第4話

 僕は一人寂しく、酒を飲んでいた。いつもの居酒屋。安価で種類が豊富。僕の月一の、お楽しみだ。


 嗚呼、あれから二十年も経ってしまったのか。定職につかず、その日を生きる為だけにバイトをする。あながち悪くない生活だ。身の丈に合ったほどよい生活。


「カシオレ、一杯。」


 隣の席からだった。小綺麗な人だな。僕とは違う世界に生きているような。同じ地球だけど、明らかに違う世界。だけど居心地は悪くない。なぜだろう。不思議だなぁ。隣の人のカシオレが無くなる頃、だっただろうか?どうであれ僕は酔っていた。


「ねぇーおにーさん。お話ししましょ。」


「え?⋯⋯うん。」


興味があるのか、なんなのか。ものすごい質問攻めに遭った。特段、秘密にしている訳でもないから洗いざらい話すことにした。だって、その方が楽だし。


「嵐さん、大変だねぇ。トラウマってやつだ。」


「そうなるね⋯⋯。」


「でもさ、自分本位なのも自己中心的であることも、人間みんなそんなもんじゃんない?だって、他人のために尽くして自分が壊れたら世話ないしさ。」


喉から声とも言えない空気が鳴った。


「嵐さんがそこまで背負わなくても良いと思うよ?死を選択したのはその子自身の意思で、その子を取り巻く環境が最悪だった。」


まくし立てるかのように彼女は言った。


「話を聞く限り嵐さんは、やれる事は全てやってる。けれど、周りの人は嵐さんが悪いように見えてしまう。責めたくなってしまう。それも正常な反応ではあるよね。」


「そ、そうなんですか?じゃあ誰が悪いんですか?」


「みんな悪い。だってさ。主観的に動くから、人間の大多数って。同時に誰も悪くないとも思うよ。」

 

哲学の思想が強いんだろうか。彼女の思考は。深層心理にとてつもなく近いのではないだろうか。と思わせる何かがあった。


「つまり、嵐さん。もう良いんだよ。自分のために生きて。」


「ーーーえ?」


多分、僕の顔は宇宙猫と同等レベルだった。優しく子供をなだめるかのように、触れられた背中は温かい色をもたらした。


「泣くほど辛いなら、いっぱい泣きな。」


情けない程、顔をぐちゃぐちゃにした僕にも彼女は最後まで優しかった。



ーーー人の優しさを二十年ぶりに感じ取った。それは、とてつもなく心地よかった。




 それから、彼女と会うことは無かった。欲を言えば逢いたい。けれど、叶わない願いを持つだけ暇じゃない。彼女に救われて、僕は人間らしい生活に近づきながら生きている。明日は正社員になるための最終面接。どこにいるかも分からない名前も知らない彼女。ここで伝えさせてくれ。過去に囚われていた僕を、救ってくれてありがとう。

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解放 天月虹花 @Nijika0302

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