近所で評判の探偵事務所があった。そこは街の人達からはよく知られており、どんな難解な事件も解決することで有名だった。

　依頼人たちからは、「どんな困難も必ず解決してくれる」と、信頼を集めているその事務所に、今日はひとりの男性が訪れていた。

「ここが評判の探偵事務所か。本当に事件を解決してくれるのだろうか……」

　男はどこかおどおどとした挙動不審な様子で周囲を確認すると、そっと事務所の扉を開けた。看板に書かれた「愛理探偵事務所」というキラキラを感じさせる名前に、心の中で不安を覚えながら足を踏み入れた。

「失礼します。探偵さんはいらっしゃいますか」

「はぁい、ただいま」

　慎重に様子を伺いながらの男の声に応じて、事務所の奥から現れたのは、ピンク色のリボンをつけた制服を着た可愛らしい女の子だった。彼女はにこやかな笑顔を浮かべて言った。

「いらっしゃいませ！　愛理探偵事務所へようこそ。私がこの事務所の所長、探偵の愛理です」

「え……？」

　男は目を見開いて驚いた。目の前に立っているのは、どう見ても自分の娘と同じくらいの年頃の女の子だったからだ。

「君が探偵なのかい？」

「はい、みなさん最初はそう驚かれますが、私が探偵です」

「親御さんの手伝いとかではなく……？」

「私が探偵です」

「ど、どうしてこんな小さな子が探偵なんだ……」

　男は思わず呟いた。

　愛理はその反応を気にせず、にっこりと微笑んで言った。

「安心してください。私には過去にいろいろな事件を解決してきた実績がありますから。聞きたいですか？」

「いや、いい」

　男は別に彼女の素性を尋ねに来たわけではないのでやんわりと断った。話が長くなりそうだし、それよりは早く本題に入りたかった。

　愛理もそれは同じ気持ちのようだった。

「では、話を伺いましょう。こちらへおかけください」

「はい」

「ご依頼内容をお聞きしてもよろしいですか？」

　愛理は椅子を引き、真剣な目をして座った。どう見ても子供が大人の真似事をして頑張っている姿にしか見えない。

　男はしばらく愛理の愛くるしい瞳をじっと見つめていたが、やがて深いため息をついて腰を下ろした。

「実は……公には言えない事情があって……」

　男は少し躊躇いながらも話し始めた。

　愛理はその言葉にじっと耳を傾けた。男は少し視線を落とし、言葉を続けた。

「僕の娘、桜子が行方不明になったんだ。昨日から家に帰ってこなくて、近所を探しても全く見つからない。警察にも連絡したが手がかりが何もなく、しばらく様子をみようということになって……」

「それはご心配ですね」

「でも……実は、桜子には何か秘密があると思う。最近、何かトラブルがあったらしく、様子がおかしかったんだ。そのせいで家出したんじゃないかと……」

　愛理はすぐに顔を上げ、男の目をしっかりと見つめた。

「お父さんには心当たりがあるんですね？　どんな秘密があるのか、少しでもヒントになりそうなことがあれば教えてください」

「娘のプライベートを話していいのか……」

　男は少し考えてから答えた。

「桜子は最近よくため息をついていて、何かに悩んでいる様子だった。聞いても大丈夫だよと笑うだけで、その裏に真剣な事情があるなんて、僕は親として何も気づいてあげられなかったんだ」

　愛理はその話を聞いて、少しだけ黙って考えた。桜子が家出した理由を突き止めるためには、まずその心の中に何があるのかを知る必要がありそうだと考えているようだった。

「わかりました。桜子さんのことを調べるために、まずは周囲の人々から情報を集めることにしましょう。お父さん、心配しないでください。私が必ず解決しますから」

　男は安心したように頷いた。

「ありがとうございます、愛理ちゃん。君に頼んで本当に良かった」

「私にお任せください」

　愛理は自信満々に言った。

　男は少しだけ表情を和らげると、愛理に名刺を差し出した。

「それと、これが僕の連絡先だ。何かあったらすぐに連絡してくれ」

　愛理は名刺を受け取り、軽く頷いた。

「了解しました。それでは、まずは桜子さんの学校に向かってみることにします」

　男は愛理が探偵としてすでにしっかりと状況を把握していることに、再び驚きを感じつつも、頼もしい気持ちで彼女を見守った。