3. 六つ並んだ墓の前で

「だからって……だからって……こんな……」


 ダリウスが消え入りそうな声でつぶやく。雷の勇者は、力なくうなだれていた。


「俺たちのことはお前が覚えていてくれればそれでいいさ」


 そう言ってリーガンが笑うと、ダリウスはほんの少しだけうなずいてくれた。


「公爵、わがままばかり言って申し訳ないが、墓守用の住居の用意も頼めますか」


 この邸宅の主であるグレイヴィシア王国の大貴族、エヴァンジェリンに向き直ってリーガンは言った。ふくよかな体つきながら眼光鋭い公爵は、厳かにうなずいた。


「そのくらいはお安い御用さ。エヴァおばさんに任せときな。それじゃ、アイアン、頼んだよ」


「……エヴァンジェリン様、わたくしは鍛冶職人であって大工ではありませんが」


 さも当然のように話を振られたスミスは渋い顔になった。


「堅いこと言うもんじゃないよ。やろうと思えば出来るだろうに」


「そういう問題ではありませんが……。ただ、墓所の性質を考えれば、関わる者はなるべく少なくしておきたいところではありますね」


「そう! あたしもそれが言いたかったのさ! それじゃ、やってくれるね?」


「……仰せのままに」


 指を鳴らしてうんうんとうなずくエヴァンジェリンにスミスはため息をついたが、結局は住居建設の依頼を引き受けたのだった。


「感謝します。ディグビー公」


「何言ってるんだい、リーガン。あんたには、いや、あんたたちには、あたしたちは何度感謝してもし足りないくらいなんだ。この程度のことはやって当然だよ」


 ふんと鼻を鳴らして威勢よく訴えるエヴァンジェリンに、リーガンは苦笑していた。


 この国でも最も古くから続く、並外れた財力を持った貴族とは到底思えない彼女の振る舞いは、出会ったときから全く変わらない。


「余計な仕事を増やしてしまってすまないな、スミス」


「わたくしには何の不満もありませんよ、リーガン様。……あなたに対しては」


 ドワーフ族最高の鍛冶職人は優雅に口ひげを撫でた。その目は王国の大貴族に向けられているが、冷ややかな視線を向けられた当の本人はどこ吹く風だった。


「よし、話はまとまったようだね。それじゃあ、今回の集まりはお開きに――」


「本当にこれでいいんだな、リーガン?」


 パンパンと手を叩いてエヴァンジェリンが言いかけたとき、それまで何も言わずにいたヴァートルドー将軍が口を開いた。


 眼鏡の奥にある、軍人とは思えないほど優しげな目がじっとリーガンを見つめていた。


「ええ。俺は、墓守として生きていきます」


 リーガンは恩師である将軍に向かってはっきりとそう答えた。迷いはなかった。戦いはもう、終わったのだ。




 あの会合から十日が経った。アルニーアとエルニーアに封印を施してもらったリーガンは、六つ並んだ墓の前に立っていた。


 現実感のない光景だった。この六つの白い石が彼らだなんて信じられなかった。


 ただ、森の中の少し広くなった場所にあるこの場所は、静かでいいところだと思った。彼らが眠る場所として、ここ以上にふさわしい場所はないように思えた。


「墓守の小屋はそこにある。仕事の道具も生活に必要な品もすべてそろえておいた」


 隣に立っていたヴァートルドー将軍が、墓地に併設された小さな小屋を指さして言った。


 時間の余裕は全くなかったはずだが、スミスの仕事ぶりはやはり完璧だった。


「わざわざ来てくださってありがとうございます、将軍」


 リーガンは礼を言った。


「それと、この子もいる」


 将軍が口笛を吹くと、小屋の影から茶色の子犬が勢いよく走ってきた。


 子犬は将軍の足下までくると、二人に向かって一声吠えた。まだ小さな子犬なのだが、妙に力強い吠え声だった。


「名前はバークだ。話し相手くらいはいた方がいいだろう?」


 将軍は膝をついて子犬を撫でた。バークは気持ちよさそうにしていた。


「なるほど、口は固そうですね」


 リーガンが苦笑してみせると、バークに吠えられた。どうやら怒らせてしまったようだ。


「わかったわかった、俺が悪かった」


 しきりに吠えたててくる子犬に、リーガンは両手をあげて降参した。バークは「わかったのならいい」とでも言うようにおとなしくなった。


「リーガン」


 名前を呼ばれたリーガンは何かと思って将軍の方を向いた。


「本当にすまない」


 将軍は深々と頭を下げていた。


「……気にしないでください」


 リーガンは穏やかに言った。


「俺もあいつらも、この国を守りたくて人造勇者になったんです。後悔はしていません」


 両親を失うと同時に故郷もなくしたリーガンを、軍人として育ててくれたのはこのヴァートルドー将軍だった。


 将軍には感謝の気持ちこそあれ、恨みなど全くない。そして、それは彼らも同じはずだ。


「……リーガン……」


「将軍には世話になりました。本当に感謝しています。どうぞ、お達者で」


 恩人である将軍にリーガンは改めて礼を言った。将軍はそれ以上、何も言わなかった。

 

 小さなバークが不思議そうに二人を見上げていた。

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