ドラグーンフラッグ
霜山熾
序章 赤く閉ざされた空の下で
ミオ・アイオライト①
初めて出会った時の事は、今でも一秒前の出来事よりも鮮明に思い出せる。
赤錆色に濁った空、AI制御によって稼働する、海上に建設された無人の海上プラットフォームでたった一人、十歳の少年は降り立ってきたそれを前に圧倒されていた。
全長十メートルは下らない四足の銀色の体躯と、深海を思わせるように深く青く輝く半透明の美しい翼。鎌首をもたげたそれは、じっと見透かすように少年の顔を覗き込む。
その竜の胸部が開き、現れた青い髪の女性に少年は慌てて敬礼をした。
「ふう……やっと着いた」
「ご、ご苦労様でございます!」
僅かに光を透す青色の髪と、髪と同じ色をした宝石の様に美しい瞳の女性だった。襟元まで皺ひとつない空軍の士官服を身に纏い、柔和な笑みを浮かべると硬質な金属の指先で少年の頭を撫でる。
「初めまして。ミオ・アイオライトだよ。名前を教えてくれるかな小さな相棒君?」
「ヨ、ヨウ・ナグモです! 命を懸けてアイオライト様と共に戦います! ど、どうぞよろしくお願い致します!」
宝石の輝きを、そのまま人の形に押し込めたような女性だった。風になびく髪の先から光の粒子が舞っているようにさえ見える。
見た目の年齢は二十を少し超えたところだろうか。しかしその両腕は人間の皮膚の様に柔軟で、それでいて頭に触れる感触は金属の硬質さを持ちそれだけで人間ではない事をうかがい知らされる。
かつて日本と呼ばれたこの国にあって四十年近く国土を守り続けてきた彼女達、その内の一機が目の前にいる。万に一つの失礼もあってはならないと敬礼の姿勢でガチガチに固まる。
「……ぷっ」
そんな様子を見てミオは、こらえきれないといった様子で吹き出した。
「あははは! なんだそんなに緊張して! 大丈夫だよ取って食いやしないさ!」
そう言いながらもミオは、背後の巨大な竜をちらりと見てにんまりと笑う。
「まあ、あれは確かに君を頭から食べちゃいそうだけどね」
「ひっ!」
「冗談冗談! あれは機械だから食べ物なんていらないって! あはは、君面白いね!」
からかう様に笑うミオ。ヨウは愛想笑いすら浮かべられず冷や汗を流していた。だがこうして見るとミオは、普通のお姉さんにしか見えず困惑する。
だがそこで、ミオの表情に影が差した。潮風を受けて髪をなびかせながら悲しそうに呟く。
「しかし君みたいな子供がナビゲーターって……いよいよ来るところまできたという感じだね」
む、という声が喉の奥から漏れた。ヨウはミオの顔を見上げて思わず反論をする。
「お、お言葉を返すようですが僕は足手まといにならないよう、必死に訓練に励んできたつもりです! 実際の戦闘でも必ずお役に立って見せます!」
「ホントにぃ? そんなにガチガチに緊張して言われても説得力ないよ?」
「そ、それはアイオライト様があんまりにも綺麗だからです!」
「あらま、口がお上手」
感心したように目を丸くして笑うミオだったが、次いでその表情に影が差す。
「けれどそういうことじゃないよ。君がどれだけ優秀でも、子供であることには変わりない」
そう言ってミオはこの場所から見える水平線を見渡す。
ほんの百年前まで、地球の空は青かったらしい。しかし今見える空は、一面が赤く錆びた様な色でどこまでも続いている。
百年も続く人類同士の巨大な大戦。最早何のために今戦っているのか誰にも分からないようなその争いは、地球という惑星を徐々に蝕み滅ぼそうとしていた。
「海は重金属に汚染されて空も赤く汚された。生き物が暮らす生きた大地なんて地の果てまで行っても残っているかどうか……そしてついにはこんな場所でたった一人、小さな子供にまで戦えと命じている。馬鹿馬鹿しくて言葉も――」
「やめてください!」
思わず声を荒げる。びっくりして目を丸くするミオに、ヨウは力いっぱい感情をこめて叫ぶ。
「この地球がどうだとか関係ありません! 僕はただ、僕らをずっと守り続けてくださったアイオライト様のお力になりたくて、自分の意志で軍にやってきたんです!」
自分が力不足な事など知っている。稼働の殆どをAIに任せているとはいえ、子供一人をこんな海上に放り出して戦えと命じる……既に戦局は限界を迎えている事など子供でも分かる。
しかしそれでも、俯いて拳を握り締めながらヨウは絞り出すように呟いた。
「僕はここに来られたことを誇りに思っているんです……意味がないだなんて言わないでください……」
「……そうか。ごめんね、君の覚悟を侮辱しちゃったね」
頭を撫でる手に優しさが混ざる。こちらを見て微笑むミオの表情は、髪や目の色と同様に宝石のように綺麗だった。
「しかしだ。そういうのなら君だって私に敬意を払う必要があるね。格式ばった言い方じゃなく、きちんとミオと呼んでほしいなぁ」
「そ、そんな恐れ多い!」
「えー傷つくなぁ? 私は君と仲良くなりたいんだけどさ」
わざとらしく頬を膨らませて不機嫌そうな表情を作る。困り果てたヨウの顔を見て、ミオは楽しそうに笑った。
「ふふ、これから長い付き合いになるんだ。私達二人、仲良くなるためにちゃんとヨウには名前で呼んで欲しいな」
「いや、ですが……」
当初は口を聞くのも恐れ多いと感じていたのに、ミオ本人は何かを期待するようにヨウの顔を見つめていた。しばらくして、根負けしたヨウはおずおずと口を開いた。
「で、では恐れながら……本当に、恐れながら……」
そう前置きし、ヨウは意を決してその名前を口にした。
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