 ははっ!!


「そんな顔で俺を見てもムダだ。フォレストウルフのレベルは16から18。一匹ならなんとかなるだろうが、その数だ。ズタズタにされる前に逃げた方がいいんじゃないか?」


「てめえ、自分から死ぬつもりか?!」


「まさか。死ぬのはお前らだけだ」


「ああっ?!」


「自分たちの領域(テリトリー)に糞尿の臭いをプンプンさせた連中が入ってきたんだ。鼻がきくオオカミどもがどう動くと思う?」


 目を見開くビンダッタ。


「てっ、てめえ、まさかっ????!!!!」


「ほら、前を見た方がいいんじゃないか」


 ギョッとして前を向くビンダッタ。


 オオカミたちはヒタヒタと包囲の輪を縮めつつあった。


「ひっ、ひいっ!!」


「く、くるな……! くるなよおっ!!」


 恐怖に怯え慄く、タッテとヨッコ。

 ビンダッタが吼える。


「てめえら、武器を構えろ! 死ぬ気でいくぞ!! クソが、死ねええええっ!!!!」


 こうして盗賊たちとフォレストウルフの戦いが始まった。



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