やがて、紅(くれない)は罰になる

藍アキラ

プロローグ 『白い夢』

 まだとおにも満たない頃。

俺は新しい保護者の振る舞いに、なんて子供っぽい人なんだと驚いた。

白熊の毛は透明らしいよ、と訂正しただけなのに「知ってたもん」と口を尖らせるなんて。


どうやら自分の名前が白梅しらうめだから、白いものを贔屓ひいきにしており……実際は違うと告げられて、動揺したらしい。

さらにその後、むくれた姿を見られて慌てたのか、「今日はくれないに、何でも欲しいもの贈ってあげるわ」と大人ぶる姿に──なんて可愛い人なんだと。


まあ、姉さんだってあの頃は二十代だったから、未熟な所があってもまったく不思議じゃない。

引き取った従弟いとこである俺を、どうにか育てようと手探りだっただろう。


清楚せいそでたおやかな姿だから、勘違いしている男も多かったけど。

かなり大雑把おおざっぱだしグータラな所もある、なんとも不完全な人。誰よりも、綺麗な人。


家族の身でも、まぶしくて目を逸らしてしまう。だけど、いないと気が滅入る……あの人はまさしく太陽で。

俺にとっての光というのは、隣から差すものだった。


ある日、学校からの帰り道。

白梅姉さんが買い物袋を両手に持ったまま、ただ立っていて。

そんな所で何してるのかと声をかければ、こう答えたのを今でも鮮明に覚えてる。


「ちょうど、あなたが帰ってくる頃だと思ったから」


俺は──涙が出そうになるのを必死でこらえて、一緒に帰った。

生きている限り、いつかこの人をくすのかと思うと、胸が張り裂けそうだったから。


せめてその日がもっと、ずっと先でありますように……そう願っていたけど、過剰なほど幸せだったせいなのか。


姉さんは死んだ。

犯罪なんてほとんど発生しない、この世界で珍しくも殺された。


犯人はあっけないほど簡単に裁かれて消え──憎むべき相手が不在だからか。

俺よりもさらに打ちひしがれた義兄にいさんが傍にいたからか。

三年かけてくもる時間は次第に減って、気になる本にも手が伸びるようになった。


思い返せば、ほんの少しだけ安心していたように思う。

なぜって……最愛の人を失う未来に、おびえる夜がなくなったから──。


◆◆◆◆


 ここまで滔々とうとうと語ったものの、俺は疑問に思って問いかけた。


「なあ、陳述ってこんな感じでいいんですか? 

 このままだと相当長くなるけど……アンタ、ちゃんと聴いていられる?」


すると当然だと返されて──「順番が前後しても構わないし、好きなように話せばいい」と付け加えられた。


とはいえ、ダラダラと話すのはどうにも気が引ける。

話すべき所………忘れられない最初といえば、やっぱりあの悪魔との会話だろうか。

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