十九話目 アイドル志望の子の場合─鏡─⑨
映研の子から借りたホラー映画のラストシーンを何度もリピート再生して観ながら興奮が止まらなかった。
「これよ! 大正解じゃない!」
映研の子がおすすめだと言っていたのだから、彼は何度も観てるはずなのに、今回の都市伝説の話を聞いて儀式のやり方にピンとこなかったのだろうか。
「オカルトと映画愛好家は畑違いってことかしらね」
ようするに、映画の楽しみ方というか、観てる視点が違うのだろう。
彼はたぶん脚本の構成や音楽との融和性など映画という作品そのものを大きなくくりで見ている。
もちろん、彼の中でも、この場面が特に素晴らしいと評するシーンはあるだろうが、わたしとは違う理由なのは語られなくともわかる。
とはいえ、映研の子には感謝しかない。彼のおかげで『禁断の恋の神様』を呼び出せる。
わたしは儀式に必要なものを大学の備品室などで用意すると、最初から決めていた場所へ向かった。
到着したのは、あいつの眠る墓場だ。幼馴染でもあり高校からの同級生。ひそかにずっと片思いしてきた。
うちの都市伝説と接触したと気づいたときは正直に焦った。ただ、あの時は見える人も多かったし、わたしにも見えていたし、まさか標的にされていると思わず、鎧の騎士に見えているという、そいつには近づくなときつく注意したのに……ばか。
だけど、一番の馬鹿野郎はうちの都市伝説よ。報復という言葉を知らないようね。
目には目を歯には歯を──化け物には化け物を。わたしがあんたを殺してあげるわ。
用意していた聖典を逆さまにして、あいつの墓石に立てかける。あとは液体窒素をかけるだけ。聖典はみるみる凍っていく。
「──罪深い恋ほど、神は許してくれるはず」
わたしは願いを口にした。
「ここに眠るわたしの想い人とわたしに永遠の愛を! 禁断の恋を叶えて神様!」
そして、持っていたハンマーで聖典を粉々に砕いた。
途端──辺りに闇のように昏い霧が立ち込める。
空気も一気に冷えた気がした。風の音も止んだ。
物音ひとつしない墓場の中で、明かり一つ見えないこの場所で──揺らめく影が見えた。
『死者と生者の禁断の恋──いいだろう。その願い、お前の体で叶えてやる……!』
突如、響き渡った甲高い虫の鳴き声に似た声が人間の言葉を紡いだ。
その瞬間──わたしの中にそいつが入ってきたのがわかる。
わたしは今、憑りつかれたのだ。
それだけではない。墓石の下からあいつの意思が流れ込んできた。
涙が出そうなほど懐かしい、あいつの馬鹿な願い。
漫画の主人公みたいに──正義のヒーローになりたいと願う。
『フハハハハ! そうか! 我は今から正義のヒーローだ!』
(……え? なんで──あ、そうか、これが感染ね)
確か喫茶店で情報をくれた女の子たちが言っていた。
相手の想いに感染すると。呼び出したのはわたしなのだから、相手とは眠っているあいつの想いだ。
でも、何も問題ない。正義のヒーローなら、尚のこと、うちの都市伝説は見過ごせない。
ついでに他の誰が巻き込まれようが構わないわ。それこそホラーで面白いじゃない。
こんな間近で恐怖映画を観られると思ったらお得な体験よね。
ラストシーンでうちの都市伝説が殺されれば映研の子も脚本として最高だと喜ぶはずよ。
「さぁ、悪人を殺しに行きましょう」
『我が成敗してやるわぁあああああ!! ウルアアアアアア!!!』
身の丈十メートルはある巨大な異形の化け物は昏い霧に身を隠しながら、街へ向かった。
☆☆☆
合宿で始まった四次選考は五人一組のグループに分かれて三組が競い合うグループ対決。
ここで一組が落とされるので一気に五人落ちることになる。
正直に言うと、穂乃果はここで同じグループになった四人の力に頼りきりになることになった。
鏡くんの力を借りられないからだ。もう、鏡くんの狂気を知ってしまったからには、彼には近づけない。
穂乃果を逃がしてくれた君には本当に感謝している。
だけど、あんな怖いものを押し付けてしまったことへの罪悪感は穂乃果の心を壊しそうだった。
これで君に嫌われたらどうしよう。もう生きていく理由もない。可愛くなっても意味がない。
アイドルになることにも当然、意味がなくなるので、合宿での練習だって、いつも学校の視聴覚室でやってたことを真似ているだけに過ぎない。
全然、練習に身が入っていないと自分でもわかりきっていた。
それでも周りはもてはやす。テレビで練習風景を流す時にコメンテーターが穂乃果はみんなの動きに自然と調和していく、みたいな良い感じのコメントをすると、ネットでも穂乃果がグループをまとめ上げているみたいに盛り上がる。
もう本当に狂っている。どこから歯車は狂いだしたんだろうか。もちろん、答えはわかっていた。あの鏡と出会ってからだ。
路上で踊った動画がバズった頃からおかしくなり始めた。
何をしても穂乃果が可愛い、穂乃果が一番、穂乃果は素晴らしいと、偽りの魔法にみんなが騙されている。
それが本当に穂乃果の思い過ごしなんかじゃないと、確信したのは四次審査の本番だった。
大物アーティストが審査直前に言い出したのだ。
「今回は適応力も審査するわ。事前の説明ではグループでのダンス審査と伝えていたけど、今回は本番同様あなたたちには歌唱しながら踊ってもらう。当然、歌唱力も審査対象よ」
合宿所はざわついた。もちろん、曲に合わせて踊るから歌詞も覚えているし、口ずさみながら踊ることもあるけど、本格的な歌の練習はみんなしてこなかった。
それにこの歌はサビの部分がかなりの高音で元から男にしては声の高い穂乃果だけど、それでもこの曲の高音は出せない。
二時間の練習時間を与えられたけど、やっぱりサビの部分は声が裏返って綺麗な高音は出せなかった。
本番が始まった。穂乃果のグループはラストになる。最初に審査を終えた二組はどちらも歌声が揃っていて綺麗だった。
それを聴いて穂乃果は決めた。いよいよ、穂乃果たちのグループの審査が始まる。
ダンスは問題ないと思う。それほど難易度の高いダンスではなかったから。問題は歌だ。
サビの部分までは穂乃果もちゃんと歌った。だけど、サビに入ると、穂乃果は口パクだけで声を出さなかった。みんなの邪魔になるくらいなら、歌わない選択肢を取ったのだ。
審査終了後、もちろん、穂乃果は名指しで大物アーティストに呼ばれた。
「あなた、なぜサビでは歌わなかったの?」
穂乃果は落ちる覚悟で正直に答えた。
「穂乃果は男です。声は普通の男性よりは高いけど、女性の高音までは出せません。穂乃果の汚い声でみんなの綺麗な歌声を邪魔するくらいなら、穂乃果は歌わない方がいいと思いました」
思案顔のアーティストは、さらに質問を重ねた。
「でも、これはオーディションなのよ? それじゃあ、あなた以外の四人は得点が上がるけど、あなただけ得点が下がるわ」
「それでも、グループ全体のパフォーマンスが良く見えるというなら、穂乃果はそれで構いません」
質問はそれで終わった。今ハッキリと穂乃果は得点が下がると言われたし、例え穂乃果のグループが受かっても、穂乃果だけ落ちるだろう。
ところが、予想外の展開が待っていた。
「……穂乃果が、四次審査、一位突破……?」
「そうよ。これはガールズグループのオーディション。全体を見えているあなたはリーダーとしての素質もある。自分の弱点も上手く周りに任せることでカバーさせる適応力は完璧よ」
ほら、ほらほら、もうおかしいじゃん! そんなわけないよ! みんな騙されているんだ!
どうして穂乃果がこんなに評価されるの。今はもう鏡くんとの特別な練習もしていないのに。
きっと全部、あの鏡くんの仕業なんだ。どうしても、穂乃果を食べたいから優勝させたいんだ。
食べ頃は天に上り詰めてからって言ってたじゃないか。
ゾッとした。背筋が凍る思いだった。今、君は生きているだろうか。穂乃果のせいで殺されてはいないだろうか。なんてことをしてしまったんだと気づいたときには外に飛び出して、君に電話をかけていた。
『どうしたの?』
「君! よかった! まだ殺されていなかったんだね!」
スマホの向こうで君の笑い声が聞こえる。
『その心配はしなくていいよ。彼はどちらかというと僕たちを守ってくれる存在だからね』
「……え?」
今、おかしな言葉を聞いた気がした。
『それよりも、四次審査はどうだったの?』
「え、あ、あの、受かった……」
『おめでとう! それじゃあ最終選考のドーム公開オーディションに進めるんだね!』
「う、うん」
最終選考は東京ドームに集まったファンのみんなの前で公開オーディションを行うことになっている。
『彼はちょっと人目に付きすぎるから、僕たちはリアルタイム中継で応援しているよ。でも、いつでも穂乃果の近くに居るから心配しないで』
穂乃果は間違いであってほしいと願いながら、震える声で聞いてみた。
「……そ、それ、それは──鏡くんが、そばに居るから……穂乃果たちは安心なの……?」
君はスマホの向こうできっと笑顔のまま明るい声で即答した。
『もちろんだよ。彼は僕たちを守って救ってくれる』
あ、ああ、ダメだ。恐れていたことが現実になった。
穂乃果の一番大切な君まで──あの化け物に騙されている。
きっとあの鏡の姿をした化け物の手口は魔女と同じなんだ。
親切なふりをして人間に近づいて、最後にはパクっと食べてしまう。
なんとしてでも大切な君だけは救わなくちゃ。
穂乃果は今度こそ鏡をぶっ壊して殺すことを決意した。
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