若い頃、理不尽なことやどうしようもない絶望が世界の全てだった。
しかし、年を重ねると、今度は自分の心を掴めなくなって、空っぽな人間になったような気がする。
人生とは形のない喪失の連続だと思う。
ただ、失うこと自体は別にどうでもいい。
何より怖いのは、失っているという感覚すら失うことだ。
栞はそうやって大人になる途中で、失っているという感覚すらを失った人かもしれません。
二人の関係性に、なんとなく「蝶々結び」の歌詞を思い出した。
「ほどけやしないように
と願って力込めては
広げすぎた羽根に戸惑う」
どれだけ結んでいても、いつかは壊れるだろう。
全てが嫌になって死のうとした私を彼はデリカシーのない言葉で助けてくれた。
それがきっかけで心機一転して東京に出る。2人で一緒に生まれ変わるために。
振り返ればそれがまずかったんだろうと思う。
運が悪いから、私たちは出会った。出会えた。
もし、サイコロを振り直したら?
それで良い目が出たら?
私たちは出会うに値しない――
・
ストックホルム症候群という言葉がある。
一言で説明すると「誘拐犯に好意を抱いてしまう」というものだ。防衛反応のためだとされている。
実際のところ、この作品の二人には当てはまらないのだが、
読んでいてこの言葉が自然に胸に浮かんできた。
ボーイミーツガールの墓場とは言い得て妙だ。
世界観の狭さゆえに、少年と少女は互いを唯一だと思い込む。
だが、視野の広がりは的確な判断を、冷静な分析を与える。
それが大人になるということだ。
ボーイでもガールでもなくなる。いつかは。
そんな話だった。