NO BOOK NO LIFE

口十

第1話 つくづく哀れな男だ

 誰が名乗ったか、この世にはおうがいる。国王や教皇などではなく、純然たる皇が。

 今から六七四年前、皇が結託し世界へと戦争を仕掛けたことがあった。エゲン国にいた皇が発端となり始まったその世界戦争は、結果世界各国の皇五人に対して、全世界の軍事力を総動員し、唯一生き残った皇に対して休戦協定を結び終結した。

 約七〇〇年前の出来事であるが、その戦争が招いたものは魔術、科学を含めた万物の停滞である。未曾有の大戦争は一度全てをストップさせた。当時の記録によれば、人類の総数は今より多く、科学力も今と同等かそれ以上であると言われている。

 皇とは、五人だけで世界と渡り合える存在なのである。



 しかし、現代社会においてそう皇というものは生まれない。それは時世的な側面もあった。

 皇というものの定義は国や宗教でまちまちだが、大きく共通している点として、皇一人に対して国家一つを犠牲にするほどの武力、または魔力、知力を持ち合わせているという点がある。これに関してはあらうる歴史、科学、魔道学、宗教学において共通している。

 つまり、皇が一人謀反を起こした場合、その国が滅びかねない。そうなると『謀反を起こさせないようにする』とか『国家に対して従順にさせる』という思考よりも【そもそも皇を作らない】という発想へと自然と行きつく。

 現在、多くの先進国と呼ばれる国では教育の義務化により、特出した才能を持つ人間をならすことによって抑えている。成長した大人に対しても、極力労働を要求することによって、一つに没頭する時間を抑えている。

 そんな先進国の一つ。エゲン国のリクロ地区にはちょっとした有名人がいる。

「よぅ。兄ちゃん。遊びに来たぜ」

 そんな有名人の邸宅を五人の野暮ったい男衆が尋ねてきた。身形からするに、強盗であろう。しかも組織的であることが、一人の男を見るに察せられた。

 その金髪の男は一冊の書物を右手に携え、ずぅっと一つのページを開き続けていた。認識阻害系の魔術である。

 魔術とは、本を媒介とし現世に干渉する理外の何か。誰が発明したか判らず、古代の碑文からも散見される、まさしく「魔」である。

 その中の認識阻害。彼等五人を囲んでいるのは、視覚阻害と聴覚阻害という二つの魔術だ。だが、強盗という家業はその二つだけで大体成立し得る。特に今のような夜間では、寝ている者に対して嗅覚や触覚に対する阻害魔術は要らないのだ。

「おいカミヤ。術は解けてねぇよな?」

「無論だ。このリリーフランの書は特に高等。誰にも気づかれまい」

 魔術というのは魔法陣の書かれた頁を開いている間持続する。単発系の魔術であれば頁をペラペラと捲る必要があるが、阻害系など持続する魔術は開いていればいいだけなので、使用者の技量というものはあまり魔術に左右しない。しかし本に込められた魔力によって範囲が定められている為、それを選定する必要はある。

 今回カミヤが持ってきたリリーフランの書は大戦争の最中に書かれた貴重なもので、本来持ち出し厳禁の禁書であるのだが、それだけこの邸宅が魅力的である証でもある。

 聴覚阻害魔法は円内にいる者の発する音を範囲外に漏らさないようにする。視覚阻害は進化しており、擬態系と破壊系で系統が別れるが、リリーフランの書に関しては擬態系。範囲外の者からしたら透明に見えているだろう。

「書斎はどこだ……」

 このエゲン国において、魔導書は金よりも重要視される。大金をはたいて一冊の魔導書を買った者が翌月には億万長者になっていた、なんてこともある。

 この邸宅。丘の上にポツンと淋しく建っているだけあって周囲の目は気にしなくていい。ただ、だだっ広い。

「なんだここ。道場かよ」

 そんなところを通り過ぎて、二階へと昇り、とある部屋にたどり着く。その時であった。

 ヒッ、と誰からともなく小さな悲鳴を上げた。

「お、驚かせるなよ……。見ろ。作りもんだ。作りもんの腕だ。気にすんな」

 とある部屋、壁一面に戦利品かのようにかけられたありとあらゆる腕……否、義手の数々。一部埃を被っているものもあり、形や装飾品から見るに日常で使うものとは考えにくい。

 ビカッ!と邸宅の近くで稲光が走った。雰囲気はさながら冒険者。強盗集団は愈々いよいよ気持ちが高まってきた。

 一階に書斎はなかった。であれば二階のみである。

 四人の男は更に奥へと踏み入った。




 この家の主、イルマ・シノブはつくづく哀れな男だ。というのも、強盗に入られるのはこれが一度や二度ではないのだ。年に一、二回ほど強盗がやってくるのを一〇年繰り返している。

 強盗の狙いは皆同じ『海の書』という、世界大戦を起こした皇の一人、”魔の皇”が書いたと言われる本のひとつだ。

 魔の皇が書いたとされる魔導書は世界に五つあるとされている。その中で唯一所在がわかっているのが海の書という訳だ。

 世界祖語があるように、魔導書にも魔道祖書がある。それがこの五つの本である。正確には完全たる祖ではない。祖語の基には猿の鳴き声があるように、この五つの書の前にも魔道というものああった。だが、その五つの書が出た後に比べればあまりにチンケで幼いものであった。とされている。

「書斎はやっぱ最奥に置きたがるよな」

 強盗のかしらは十何年と続けてきた目利きで書斎を見抜いた。

 しかし頭は不思議に思っていた。世界を動かせる本を置いてあるにしてはセキュリティが甘い。要人警護や門番も付けておらず、罠らしきものも見受けられない。まるで招かれているような気分だ。

 その直感は半分当たっていた。

「………またお前らか」

 書斎に入るなり四人の目を一極に集めたのはこの家の主、イルマ・シノブであった。

 純血のエゲン国人らしき黒色の髪に、ドンヨリと澱んだ濡れたような黒色の瞳。何よりも彼を形作るのが欠けた右腕だった。暗闇の中で目を凝らしてよく見ると昆虫の外骨格のようにテラテラと月光を反射して黒光りしている。

 頭は暫く部屋の外から探りを入れてみることにした。この家に入るのは初めてだとか、命は取らないから海の書の所在を言えと言ってみたり。

 頭が何より警戒しているのが、書斎内に入った途端に発動する類の防御魔法がかかってある場合だ。天井まで積み上げられた本によって魔法陣が隠されている可能性も、壁に書かれている可能性もある。

 魔術は基本的に書物を介して行われるが、それは魔法陣を記しやすいのが紙なだけであって、陣が書ければ何にでも魔術は作用する。

「……。聞いておいてやる。お前らの夢はなんだ?」

「夢だぁ?」

「そうだ。俺はいつか人類の夢を集めた本を出版する予定だ。世界各国、老若男女様々あるだろう。それを集めて一冊の本にする。それが俺の夢だ」

「……そうだなぁ。俺ぁ、海の書を闇市に流して莫大な金を得たらこの家業からは足を洗う心算つもりなんだがな」

「そうか。呆れて物も言えん。そこまで虜にされるほどか……。アイツは犬みたいなもんだ。闇市に流そうとしたところで、勝手に俺のところに帰ってくる。そう躾した。最短経路で」

「帰ってくる?まるで本に意思があるみたいな言い草だな」

「……。そうだな。アレは……いや、アイツは、本であることに飽きたみたいだ」

 頭はそこまで話していて違和感を覚えた。仲間の気配がない。端的に言えばそれだけの疑問。しかし、それはあり得ないことだ。頭が十数年かけて集めた仲間達は勝手な行動を取るほど馬鹿ではない。頭を一人置いて別のところを、ましてや何も報告せず動き出すほど陳腐な頭脳ではないはずだ。

 バッと振り返ると、その違和感の通り、スッカリ静けさだけが滞在していた。

「オイ。俺の仲間を何処へやった」

「さぁ。何処だろうな。それこそ深海に沈んだんじゃないか?」

「適当抜かすな!俺の仲間を何処へやった!!」

 頭は腰に携えていた拳銃を取り出しシノブへと銃口を向けた。しかしシノブは一切微動だにせず、それどころかケタケタと笑い出して、一頻り笑った後に、はぁと溜息を吐き天井を見やった。

「すまんな。馬鹿々々しくなってな……。なぁ、ミツキ。そろそろ顔を出したらどうだ? 俺一人で客人を相手するのも飽いてきた」

 頭が弾丸を発砲しようと引き金に指を添えた刹那、一般よりも魔道に疎い頭でも判るほどに異質な魔力が頭上に感知できた。即座に目をやると、そこには二メートルに届かんとする大きな女性が天井に空いた穴のような、暗闇からゆらぁっと現れるところであった。

 魔力とは、元来生物が持つべき本懐を語っている。生物の核心とも言えるそれは、それこそ種が変わらない限り変化することはない。詰まり、皇も国王も奴隷も核心は「人間」という魔力を持っている。そして五感をはじめとする知覚でもって生物はすべからく生まれつき魔力を見分けられる。

 しかし、今降りてこようとする彼女には人間らしい魔力がない。形は人間を保っているが、どちらかと言えば彼女は人間ではない……どころか、生物ではない。海のように常に不定形の魔力を核心に捉えている。

「……海?」

「気付いたか。そう。ミツキはお前らがお望みの海の書そのものだ。頑張れよお頭さん。そいつは呆れ返るほどに人外を貫いている。お前の手には到底収まらないとな」

 ミツキ。そう呼ばれたナニカは実にゆっくりと降りると、その全貌を頭の前に現した。

 かしらよりも大きく、矢張り二メートルはあろうかという背丈。床に這うまで伸びた髪は頭頂部は浅瀬のように、そこから深海へと潜っていくように彩りを見せる。体と髪の隙間からは海月クラゲのように二本の触手が伸びていた。

 これが最期の景色なのだと、しかと悟った。しかし、彼女には命を賭してもいい程に魅力がある。惹きこまれるような、何か判然としないが、人生を捧げても理解し得ない様な魅力が。

 触手はゆらりと頭の脇腹へと伸びるとシッカリと抱き上げ、彼女の腹部に丸い深海のような空間が広がったかと思うと、それは何の音もなく頭を呑み込んだ。

 それから彼女は振り返ると、覚束ないとてとてとした足取りでシノブの方へと駆けていき、にへらにへらと口角を上げながらその場へと座った。

 撫でろ。と言っているのだ。

「よくやったな、ミツキ。ちゃんと血を出さずに処理できた。ただ、つまみ食いはいただけないな。あそこで悟られたら俺の計画が御釈迦だ。次はじっくりと待とう」

 シノブが警備も置かず防御魔法もかけないのには一つの理由があった。

 強盗とは、ものの良し悪しこそあれど家業を手助けする為に魔導書を最低でも一冊は持っていることが多い。それの蒐集しゅうしゅうである。

「今回はリリーフランの書か。ツいてるな。当たりだ」

 主人の気持ちを汲み取ったか、ミツキも嬉しそうに触手を漂わせた。

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